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速度VS火力②

 ダーシェットの口許に笑みが浮かんだ。


「!!」


 次の瞬間ダーシェットの姿を見失った。左右に気配はない。下かと思考が回る前にバルベーラは顎に加えられた衝撃によって視線を上へと向かせられていた。


 何が起きた?


 理解する前に今度はこめかみにゾワリと悪寒が走り、バルベーラはほとんど反射で横へと跳んだ。

 耳すれすれを重厚感のある風が過る。

 ダーシェットの刃だ。

 次の攻撃の前にバルベーラはダーシェットから距離を取った。


「!」


 耳に熱を感じ、軽く触れると血がついた。

 先程の風圧で切ったのか。

 顎は何で攻撃されたのかは分からないが、少なくとも血は出ていない。


「……へぇー」


 やるじゃん。

 あのままごり押しでねじ伏せられると思ったが、どうやらそう簡単にはいかないらしい。


 ふぅーっ、と長く息を吐き出すダーシェットの目はまだ死んでいない。

 ここから逆転が出きると信じている目をしていた。

 生意気だ。


 バルベーラの脳裏に幼子の姿が思い出される。


 ああ、思えばお前は昔からそんな生意気な目をしていた。

 俺はそんな目が嫌いだった。


「どうしたよ?目でも回ったか?」


 ダーシェットが煽ってくるのを、バルベーラは鼻で笑う。


「この隙をつかないお前をバカにしてんのさ」

「へっ!」


 ジリ、と互いの視線が交差し、またしても火花が飛び散った。







 過去の記憶が思い起こされる。


 期待はずれの子供(ダーシェット)は、女の修行を抜け出しては訓練場に忍び込んでいた。


 ヒラヒラした服装でジッと見詰めるのは、人ではなく剣だった。

 女の癖に剣に興味があるのかと皆でせせら笑いをしていたが、ある日、ちょっとした出来心でネビオーロがダーシェットに練習用の剣を持たせていた。

 練習用といったって、中は鉄が入っていて結構な重さがある。

 案の定持ち上げられずにいたが、ダーシェットはそこらの女のように泣かなかった。

 それどころか3日経たずに剣を持ち上げて見せ、見よう見まねで舞いのようなものを練習していた。


「…………」


 ふざけた話だ。

 たかが女が真似事をしようなんて。

 気持ち悪い。


 しかしダーシェットは軽蔑され、嘲笑されているのにも関わらず剣を振るのを止めなかった。


 使用人に連れていかれてもすぐに戻ってきて、母に怒鳴り付けられても何もなかった顔をしてやって来た。

 その内使い魔も連れて組手の真似事もするようになっていた。


 なんなんだこいつは。

 女のクセに。


 ジワジワと不快感が増していく。

 そもそも女に使い魔もいることすら訳が分からない。


 サンジョヴェーゼは何も思わないのだろうか。

 しかし兄上様は相も変わらず読めない顔のまま日々鍛練にいそしんでいる。強さしか興味のない人だ。

 尊敬するが不気味でもある。


 サンジョヴェーゼが何も言わないからなのだろう。

 ダーシェットの動きが真似事からコチラに近付いてきていた。


 さすがに調子に乗り過ぎている。

 父上からそろそろ叱ってもらわなければと進言した。

 しかし───


「なんだ?そんなことか」

「え…」


 予想外の反応だった。

 てっきり憤慨して摘まみ出してくれると思ったのにだ。

 父上は手元の資料を眺めながら訊ねてくる。


「で?ダーシェットは指南を受けているのか?」

「受けてません…」

「なら、ちょうど良いだろう」


 父上はこちらを見もせずに言う。




「 何も学ぶ術を持たない女のアイツより弱い者は居ないはずだからな。

 もし奴より弱いのならば、そいつは才能がない出来損ない。

 そうだろう? 」




 チ"リ…、とした、まるで首もとに刃を宛がわれているような圧を掛けられた。


「……、はい…」


 つまるところ、女に負ける“不要品”は要らないということ。


 背筋が冷えた。


 そんなこと思ってもみなかった。

 父上が俺達を見捨てる可能性があるなんて、なんで考えもつかなかったのだろう。




 それからだ。

 日に日に成長をするダーシェットを恐ろしく感じ始めた。

 やつは一年掛かる技術を一月でモノにする。


 認めたくない。

 女のやつに“剣の才能”があるなんて。

 だから、“認めない”事にした。





 夜の特訓をしてやると言ってダーシェットを誘き寄せ、作戦に乗ってきた兄弟と共にダーシェットをリンチした。

 サンジョヴェーゼだけは少し違ったが、誰よりもダーシェットをいたぶっていたから問題なかった。

 その後、動けないダーシェットを引き摺り、手配しておいた神官によって剣士としてのレベルをリセットしてやった。

 今まで積み上げた経験も体力も、これでなかったことにしてやった。

 これで───



 “ただの女に負けることはない”



 その後、監禁していた館が全焼したりと不可解な事故が起こったが、これでもう何も気にすることなく剣技に集中できる。

 なのに、煩わしい事件は続いた。


 うちに宛がわれる筈だった神具が盗まれたのだ。


 盗人は、異界からの人間にくっついてきたゴミだった。

 それだけならまだ何とも思わなかった。

 盗人一人、うちに掛かればすぐに処理できるからだ。

 しかし、それには問題があったのだ。

 そのゴミに付いているカスが身内だと報告を受け、簡単に処理することが出来なくなった。

 よりにもよって盗人に加担するなど、恥さらしにも程がある。


 だからこそ、ここで奴に止めを刺さなければならないのに───



 頬すれすれを銀の風が薙ぐ。




 ───なぜ、俺が押されているんだ……?



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