私に傘は不要です ①
待ち合わせ場所に現れた彼女は、いつものように妙ちきりんな格好だった。
黄色の全身タイツみたいなスーツにピンクのミニスカートを合わせ、胸にはでかでかと「K」の文字がローマ字で描かれている。仕上げに赤いマントをヒラリと翻し、まるで「正義は私が守る!」とでも言い出しそうな勢いだ。
繁華街の喫茶店で、その姿はひどく浮いていた。店内の客たちは何事かとでも言いたそうにこっちをチラチラ見ている。
いつものこととはいえ、見世物扱いの視線に、僕はいたたまれない気分だった。
僕の名前は近藤久志、17歳の高校生。
彼女は長浜恵子、同い年だけど別の高校に通っている。
今日、彼女を呼び出したのは、重大な決心を伝えるためだ。
「私のことが飽きたのね…飽きたから捨てるんでしょ…」
まだ何も言ってないのに、彼女はいきなり涙を流しながらそう切り出した。
「伝えることがある」と言っただけで、何か感じ取ったのだろうか?
「いや、そういうわけじゃなくてさ…」
僕が困り顔で言い訳していると、彼女の表情が一瞬で変わった。
泣き顔はどこへやら、いつもの高飛車なすまし顔に少し怒りが滲んでいる。本来の彼女はこっちだ。泣くなんて、まずありえない。
「じゃあ何!? あんたに振り回されて、私の心はボロボロよ!」
まだ何も話してないのに「振り回す」って何だよ、と思わずにはいられない。
「ちゃんと聞いてくれよ…まだ何も言ってないだろ?」
彼女と話すときは、いつも下手に出るのが基本だ。怒らせると面倒なことになるのは分かりきっている。
「じゃあ、何を伝えたいのよ!」
彼女のキレ気味の口調も、いつものことだった。
「その格好、やめて欲しいんだよ…」
初めて会った時から、彼女はずっとこんな格好だ。
最初は顔立ちとスタイルが抜群だったから、変な服なんて気にならなかった。どうせずっとこんな格好のはずないし、おしゃれだってするだろうと思っていた。
でも付き合って1年、彼女のスタイルは一向に変わらない。一体、あの全身タイツ、何枚持ってるんだろう?
「結局、あんたも女を外見でしか見てないのね!?」
その言葉には返す言葉もなかった。確かに、見た目で選んでる部分はある。
でも、男なんてみんなそんなもんじゃないか?
「なら見た目だけの女でも侍らせてなさい!」
高圧的な態度と声に、最初は興味本位で眺めていた客たちが気まずそうに目を逸らし始めた。
「僕はその格好をやめて欲しいだけなんだよ…」
美人でスタイルも良いだけに、周囲の注目度は半端ない。
変な女を連れて歩く僕には、次第に友達が距離を置き始めていた。最近じゃ母ちゃんにまで泣きながら問い詰められてる始末だ。
「嫌よ! だって私、ヒーローなんだから!」
彼女の言葉には力があった。内容さえまともなら、聞く人を納得させる迫力はあっただろう。
でも僕は知ってる。彼女がその格好で街をうろつくだけで、何か特別な力があるわけじゃないことを。
「私はこの格好に誇りを持ってるの!」
誇りだろうが、周りからは白い目で見られてる。仲間外れにされてるのも、その証拠だ。
「私の助けをみんな待ってるのよ!」
いや、それは盛大な勘違いだ。近くに行けばみんな逃げるし、子供なんて「変な人来た!」って泣き出すレベルだろ。
「そのヒーローがあんたの隣にいるんだから、光栄に思いなさい!」
その格好をやめてくれたら、確かに光栄かもしれない。
「じゃあさ…その上に普通の服を着て、ピンチの時に脱ぎ捨てて駆けつけるってどう?」
苦し紛れに昔見たヒーロー映画のシーンを口にしてみた。
すると、なぜか彼女は深く考え込み始めた。
「うーん…かっこいいじゃない!」
どうやらそのアイデアが気に入ったらしい。怒りが消え、表情には少し笑みが浮かんでいる。
「着替えてくるわ! 待ってなさい!」
そう言い残して、彼女は店を出た。
後ろ姿はどこかルンルンしてるように見えた。
僕は思った。――これで少しはマシになるのか、それともまた何か新しい奇抜なアイデアを持ち帰ってくるのか。
どちらにせよ、平穏な日は遠そうだ。