知らぬが仏⑤
南が降りてから、電車は何事もなく終点の函館を目指していた。
「婆さん、もうすぐ函館だ…そこで乗り換えだぞ」
「えっ、もう函館ですか?」
婆さんの口ぶりは、まるでこの長旅を楽しんでいるかのようだった。
にこやかな笑顔で私の話に応えている。
「あの、すみません」
そんな時、この電車の車掌が険しい顔で私たちのところにやってきた。
「貴女がこのお婆さんを老人ホームから連れ出したのではないかと通報があったのですが」
「チッ!」
私はすぐさま、あどけないフリをした。
「え~っ、何の話かな~?」
通報したのは南じゃない。きっと南と私の話を聞いて先に降りた他の乗客だろう。
「私はお婆ちゃんと一緒に札幌に行くんだよ」
虫唾が走る。私は普段絶対に演じないキャラで、精一杯笑ってみせた。
「そうですか…」
車掌はやはり私の話に納得していない様子だ。
「お婆ちゃん、この娘は貴女のお孫さんで間違いありませんか⁈」
ヤバい。婆さんが私の話に合わせてくれるはずがない。
きっと嘘がバレてしまう。
「はい。間違いなく私の孫ですが。どなたがそんないい加減なことを?」
驚いたことに、婆さんの受け答えはしっかりしていた。私の話にも合わせている。
本当にボケてるのだろうか?
「私たちは旅行で札幌に行くんです! 孫と二人で楽しみにしていた旅行なのに、水を差すような真似は辞めてもらいたいわね!」
迫力のある婆さんを初めて見た。その迫力に車掌は圧倒されている。
「あっ! これは失礼いたしました」
車掌は逃げるように去っていく。その様子を見て、婆さんは何事もなかったかのように笑っていた。
私はその姿に呆気に取られていた。