知らぬが仏②
「お前に関わると碌なことにならない」
それは幼い頃から私が大人たちに言われ続けてきた言葉だった。
「よう! 八重子さんじゃないかい?」
私が帰ろうとすると、派手なスーツに身を包んだ小太りの男が声をかけてきた。
ホスト風のその男は馴れ馴れしい感じだったが、私には見覚えがなかった。
「誰だ…お前…」
「な、なんだと…俺を覚えてないとでも…」
特徴的な顔ではあるが、全く記憶にない。
「全然わかんねえわぁ~。誰だっけ?」
「シンヤだよ! ホストのシンヤだ!」
「あぁ…いたなぁ…」
確かにそんな奴はいたけど、こんなのだったか?
私の記憶にないとすれば、それはザコキャラだ。
「この前はうちの店の若い奴らが世話になったな…。キッチリお礼はさせてもらうからな…」
「ほう…どんなお礼だよ」
「さぁな…それより木島さんが出てきたぞ! 楽しみに待ってな」
シンヤはそう言いながらその場を後にした。
木島と私には因縁があった。何より木島には借りを返さなきゃならない。
「あのぉ~」
そんな時、さっきの婆さんがまた声をかけてきた。
「何だよ!」
「駅に行きたいのですが、道に迷ってしまって…」
さっきと全く同じ言葉だった。
私はここがどこか周りを確認した。駅で間違いなかった。
この婆さん、ボケてるのだろうか?
急に気分が落ち込んでしまった。
「婆さんはどこから来たんだ?」
「う、う~ん…わかりません」
「家族はいるのかい?」
「息子…息子がいますよ!」
「その息子はどこにいるんだい?」
「う、う~ん…」
婆さんは言葉に詰まった。
必死に思い出そうとしてるけど、多分無理だろう。
「婆さん! 私についてきな!」
私は婆さんをホームまで連れていくことにした。
ホームまで見送れば何とか帰れると考えていた。
婆さんの手を取り、構内を連れ歩く。
道すがら、婆さんにどこに行くのか尋ねると「札幌」と言った。
何しに行くのか聞くと「帰る」と言った。
婆さんの格好はどう見ても観光で遠出してきた身なりじゃない。
散歩に出かけるような普段着だ。
そしてここから札幌までは電車で8時間はかかる。
婆さんはそのことを理解してるのだろうか?
とりあえず函館行きの新幹線のホームに連れてきたけど、その後のことは考えてなかった。
「婆さん…ここから札幌までは遠いぞ」
「ええ…ここに来るまで長旅でしたものね」
婆さんの口ぶりは、まるで私と一緒にここに来たかのようだった。
記憶が途切れ途切れで、誰かと間違えてるのだろうか?
私を見つめる顔もニコニコと笑っている。
「やっと見つけたぞ!」
そんな時、背後から声がした。その姿は木島だった。
「借りを返してもらいに来たぜ!」
モヒカンに革ジャン姿の木島はやたらと凄んでいた。
「八重子、そんな婆さん連れて何してんだよ!」
「お前には関係ねえよ! あっちへ行きやがれ!」
私は婆さんを巻き込むことは避けたかった。
「関係なくねえよ! 俺はお前に用があるんだよ!」
「婆さん、行くぞ!」
私は婆さんの手を取り、出発間際の電車に飛び乗った。
「あっ! 待て!」
電車の扉はすぐに閉まり、木島は唖然としながら私たちを見送った。