一発逆転 ③
「さあ、もうすぐ出走の時間だぞ!」
観客席に戻った私たちは、レースの開始を待ちわびていた。
正直、このレース自体には興味がなかった。でも、彼女の喜怒哀楽があまりに鮮やかで、つい見入ってしまっていた。
「ねえ、もしこれが外れたら、どうするの?」
「縁起でもねえよ! 外れるわけねえだろ!」
やっぱり彼女にはブレがない。自分の馬券が当たると、頑なに信じきっている。
私は、彼女の感情が揺れる瞬間を見たくてたまらなかった。不安を煽れば、どんな顔をするんだろう。少し意地悪な好奇心が湧いていた。
「前のレースだって、自信満々だったよね?」
「そりゃそうだけど……今度は当たる予感がすんだよ!」
「ま、外れたって、なんとかなるさ!」
彼女のことだ。たとえ外れても、したたかに生きていくんだろう。
でも、このまま落ちていったら、最後にはどこに辿り着くんだろう? そんなことを考えると、胸の奥がざわついた。
「悪いけど、私、もうお金は出さないよ」
彼女が当てにしないよう、釘を刺しておいた。
「ああ……」
申し訳ないけど、私は密かに彼女が外れるのを期待していた。
彼女が落ちぶれていく姿を、気づかれないように観察したかった。ちょっとした悪趣味かもしれない。
「さあ、出走だ!」
彼女のこれまでの人生も、きっとこんな風に破天荒だったんだろう。私の常識じゃ計り知れないことを、平然とやってきたに違いない。
「よし! 行けーっ! 6-3-7」
彼女の叫びが、競馬場の喧騒を突き抜けた。
「行けー! 差せる! 差せる!」
こんな年頃の女の子が、これ以上のどん底をどうやって生き抜くんだろう?
私の好奇心は、ちっとも収まる気配がなかった。
「そのまま! そのまま!」
「あっ……」
レースが終わった。彼女は悲しげに天を仰いだ。虚ろな瞳が、どこか遠くを見ているようだった。
「じゃあ、私、行くね。またね」
後ろ髪を引かれる思いはあったけど、私はその場を後にした。
「ちきしょう」
彼女の最後の叫びが、私の背中に大きく響いた。