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01.04-

学生でも、大人でもない。

何者でもなくなった僕は家に帰ってくる。


学生として、子供として、これまで何度も数えきれないほどに開いては、閉めてきたドアを閉めた。


それからは何にも追われない。

何からも迫られない。

無色透明な日々が待っていた。


まるで脱け殻のように、中身の無い自分がそこに居た。


喧騒が落ち着いた頃に目覚めて、皆が寝静まり、静寂に包まれる頃眠りにつく。

どこに行くでも無く、ただ時間を潰した。


別にその生活が楽しかったわけじゃない。でも、何にも取り組む気持ちにならなくて。


自分だけ取り残されたみたいな空気に何度か涙を流したこともある。

涙は人を強くするというが、そんなことはなくて。


周りの人は色々と言ってくれる。

立場は変わらない。

自分は自分の居場所を見つけなければ。


仕事を斡旋してくれる人から電話が来る。

何がやりたいという希望も何もない自分に真摯に向き合ってくれ、お試しで働かないかという言葉をくれた。


玄関の扉を開ける。

自らの足でそこに向かう。


まさに工場。という職場だった。

そこで働く人々は目の前の自分の仕事に向き合っていた。


本来は誰かに頼むようなことじゃない。それなのに、その人は僕のために時間を作り、先方に話を通してくれた。

その気持ちはとても嬉しかったし、応えたいという気持ちだった。


簡単に見学をした後、そこでやってみようと心に決めた。

試用期間の後、正式な契約という運びになった。


心は疲れてしまっていた。もう不安も期待も何も無くて。

とりあえず、何かがあるなら。


たとえ、一週間だけでも。

すがる思いで承諾した。



着慣れない作業着と少し重い靴を身に付けて、僕は喧騒が始まる直前の街へと繰り出すのだった。


そこはどこにでもあるような工場だ。無機質な壁と屋根だけの建物には様々な機械が並んでいた。


簡単な説明の後、共に働く人たちと一緒にラジオ体操をし、指差し確認をし、朝の朝礼を済ませて、持ち場につく。


最初の仕事は掃除。

それが終われば、初心者でもできる機械作業を任された。


工場の片隅に置かれた小さな機械。

当然、見るのも、触るのも初めて。


それでも、ちょっとしたレクチャーで普通に使えるような代物で。

溶接のような形で部品をくっつけるというものだが、安全に配慮された設計になっていて危ないということは無い。


目の前で仕上がっていく部品を見るのは楽しかった。


たまに、部品の検査を任された。

細かな傷さえ見逃せないのだが、これがとても難しい。


些細な傷も見逃さない先輩たちの姿が輝いて見えた。


基本的に誰かと一緒に何かを行うこともなく、一人の作業が続いた。


自分と同じような境遇の人も働いていた。

その人たちは気さくに声をかけてくれた。


仲良くできたら良いのだろうが、なかなかうまくは話せず。

やがて、世間話もしなくなった。


ただ機械やそこで作られる何かの部品と向き合い、昼には喧騒の中、一人黙々と食事を取り、時間になったら帰る。


その繰り返しだったと思う。


このまま、こんな日々が続いていくのだろうか。

でも、それでも、まだマシだろう。


そう思っていたけれど、一週間を過ぎて、良い知らせは来なかった。


もっと真摯に仕事に打ち込んでいれば、流れ作業のようにやっていなければ、おそらく良い返事を貰えたのだろう。


大人になる上で必要な知識も経験も何も無い。改めて思い知った。

学校の延長線上としか考えられなかった自分には当然の結果だった。


恥ずかしかったし、悔しかった。

その時、家族や友人以外の人前で初めて涙を流した。


泣きたくないのに。

見せたくないのに。

止めたくても止められなかった。

止め方が分からなかった。


それからはまた無色透明な自分に戻った。

脱け殻のような自分はおらず、外の世界を避けるようになっていった。


自分に寄り添ってくれるはずの人さえも突き放した。


そして、一人になった。

いや、一人になることを選んだのだ。







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