知らぬが仏⑪
その後、私たちは八千枝さんの墓参りを終えると札幌を後にした。
電車の中の婆さんは表情も強張り、元気がなかった。
でも、私は婆さんの生きる希望が少しは見つかったと思っている。
札幌に行ったことは無駄じゃなかったと思いたかった。
東京に着くと、私たちはすぐさま息子さんの墓参りへと向かった。
郊外の霊園に遺骨は埋葬されていた。
その墓は定期的に訪れているのか、手入れが行き届いている。
婆さんは何も言わずに涙を流しながら墓前を拝んでいた。
晩年になると、年を重ねるごとに大切なものが一つずつ失われていく。
年を取るってなんて過酷なものなんだろう。
私は婆さんを憐れんでいたけど、失うばかりじゃなく得るものもあると伝えたかった。
「婆さん…あんたこれからどうするんだい?」
「老人ホームに戻ります…もう思い残すことはありません」
「後悔はないのかい?」
「ええ…貴女に出会えて本当に良かったです。こんなに親切な人っているんですね。お迎え前に神様がご褒美をくれたのかしら…」
「辛気臭いこと言ってんじゃねえよ!」
婆さんは感謝しているようだが、その覚えは私にはない。
私は自分のしたいことを勝手にやっただけだ。
そしてこれからも、自分の信念に向かって突き進むつもりだ。
「あのなぁ…前に話した通り、私は孤児だ。幼い頃は施設で暮らしてたけど、逃げ出して今はこの通りだ」
「普通の人間じゃ想像できないくらい酷い人生を送ってきたし、悪いことにも手を染めてきた」
「それでも私は生きてきたし、今は住むところだってちゃんとある」
「何かの縁だ…家に来ないか?」
「何で⁈ 赤の他人ですよ」
「何かなぁ~同じ独りぼっちで、ほっとけねえんだよ」
私の言葉を最後に、婆さんは口を噤んだ。何を言ったところで、最後に決断するのは婆さんだ。
婆さんの選択に任せるしかない。
「よう! やっと見つけたぜ!」
そんな時、背後から声がした。モヒカンに革ジャン姿の男は木島だった。
私を探して霊園までやってくるなんて、なんてしつこい奴だ。
「無粋な奴だな…こんなところまで来てんじゃねえよ!」
「借りを返してもらいに来たんだ!」
「チッ! わかったよ…ほらよ」
私は木島に札束を放り投げた。
「おっ! まいどあり~」
木島は金を受け取ると、そそくさとその場を後にした。