一時休戦
竜巻が遊郭街を飲み込み、木造の建物が一瞬で崩壊した。
赤提灯や絹の幕が渦に巻き上げられ、次の瞬間、破片となってこちらへ殺到する。
「うおおおあああ!!??」
咄嗟に身を低くした俺と功太の側にクレイの大盾が出現して防御した。金属と木の破片が盾に激しく叩きつけられた音が響く。
最初の波は防げたが、盾の防御をすり抜けた破片がまるで踊るように次々と飛来する。
まるで瓦礫が意志を持ったように執拗に俺達二人を狙って飛んで来ている。
バルハニエルは遠くで無表情に立っているが、心なしか嘲笑しているように見えた。
このやろう。
「こんな質量攻撃とか、卑怯だぞ!!」
バルハニエルへと叫んでも、声は無情に風に掻き消される。
攻撃もままならないから防御に専念せざるを得ない。
だけど、防御にも限度がある。
今のところ吹き飛ばされるのは防げてはいるが、このままでは、街の残骸に押し潰される。
突然、地面が激しく揺れた。
足元に深い亀裂が生まれ、浅い裂け目が広がる。
まるで塹壕のように体を隠すのに適した深さだ。
なんでこんなものが――疑問に思う暇もない。功太が迷いなく飛び込んだ。
「朝陽! 早く!」
功太に続いて俺も裂け目に飛び込んだ。
直後、頭上を巨大な梁や屋根の残骸が砕けながら通過した。
地響きはまだ続いている。警戒しながら周囲を見回すと、視界の先に新たな裂け目が次々と形成されていた。
頭上では雷鳴が響き、アリマの雷魔法がバルハニエルの雷を吸収している音が聞こえる。
「おい、ニンジン!!!」
ドルチェットとジルハが裂け目の中を走ってきて、その後ろにレッドジュエルの面々が続く。
良かった。無事だったか。
「おい、なんだこれ。どっちの仕業だ!?」
「いや、どっちも違うよ」
「うん」
じゃあ一体誰が――全員が視線を交わした瞬間、反対側の分かれ道から重い足音が近づいてきた。
「やれやれ、騒がしい。煩くするのなら、出ていってもらいたいね」
声の主は大槌を肩に担いだディスクだった。
その姿を見た瞬間、怒りがこみ上げる。
「てめぇ!! よくもこのこと!!」
俺が何かをする前に、ドルチェットが即座に掴みかかっていた。だがディスクは涼しい顔だ。
後ろに控えていた魔術師がドルチェットの行動にぎょっとしていた。
「き、貴様!! 離れろ!!」
魔術師がドルチェットを引き剥がすために杖を振り上げようとするが、ディスクが手で制した。
ディスクはドルチェットを見下ろし、鼻で笑う。
「何がおかしい」
声が、思いの外低く出た。やっぱり俺も相当腹が立っている。
ディスクは視線で俺と功太を確認し、再びドルチェットに戻す。
「俺様を殴り飛ばしたいと、貴様は思っているだろうな。あいにく俺様のダメージは、神具の能力によってそこらの罪のない一般人に自動的に飛ばされるが……いいのか?」
つまり、ここで全力で殴っても、ディスクにはダメージがいかず、見知らぬ誰かに被害が及ぶということだ。
何て奴だ。
「……ドルチェット、今は抑えて……」
ジルハがなだめるが、ジルハ自身も全力でディスクを睨みつけている。
どうすんだ? 殴るのか? と煽るような視線をディスクが続ける。
明らかに分が悪いと理解したドルチェットは、「糞がっ!」と突き飛ばすように手を離した。
ディスクはパタパタと服の皺を直すその後ろで魔術師がドルチェットを睨んでいる。
「そもそも、と」
服を正したディスクが言葉を切り出す。
「俺様は、もうお前らに用はない」
「どういう意味だ?」
ディスクは俺に向き直る。
「前回は依頼されたから、一度きりという契約のもとで実行した。それが終わった今、つついたところで金にもならんからな」
「その言葉を信用しろって? いきなり俺を殺そうとしてきたお前を?」
しばらく無言で睨み合う。
再びディスクが鼻で笑う。今度は煽りではなく、めんどくさそうに。
「誰も信用しろとは言ってない。だが、今後俺様はお前らには手を出さない。それこそ倍以上の金が積まれない限りはな。俺様は金に煩いんだ」
その言葉に、納得しかける。
ディスクの姿そのものが、ガチの成金そのものだったからだ。前回のこいつの能力を見たせいもある。
しばし考え、俺は息を吐いた。
「あっそ。じゃあ一応、あいつを倒すのを手伝ってくれるってこと? それもお金が必要?」
ディスクの口許だけがニヤリと上がる。
「金に煩いが、俺様は空気が読める男だ。こんなところでケチって死ぬほどバカなことはないからな」
「わかった。じゃあ竜巻の対処は任せるよ」
ドルチェットとジルハ、功太が驚いたように俺を見る。
やって来た功太が小声で訊ねる。
「……大丈夫なのか?」
「うん。たぶん、お金に関しては嘘はつかない気がする」
なぜか、そう思った。
功太も少しだけ考え、分かったと承諾してくれた。
「……でも一応、警戒はしておくよ。一応ね」
承諾はしたものの、功太はディスクを警戒し続けることにしたらしい。
「おいディラ、大丈夫なのかよ。あいつはお前を殺そうとしたんだぞ」
納得できないとドルチェットが言う。
「大丈夫。もう次はあんなことになんかさせないから」
脳裏に血塗れのアスティベラードの姿が浮かぶ。
俺だって許してなんかいない。
俺が握りしめた拳にドルチェットが許した訳じゃないと理解した。大きくため息をつく。
「わぁーったよ。今は我慢してやる」
だが、とドルチェットはディスクを指差した。
「てめえ、これが終わったら覚悟しろや」
それは俺も同意だ。
絶対に例のスタンプで額に「肉」と書いてやる。それならダメージじゃないから、肩代わりもさせられない。
きっとディスクもそんなこと百も承知だろう。
話は終わったとばかりにディスクは俺達から視線を外し、担いでいた大槌を振り上げた。
「さて、始めるとしよう」
ディスクの大槌が地面を叩く。
「『換金』だ。喰らえ、モズナイーム。
次いで『対価』だ。忌々しい風を遮る要塞を成せ」
激しい振動と共に、地形がクモの巣のように複雑に裂け、地上に風を遮る壁が次々と形成されていく。
ディスクの形成した裂け目の道を駆けながら、思ったよりヤバい神具だなと認識を改めた。
「もう少しだ!」
ディスクのおかげでバルアニエルに容易に接近できた。
風の無効化が成功している証拠だ。
雷の矢もアリマ達がなんとか防いでくれている。
「いくぞ!」
遠距離攻撃が可能な俺と功太が裂け目から飛び出し、壁を盾にバルアニエルへガンガン攻撃を仕掛ける。
それでもことごとく通過され、効いている気がしない。
弱点のマークも見えない。
だが、きっとどこかにあるはずだ。
こいつの弱点が……っ
「!」
不意にバルアニエルがわずかに避ける素振りを見せた。
身体に当たった時ではない。
功太の攻撃が外れた際に、“何故か”避けたのだ。
「……功太」
「うん。間違いない」
こいつの本体は別にある。




