ずっと覚えてる
襲撃事件が起こった翌日――メグルが通い始めて6日目の朝。
塾の前で、メグル、ブーリアン、エデューが話していた。
「改めて見てみても……すごいありさまだな」
エデューが言う。
塾の室内はガラスや木片、瓦礫が散乱し、戦いの爪痕をそのまま残している。
遠く、岬を上ってくる子供たちの姿が見えた。
「本当に、やめるつもりですか?」
メグルがブーリアンに問いかける。
ブーリアンは、無言でうなずいた。
塾にたどり着いた子が「おはよう」と言う。
三人もそれぞれに返事を返す。
塾生のひとりが、塾の中をのぞき込んだ。
「危ないから、中に入るなよ」
ブーリアンが声をかける。
すると、別の塾生が掃除道具を抱えて現れた。
「だから言ったろ。危ないって。今日は休みなんだ。片付けなくていい」
「休みってことは、いつか戻ってくるってことでしょ?」
「……多分な」
「だから。先生が戻ってきたとき、きれいにしておかなきゃ」
子供たちが全員そろったところで、ブーリアンが話を始めた。
「すまない、みんな」
彼は静かに切り出す。
「先日話した“《機関》に呼ばれた”っていう話――あれは嘘だ。本当は、塾をやめるように脅されていたんだ」
ポケットから取り出したのは、扉に貼られていた2枚の張り紙。
「塾は……もうやめるつもりだ。理由は2つある」
子供たちは静かに、彼の言葉に耳を傾けていた。
「1つ目は、昨日と同じようなことがまた起きたら、俺には守りきれる自信がない。
2つ目は、……俺には、お前たちに教える資格がないと思ってる」
言葉を選びながら、続ける。
「昨日、メグルが止めなかったら……たぶん俺は、あの襲撃者たちを全員――かつて、大戦中のように――殺していた」
一呼吸おいて、声を軽くする。
「もし魔法をもっと学びたい子がいたら、俺がちゃんとした魔法使いを紹介する」
「そんなの、やだ!」
最初に声を上げたのは小さな女の子だった。
「ブーリアン先生がいい!」
「また、危ない目に遭うぞ……?」
「次は、僕たちが先生を守るから!」
「いや、まだ無理だって……」
「うん。だから、もっと教えてよ!」
「――俺で、いいのか?」
子供たちが声を揃える。
「先生・が・いい!」
ブーリアンは、メグルとエデューの方を振り返る。
「先生ぶってる姿、しっくりきてますよ」
メグルが笑いながら言った。
「どっちの姿も本物なら、自分で好きな方を選べばいいじゃないですか」
「……ああ、分かったよ」
ブーリアンが、観念したように笑う。
「塾はこれからも続けるよ」
岬に歓声が上がった。
「そうなると、卒業生はメグルだけになるな」
ブーリアンが手作りの卒業証書を取り出し、手渡す。
「卒業、おめでとう」
その日の午後――
イナーボから出発し、岬が見える最後の地点で、メグルは名残惜しそうに振り返った。
思い出すのは、旅立つ前にネグラと交わした会話。
「ねぇ、メグル。メグルみたいになるには、どうすればいい?」
「うーん……色んな場所に行って、定期的に振り返る。……かな」
「それだけでいいの?」
「本の中身とか、人の顔とかはすぐ忘れちゃうけど……景色だけは、ずっと覚えてるんだ」
「じゃあ、この場所も忘れない?」
「うん。ずっと忘れないよ」
「じゃあ、僕のことは?」
「……思い浮かぶ風景の中に、みんなもいるから。
――忘れないよ」
メグルは、もう一度だけ岬に手を振ってから、エデューのあとを追った。




