私に傘は不要です ②
しばらくすると、彼女はおしゃれな服に着替えて戻ってきた。
その姿は周りの女の子たちを軽く超えるくらい、キラキラ輝いて見えた。普段の高飛車な態度も、今はなんだか気品すら感じさせる。こんな美人が僕の彼女だなんて、正直ちょっと誇らしい気分だった。
「お待たせー」
上機嫌で声をかけてくる彼女。でも、その笑顔には何か企んでる気配がチラついていた。
「さあ、行きましょうか…」
その言葉に、僕は一瞬、背筋がゾクッとした。
彼女が冷静に事を進めるときって、大抵碌なことにならない。キレ気味がデフォルトなのに、落ち着いてるってことは何かヤバいサインだ。
「え、どこに…?」
思わず聞き返すと、彼女は「ふふふ…」と怪しげに笑った。
涙目になりそうなほど不安が募る中、彼女はそっと僕の手を握ってくる。喫茶店を出て、人混みを突っ切るその手は一向に離れない。
彼女の行動には優しさが溢れてるように見えるけど、彼女を知ってる僕は素直に喜べなかった。
「着いたわ」
連れてこられたのは、怪しげな門構えのデカい屋敷だった。
固く閉ざされた門には監視カメラがあちこちに睨みを利かせていて、明らかにただならぬ雰囲気。
この屋敷の主がどんな奴か、なんとなく予想はついてたけど、彼女に確かめずにはいられなかった。
「ここって…」
質問を終える前に通用門がガラッと開き、中からガタイのいい、いかにもそれっぽい男が飛び出してきた。
「おうおう! お前ら何モンだ!」
彼女はビビるどころか、冷静に僕の様子をじっと眺めてる。
その視線はガラスみたいに冷たくて、観察でもしてるのかってくらい感情がない。
そして男に胸倉をつかまれた瞬間――
「さあ、泣き叫びなさい…泣き叫んで助けを求めるのよ…」
感情ゼロの棒読みで彼女が言い放った。まるで下手くそな役者のセリフみたいだ。
でも助けを求めても、彼女に何ができるわけじゃないだろ。せいぜい高飛車に「お黙りなさい! このハゲ!」とか叫ぶくらいで、その後僕がボコボコにされる未来しか見えない。
「はは…」
呆れて笑いが漏れた。
「お前ら二人で何ゴチャゴチャ言ってんだ!」
チンピラは堰を切ったようにまくし立ててきた。
「お黙りなさい、三下!」
「久志、早く泣いて助けを求めるのよ!」
彼女がイラつき始めた。
このままじゃ後が怖い。仕方なく、僕は無理やり涙を絞り出して叫んだ。
「ひぃ~助けて~!」
すると彼女、おしゃれな服を脱ぎ始めた。
中からお馴染みの全身タイツと赤いマントが顔を覗かせる。颯爽と脱いでるつもりなんだろうけど、動きがのんびりすぎる。しかも脱いだ服を一枚ずつ丁寧に畳んでるし。
僕とチンピラのおっさんは、なんだか微笑ましい気持ちでその光景を見守ってた。
そしてようやく、完全なヒーロー姿が登場。
「待ちなさい! 悪事はここまでよ!」
その言葉に、おっさんは「ハァ?」って顔。まあ、そうなるよな。
「私が来たからにはもう大丈夫よ!」
こんな手の込んだことやった理由は、絶対この決め台詞を言いたかっただけだろ。彼女の表情、めっちゃ誇らしげだし。
「姉ちゃん、あんたさっきから何だ…?」
おっさんは半ば呆れてた。
「お黙り! 三下!」
「これでもくらえ――ファイナル~アタック~!!」
彼女が叫びながらパンチを繰り出した。
でもその動き、めっちゃ遅い。蚊が止まりそうな勢いで、おっさんの胸にポカッと当たっただけ。ダメージなんてゼロに決まってる。
「姉ちゃん、何のつもり…zzz…」
不思議そうに言いかけたおっさん、突然眠りに落ちた。
立ったまま、完全に熟睡してる。
「これが私の真の力よ!」
彼女の言葉に、僕はぶったまげた。
まさか彼女にヒーローらしい能力があったなんて。でも、ただパンチで眠らせるだけって…何だそのショボさは。
「この世の悪はキッチリ型にハメるわよ!」
そう言いながら、彼女はアニメのヒーローみたいな決めポーズ。
満面の笑みで「決まった!」って顔してるけど、僕にはその地味な能力が妙に微笑ましく映った。