私に傘は不要です ⑤
深刻な話で呼び出したはずが、いつの間にか二人は仲良くデートを楽しんでた。
昨日までとは全然違う恵子と一緒にいられるのが、僕には嬉しくてたまらない。
彼女もいつもと違って上機嫌で、ちょっとしたことでもキャッキャ笑ってる。先週みたいなどんよりした空気はどこにもない。
「ねえ、考えたんだけど…あんたを下僕1号から下僕久志号に改名するわ。うふふ…」
また訳わかんないこと言い出したけど、もう気にならない。
今の僕は幸せオーラに包まれて、温かい気分でいっぱいだ。
その時、街の大型ビジョンに緊急放送が一斉に流れた。
道行く人々が息をのんで見守る中、総理官邸からの記者会見が映し出される。
総理の口から出たのは、某国が撃った核ミサイルがあと数分でこの街に着くって話。
「頑丈な建物に避難を!」って言うけど、そんなの気休めにもならない。
休日の陽気な街は一瞬でパニックに飲み込まれ、地獄絵図と化した。
「う~ん…久志号、周りの人を落ち着かせてね」
彼女の言葉、意味わかんない。
か弱い僕が、狂ったように暴れる群衆をどうやって落ち着かせるんだよ。
「む、無理だよ…」
でも彼女、僕の声なんて聞いてない。
いつものように服を脱いで、丁寧に畳み始めてる。そしてヒーローが登場。
「うるさーい! 静かにしやがれー!」
彼女の雄たけびが、パニック中の群衆の目を一気に引きつけた。
「私が来たからには、もう大丈夫ー!」
注目の先に立つのは、ヒーロー姿の小綺麗な女がバカっぽく叫んでるだけ。
一瞬固まった群衆は、すぐまた暴れ出した。
「チッ…! ファイナルアターック!!」
彼女が群衆に向かってパンチを放つと、半分くらいの人がピタッと止まった。時間を眠らされたみたいだ。
残った人たちはその異様な光景に呆然として、動きが止まる。
「みなさーん! 私が来たからにはもう大丈夫ですよー!」
彼女、アイドル気分でニコニコ手を振ってる。
パニックがざわめきに変わって、その滑稽な姿が少しはみんなを和ませたのかも?
「私は約束を守りまーす!」
これからが大変なのに、のんびりしてるな。
時間を眠らせてミサイルを止めても、一時的だろ。時間が動き出したら、みんな爆発に巻き込まれるじゃん。
「ねえ…ミサイル、どうやって止めるの?」
「何もしないよ。もう片付いてるもん」
「えっ!?」
「さっきのファイナルアタックで時空を眠らせたの。歪みでミサイルは別次元に飛ばされたわ」
いつそんなこと考えて実行したんだ? もう何でもありじゃんって思った。
その時、大型ビジョンにまた緊急放送。ミサイルが突然消えたって発表だ。
群衆は一気に安堵の表情。でも、彼女がやったなんて誰も気づかない。
変な格好で叫んでた変人にしか見えてないだろ。
「これ…君がやったこと、誰も気づかないよね?」
彼女、「しまった!」って顔したけど、一瞬だけですぐ笑顔に戻った。
「いいのよ。みんなに被害がなかったんだから」
「でも、君に感謝する人、誰もいないよ」
「みんなの笑顔と平和を守ることこそ、ヒーローの意味でしょ」
「他に何もいらないわ」
爽やかに微笑む彼女を見て、鳥肌が立った。
こんな立派な奴だなんて、今まで全然気づいてなかったんだ。