知らぬが仏①
私は顔に似合わず気性が荒い。
触った者を傷つけるジャックナイフのような性格だった。
「誰だよ! お前!」
今日も駅前で、風船を持った着ぐるみの子猫ちゃんが私の餌食になっている。
「黙ってんじゃねえよ! いてこますぞ、この野郎」
真面目そうな見た目と幼い容姿に誰もが騙されるが、私は俗に言う「レールから外れた人間」だ。
生きるためなら汚いことでも躊躇わずやってきた。
「そんな可愛い顔したって駄目だぞ! お上が許したって私が許さねえ!」
俗に言う孤児ってやつで、身寄りもいない。
迷惑をかける人間もいないから、遠慮なんて必要なかった。
「黙ってないで何か言えよ、この野郎!」
でも子猫ちゃんはオドオドするばかりで何も言わない。
私は飽きてきたので帰ろうとした。
「あのぉ~」
すると、80代くらいの婆さんが声をかけてきた。
誰も私に近づいてこないのに、これは珍しい体験だった。
「何だよ お前!」
お年寄りだろうと私は容赦しない。
持てる限りの難癖をつける。
ドスの効いた迫力はないが、女の子のキンキンした叫び声は周りの人間をビビらせるには十分だ。
「駅に行きたいのですが、道に迷ってしまって…」
でも婆さんは私にビビってる様子なんて見せなかった。
「馬鹿じゃねえの…すぐそこだろ! 目ん玉ついてんのか⁈」
「す、すみません…」
ようやく婆さんがビビり始めた。
私は残酷だ。どんな弱い人間だって容赦しない。
婆さんは私の強い態度に道を聞くのを諦めたみたいだ。
「これから訳があって駅に行かなきゃな~。駅はこっちだったよなぁ~」
私は意味もなく婆さんに聞こえるように声を張り上げた。
何故か婆さんが私の後をついてくるけど、そんなことに構ってはいられなかった。
「あ~あ、ここを曲がればいいんだっけなぁ~」
私が不自然に声を張り上げるもんだから、周りの連中が見てくる。でもそんなことはどうでもいい。
「あっ! ここ滑りそうだから気をつけなきゃな」
普段なら言わないことを、わざと大声で口にした。
「駅まであと300メートルくらいだから、ゆっくり行こうかなぁ~」
私の一人芝居は続き、駅に到着した。
でも、自分の用が何だったのか、すっかり忘れてしまった。
用がなくなったので、そのまま帰ることにした。
「ありがとうございました」
何を勘違いしたのか、婆さんは私に深々とお辞儀をした。
「な、何を言ってやがる! 私は用があって駅に来ただけだ!」
婆さんは私の言葉も聞かず、ニコニコしながらその場を去っていった。
私の言い訳は空しくこだました。
「ちっ…勘違いしてんじゃねえよ!」