魔界入りしました
「たしか、ディラ、だったか」
「はい」
ダッチラーノがタバコを吸う。
吐いた煙が部屋に漂った。
「クレイはお前をとても信用しているようだ。面白くて、頼もしい仲間だと聞いたよ」
「ほう」
まさかそんな風に思ってくれていたとは、嬉しい限りだ。
「そんなお前に聞いて貰いたい話がある。クレイの昔の話だ。本人には言うなよ。嫌がられるから」
「了解でっす!」
もう一度タバコを吸い、ダッチラーノが話し始めた。
「今でこそ笑顔を見せるが、二年前はクレイの奴、感情が完全に抜け落ちていた頃があったんだ」
「クレイが?」
何かとよく笑うクレイを見ている俺にしてみれば信じられない話だった。
「とある事件があったせいだ。……元々は、クレイは私の友人の運び屋の船に所属していた。弟と一緒に──」
クレイは弟と一緒に、ダッチラーノの友人が営む運び屋の船に所属していた。
空賊ではあるが、今のダッチラーノの船の様に、略奪はせず、金さえ払えば何でも運ぶ便利屋のようなことをしていた。
その頃はクレイは弓兵で、弟が盾役をしていた。
とある日、空賊同士の抗争が過激化し、運び屋としてしか活動していなかったクレイの所属する飛行船が襲われた。普段なら逃げ切れる筈だったのだが、この時ばかりは相手が悪かった。
あっという間にアンカーで固定され、乗り込んでこられてしまった。
クレイ達は勿論戦ったが、相手の魔法具の攻撃によクレイを庇った弟が深手を負い、その際にクレイはその余波が目に当たって視力が大幅に低下してしまった。
それだけなら何とかなったろうが、運悪く弟は破損した縁の隙間から落下してしまった。
必死に手を伸ばしたクレイの手は届くこと無く、弟は雲の中へと消えていった。
大量出血に、この高さから落ちたとなれば弟は死亡は確実。おまけに慕っていた船長も無惨に殺されてしまっていた。
今でも、もう少し早く助けに行ければと思っている。と、ダッチラーノは悲しげに言う。
大切な人達と居場所を失って、屍のようになってしまったクレイは、しばらくダッチラーノの船で治療していたのだが、ふらりと何処かに消えてしまったのだ。
それが今回、ひょっこりと現れた。
しかも弟の盾によく似た盾を持って。
「立ち直ってくれてどんだけ安堵したか。まぁ、流石に黙って消えたけじめは付けさせて貰ったけどね。カッカッカッ!」
あの日、クレイの頬が腫れていた原因が判明した。
「あいつは良い奴だよ。それにうちの大事な身内だ。これからもよろしくしてくれ」
まるで母親のような柔らかい表情でダッチラーノが言う。それに俺は大きく頷く。
「俺達の大事なリーダーだ。勿論ですとも」
俺の言葉でダッチラーノが笑った。
酔いが回ってきた俺も連れて笑う。
「ああ!そうだったな!カッカッカッ!」
「あっはっはっはっ!」
そうして二人は存分に飲み明かしたのだった。
それから俺は船団員と混じって雑用をするようになった。
主に掃除と、進路上にいる外敵処理だけど、役に立てていると実感できるのが凄く良い。
「そっち行ったぞ!」
「よっしゃあ!!来い!!!」
俺に続いて、体調が良くなったドルチェットやジルハも参加し、船に乗り込んでくる厄介者の処理を担当した。
二人もお荷物は嫌だったらしく、張り切っていた。
ちなみに、ドルチェットはいつの間にか大剣からスキルで炎を出せるようになったらしく、危うく飛行船を火事にするところだった。ボヤ騒ぎが起きた時に焦ったように駆けてきたダッチラーノに「ちゃんと見てろ!!!」と頭を強く叩かれたのはビックリした。リーダーはクレイだぞ。俺じゃない。
そんな感じでドタドタとしながらも船は順調に進み、ようやく山脈の終わりが見えてくる。
白い景色が唐突に終わり、緑の大地が姿を表すのだ。
縁に凭れながら景色を眺めていると、クレイがやってくる。
「ディラ、そろそろ部屋戻れ。着陸前にはまた揺れるぞ」
「んー。分かった」
風が山脈にぶつかって砕けるため、出発時と同じように船が揺れるらしい。
「クレイは?」
「オレは最後の一仕事があるからな」
「そっか。がんば」
「おうよ」
もう少しこの景色を見たくはあったけれど、揺れで落ちたら元も子もないなと、俺はクレイの言う通り大人しく部屋へと戻った。
山脈の内側の地域、コクマー。
ここからは人間以外の種族が多くなってくる魔界だ。
だが、魔界といえどもまだ人間が多い。
別名迷宮都市とも呼ばれるこのコクマーは、地下空洞に文明を発達させていた地域だ。
大迷宮と呼ばれる地域の半分を占める迷宮には黄金やら宝石などのお宝や、希少な魔法具や魔石などがたくさん隠されていて、世界の探索師達が大金持ちの夢を見て迷宮入りしていく、まさしく宝島だ。
とはいえ危険がない訳じゃなく、そこは亡霊系や毒持ちのモンスターや罠がたくさんある。
だのにそんな危険な迷宮に人々は夢を見て、今日も潜っていくのだ。




