一発逆転 ⑤
古ぼけたアパートを見上げる裕子の目が、キラキラ輝いていた。
「ここで何があったかは聞かねえけど……いい雰囲気だな!」
むしろ、彼女は何か「あったこと」を期待しているみたいだった。
「備え付けの家具も自由に使っていいってよ」
私は彼女を怖がらせようと、さりげなく探りを入れてみた。でも、完全に無駄骨だった。
「それ、事故にあった奴が残したもんだろ?」
「そうだけど……あなた、気にするタイプじゃないよね?」
「気にするわけねえ! それより、家賃払えって追い出されること、絶対ねえよな?」
裕子が心配してるのは、事故より家賃のことらしい。
でも、私の手配で、家賃は免除になっている。私の目的は、彼女をここに住まわせて、じっくり観察することだった。
「大丈夫よ。契約書にもちゃんと書いてあるって。……読んでないの?」
「ああ、面倒くせえから見てねえよ。代わりに読んで、どんな内容か教えてくれ」
やっぱり、裕子は相変わらずだった。
きっと今までも、契約書なんて「面倒くさい」とスルーしてきたんだろう。よく騙されずに生きてきたもんだ。
「ハハハ!」
私は、彼女の無鉄砲な過去を想像して、つい笑ってしまった。
「これでやっと風呂に入れるぜ……」
またしても、衝撃の事実。
「え!? 今までお風呂に入ってなかったの!?」
「当たり前だろ! あの寂れた神社に、まともな風呂なんかねえよ!」
裕子は「どうだ!」と言わんばかりに胸を張ったけど、誇れることなんて何もない。
「まあ、そうだけど……街の銭湯くらい行ってると思ってたよ」
「そんな金、ねえよ!」
ギャンブルに突っ込む前に、風呂くらい入れよ――心の中で突っ込まずにはいられなかった。優先順位、めっちゃ間違ってる。
「だから、ちょっと臭かったんだ……」
「失礼なこと言うな! ちゃんと河原で行水してるぞ!」
またしても、衝撃の事実。裕子といると、本当に飽きない。
「行水って……河原で裸になって水浴びしてるってこと?」
「ああ。頭も体も、ちゃんと洗ってるぜ」
よく無事に生きてきたな、と感心した。
河原には、ホームレスの汚いおじさんたちがうろついてる。若くてピチピチの肌に、群がってこなかったんだろうか? 今の世の中、普通の人だって何をするかわからないのに。
「よく無事だったね……」
「フフフ!」
裕子は誇らしげに笑った。
襲われなかったのがただのラッキーだなんて、彼女はこれっぽっちも思っていないようだった。