何の用?
メグルとエデューの二人は、山道を歩いていた。
イナーボ地方を出立してから五日目。晴れた日ではあったが、二人は鬱蒼と茂る木々の下にいて、暗がりの中を進んでいた。
この地方はカンナラビと呼ばれており、国を南北に分断する山脈が地方の大半を占めている。
「そろそろ看板があるはずなんだが」
エデューが地図を広げながら言った。
一時間ほど歩いたところで、苔むした看板を見つけた。
看板には、かすれた文字で『ブラッド・ロータス』とだけ書かれている。
「これだ」
看板を指さして、エデューが言う。
「そろそろ目的地にたどりつくはずだ」
「その看板、かなりの期間手入れされてないみたいですよ」
「確かにな」
エデューが説明を始める。
「これから会うのは“ブラッド・ロータス”と呼ばれている一族の一人だ。ブラッド・ロータスとは“赤魔法”――攻撃に特化した魔法使いの集団だ。良く言えば勇猛果敢、せっかちで感情的な奴らだ」
メグルは彼らを想像する。
熊の毛皮を被った筋骨隆々の大男。
一様に頭を丸め、鍛錬として燃え滾る床の上を歩く修行僧。
炎を囲み、一心不乱に呪文を唱える集団。
――どれを想像しても、仲良くなれるとは思えなかった。
***
進んだ先の道は、崖崩れで封鎖されていた。
右手を見ると、「迂回路」の表示が付いたボロボロの看板がある。
その案内に従い進むと、むき出しの谷間に沿って山道が続いていた。
下をのぞくと、牙のような赤銀の岩石が見える。
「珍しいな。サワラネ鉱の鉱脈か……」
エデューがつぶやく。
「触らないよう……?」
「“サワラネ鉱”といわれる稀少な鉱物の一種だ。
通常、鋭利な形状をしていて、とても硬い。最大の特徴は、衝撃が当たった瞬間に振動することだ。
その衝撃が大きければ大きいほど、強い反発が発生し、対象を破壊する」
メグルが谷底をのぞき込む。
「おい、危ないぞ」
エデューが注意する。
そして、その辺に落ちていた漬物石ほどの石を拾い、谷へと落とした。
谷底に当たった瞬間、金属が共鳴するような音が響いた。
石はバラバラに砕け、やがて砂になっていく。
***
メグルとエデューは、看板に導かれブラッド・ロータスの本拠地にたどり着いた。
そこには、山の斜面に面した石造りの建物があった。
大きさは、メグルの住んでいる市の市民体育館ほどで、建物の後部は山の斜面にめり込んでいる。
「誰かいないか?」
エデューは建物の内部に向かって呼びかける。
しかし、呼びかけが反響するだけで、返事はなかった。
建物には大きな鉄の扉があり、エデューが押すと内側に動いた。
二人は建物に入る。
建物内部は、等間隔で炎が炊かれており、薄暗いが内部の様子は見て取れた。
「炎が炊かれているってことは、少し前に誰かがここにいたってことですね」
メグルが言う。
エデューがそれに同意した。
二人は人の気配がない廊下を歩く。
しばらくすると、メグルは断続的に聞こえる音に気づいた。
その音は、コンロの着火音――「ボッ、ボッ」といった音に似ている。
一定のペースで燃え続けるものではなく、新たに火を付けたり、出力を上げたりする音だ。
メグルは耳を澄ませて、音の発生源へと歩を進める。
エデューがその後に続く。
ある部屋の入口に、揺れる光が見えた。
メグルが部屋をのぞき込もうとしたその瞬間――
部屋の内側から炎の渦が流れ出て、メグルの鼻先をかすめる。
メグルは大きくのけ反り、尻もちをついた。
地面に転がるメグルをよけて、エデューが部屋をのぞき込む。
「久しぶりだな、コッチネラ」
エデューが部屋の中の人物に声をかける。
「わざわざこんなところまで……何の用?」
返事の声は、少し高めで――少年、もしくは女性のものに聞こえた。
そして、声の主が姿を現す。
二十代半ば。メグルからすると、数歳年上と思われる女性だった。




