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明確な殺意

 


 アリアーニコが戻ってくる。

 茫然自失とはいかないが、それなりにショックを受けているようだった。

 いつも仏頂面の男のこんな姿を見るのは珍しい、とバルベーラは驚いた。それだけでも驚いたのに、口を開いたアリアーニコから更なる驚きの言葉が飛び出した。


「すまない…」


 謝罪の言葉まで飛び出すなんて思わなかったバルベーラは、頭でも打ったのかと怪訝な顔をした。

 もっともアリアーニコはそんなバルベーラの顔なんて見ていないが。


「名に恥を刻んだ」


 サンジョヴェーゼは我関せずだ。

 仕方がないとバルベーラは一応労いの言葉を口にした。


「仕方ない、油断したんでしょー?相手は小型で女。無意識に手加減をしたとしてもおかしな事ではないしー」


 そんなことを口にしながらもバルベーラは内心ため息をついた。

 もしこんな理由で手加減した事を肯定するならば、アリアーニコは期待はずれ、ということだ。


「いや、剣士としては問題だけど、人間としては正常だろうねぇ」


 しかしバルベーラの慰めの言葉にアリアーニコは首を横に振った。


「そんなことはない、俺は殺すつもりで行った。家の面汚しを生かす義理は無いからな」


 だが…、と、アリアーニコはダーシェットに視線を向けた。


「剣を交えてわかった。いや、認めたくなかったが、認めざるを得ない」


 バルベーラは眉を潜めた。


「……何を言いたいの?」


 アリアーニコがバルベーラに真剣な顔で告げる。




「アレは、怪物のケがある」




 バルベーラはダーシェットを見る。

 どうみてもただの小娘。だが、あの小娘が次々に兄弟を打ち負かしてここまで来たのも事実だ。

 バルベーラは目を細める。


「ふーん…怪物、ね…」


 怪物、つまりは通常の成長のしかたとは違う剣士の例えだ。

 バルベーラが知っている限り、怪物と呼ばれるのはサンジョヴェーゼと歴史上に現れた英雄しか知らない。


「そう、わかった」


 髪を耳に掛け、自らの剣の柄に手を乗せる。


「じゃあ…俺の敵と認めてあげようかな」











「…………」


 何故か最前列で見ることを許可された。

 何故だかは分からない。


「これって、今まで手を出さなかったから信用されたってこと?」


 一応隣のクレイに訊ねてみたが、クレイも怪訝そうにしていた。


「……そんな感じじゃないだろ絶対」

「だよねぇ」


 恐らくもっと違う理由なんだろうが、彼らの考えている事はよく分からない。

 いや、分かるやつもいはする。

 下の二人は分かりやすく睨んでいる。きっとドルチェットに負けたことを認めてないのだろう。

 仏頂面は相変わらず表情が分からない。


 そして、と、俺は一番上の兄へと視線を向けた。


 長兄のサンジョヴェーゼが特に分からない。

 分からないが、とりあえず“楽しそう”にしていることだけは分かった

 相変わらず寒気がする。


「はぁーい、それじゃあ───」


 すらりと鞘から剣が抜き放たれる。


「───始めようか」


 バルベーラの抜き放たれた剣を見て驚いた。

 あまりにも刀身が細い。

 いや、鞘が細いからなんとなくそうかなとは思っていたけど、予想よりも細い。

 レイピアなんだろうか。クレイが爪楊枝とか言っている意味が理解できる。

 ……爪楊枝よりもアイスピックな気がするが、果たしてあの剣で受け流しとかは出来るんだろうか。


「…………」

「ドルチェット?」

「…行ってくる」


 バルベーラの元へと向かうドルチェットは、なんがか様子がおかしく感じた。


「ねぇ、なんかドルチェットの様子おかしくなかった?」

「確かにそうだな」


 今までは真剣でも何処か楽しげであった。

 だけど先程の表情は───


「相手がバルベーラだからです」


 その疑問にジルハが答えた。


「? どういうこと?」


 ジルハはバルベーラを見ながら説明をする。


「バルベーラ・レッドジュエル。彼は“神速”の称号をもつ剣士です。

 現在のレッドジュエルの二大柱の一人。

 あの剣から繰り出される斬撃は、視認した瞬間に5回は刺されていると言われています。実際、それに匹敵するほどに早いんですよ」

「へぇー」


 功太の高速剣も結構な速度だけど、あのバルベーラはそれ以上の速度を出せるということだろうか。

 ブリオンの知り合いで剣の速度と連続技狂いがいて、そいつもヤバい速度を叩き出していたけど、思えば彼も似たような剣を使っていた気がする。

 恐らく速度狂いは同じ進化をするんだろうな。


「プルチアなんかとは比べ物にならないですから、そこが少し心配です」

「だね」


 いくらレベル差があっても、今のドルチェットは魔法の補佐もスキルも発動しないという制限をしている。

 威力特化剣士と速度特化剣士の戦いだ。

 余裕ではないだろう。


 それに、と、俺はバルベーラを見た。


 先程までの緩い雰囲気は消え失せ、あるのは酷く冷たい敵意のみ。


「…………その、もう一度確認なんだけどさ、ドルチェットの兄なんだよね???」

「そうですよ」

「…………」


 妹に向ける目じゃないよねアレ。

 何処までも冷たくて拒絶し、握り潰そうとする圧を持った視線だ。

 きっと殺意の籠った目、と言うのだろう。


「本気で殺る気だな、あれは。そういう目をしておる」


 アスティベラードも言う。


「どうするの?もし万が一があったら」


 無いと信じたいけど、可能性も考えておかないといけない。


「ディラ」

「!」

「大丈夫だ。信じよう。何せあいつはうちのナンバー2だ」









「最後の言葉はちゃんと言ってきたー?」


 鋭い視線のまま、バルベーラは緩い口調でドルチェットへと訊ねてきた。

 いいや、煽ってきた。

 最後の言葉という単語を出すという、つまりはバルベーラからの明確な“殺す”宣言だ。

 レッドジュエル家は代々剣士の家系であるが、その仕事は多岐にわたる。

 戦闘に駆り出されるのは勿論、裏で始末する仕事なんかもやっていた。

 勿論誰にでも出来るわけではない。

 冷静に冷酷に、状況に応じて対応を変え、音もなく素早くこなせるものでは務まらない。


 そう、その全てに当てはまるバルベーラは表よりも裏での仕事を多くこなしてきた実力者だ。

 いくらレベルの差があったとしても、経験は覆せない。

 しかし───


 ドルチェットはバルベーラの目を真っ直ぐに見つめて、笑みを浮かべた。


「おあいにく、最後の言葉なんてものは言わないって決めてんだよ。

 なぜならな」


 ドルチェットは大剣の切っ先をバルベーラに向けた。


「そんな言葉はおまえの方が似合っている」



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