遊女への手土産と勘違いされている
次の目的の街まで移動をメインとし、ひたすら移動を続けた。
安直に道に沿っていくとバレるので、わざと源泉吹き出す地帯を抜ける。
「これで鼻を潰せるはずです」
と、ジルハが率先して悪路を進んでいく。
一般嗅覚の俺でもキツいんだ。鼻の良いジルハは特に辛いだろうに、尊敬する。
ドルチェットの兄達の使い魔はジルハよりも鼻が利く。だからこそ、自らの種族の弱点を利用するという作戦に出たわけだ。
だけどその作戦は弊害もある。
相手の鼻を潰すということは、ジルハの探知を潰す諸刃の剣ということだ。
実際ジルハはキツそうにしていて、時折ノクターンに魔法を掛けてもらっていた。
あの船酔いを軽くするやつだ。応用がきくらしい。
ノクターンのお陰で回復したジルハが前に戻ってきた。
「すみません、僕らのせいで」
申し訳ないと沈んでいるジルハに俺は声をかけた。
「大丈夫だよ。俺なんか現在進行形で迷惑掛けてるし」
こういうのはお互い様だ。
「ジルハの探索の穴は、そもそもの原因の俺が頑張るぜ!」
「そういえばお前のせいだったわ」
ドルチェットの冷静な突っ込みで、少しだけ空気が固まった気がした。
あれ、墓穴掘ったかなこれ。
移動のついでに硫黄を回収して、袋に入れる。
ずっしりとした重さに嬉しくなってくる。
「だいぶ集まった」
こんなもんで良いかなと、ニコニコしながら袋を仕舞う。
「そんなもん採ってどうすんだよ」
そうドルチェットに言われた。
「これも何かの役には立つかもしれないし。あと、集めておいた方がいいって、俺の勘が言ってる!!!」
ほんとかよ、と、クレイに疑われた。
失礼な。これでも隠し宝箱を発見するの上手かったんだぞ。
そんなこんなでひたすら歩き、ようやく目指していた街へと辿り着いたのであった。
次の街、ツァーカムは本格的な遊郭街だった。
この地域の中でも特に大きく、首都的な位置の街である。
的と言うのには理由があり、他の地域と違い正式な“首都”が存在しない。
もちろん首都の役割をしている街三つほどあり、この三つが時代と共に権力を入れ替えながら纏めあげているとか。
凄く不思議な感じだけど、それで安定しているのだから面白い。
あちらこちらからお兄さん如何?との呼び声が交差する道を歩きながら、それにしても、と、俺は袖で鼻を押さえた。
「匂い凄くない???」
タバコの臭いが凄いのだ。
結構な割合の人が煙管を燻らせており、通常のタバコとは違う甘ったるいバニラに似た匂いや香水の花の匂いが混じって頭がおかしくなりそうだ。
そんな俺にクレイがしれっと答える。
「でも此処ならそう簡単には特定されないだろう?」
「それは確かに…」
チラリとジルハを見れば、事前に分かっていたらしく重装備をしていた。
さすがに慣れてきたらしい。
「確かに紛れ込めるけど、逆に相手がここに潜り込んできたときに特定ができないね」
そんな俺の意見に「それな」とドルチェットが同意していた。
どうしたもんかと考えていれば、ふと、ある魔法具の存在を思い出した。
「あ、そうだ。あれがあったじゃん」
すぐさま鞄をまさぐって取り出した魔法具、方位宝針をクレイに渡した。
教会から逃げるのに役に立った方の方位宝針だ。
「完全に忘れてたけど、これなら逃げられるんじゃない?」
使い方を教えると、クレイは目をキラキラさせていた。
クレイはこういう派手ではないけど、時計のようなアンティーク系の物が好きらしい。
「便利だな!」
それをアスティベラードとノクターンも覗き込む。
「羅針盤とは違うのだな」
「つーか、初めから出せよこれ」
「忘れてたんだよごめんね」
ともかく、相手に接触されてまずいランキング上位であるドルチェットに渡しておくことにした。
もちろん、すぐに確認できるようにと腕に装着出来るようにちょっとだけ改造した。
ふむ、とドルチェットが満足そうに方位宝針を眺めているのを見て俺は思った。
「これってポーネ……」
なんとなくこれ以上言ったらいけない気がしたので黙った。
どんな形であれ、役に立てば良いんだ。
そんなこんなで警戒しつつも、特にこれといった事件もなく5日が過ぎた。
お金稼ぎもほどほどに、そろそろ巻けているだろうから次の街へと移動するかという話が出ていた。さすがに結構な距離を飛んだから問題ないだろうと判断したからだ。
現にこの街に滞在中、常にタバコと香水とお酒の臭いに囲まれているのだ。見付けられるわけがない。
「さて、次は何処にいこうか」
クレイが言う。
その時、突然鞄がガタガタと動いてグラーイが顔を出した。
「うわびっくりした。なに?どうした?……ん?」
すると、グラーイがか何かを咥えているのに気が付いた。
三つ折りされた紙だった。
「これを取れってこと?」
グラーイが頷く。
俺はグラーイの口から紙を受け取って開いた。
その紙にはでかでかと“追加クエスト”と書かれていた。
なんとなく紙の下の方を見ると、素敵なお師匠マーリンガンよりとある。
「なんだそれ」
「マーリンガンかららしい」
「マーリンガンさんが手紙なんて珍しいな」
「ねー」
一体何なのかと手紙を読む。
「なんて?」
「次の修行を付けてくれる人を教えるから、その人に会いに行けって」
ご丁寧に地図まで書いてある。
意外と近い。
「じゃあ次はそこに寄ってからだな。各自買い忘れなんかがあれば補給してくれ。ディラはオレと手土産を買いにいくぞ」
「了解」
遊郭街で買えるものなんかたかが知れているが、店の一押しの商品ということで徳用金平糖を購入した。
こんな2リットルペットボトル程の容量の金平糖なんかはじめてみた。
「喜ぶかなこれ」
「喜ぶだろ。砂糖は貴重だし」
クレイのお墨付きを貰ったので、俺は金平糖を鞄に仕舞った。
最悪砕いて使ってくれても役には立つだろう。
用も済んだのでさっさと宿に戻ろうと早足で階段を上る。
この街は結構立体構造をしており、階段があちこちに伸びてまるで迷路のようになっていた。
じみに辛い。
「!」
ピンと、視線が突き刺さった。
「上!?」
咄嗟に向いたその瞬間、人影が俺目掛けて飛び掛かって来ていた。
クレイが出した盾に人影が盛大な音を立てて着地した。
それは巨大な狼だった。一瞬ジルハの獣型かと思ったが毛色が違う。それにジルハよりも一回り大きかった。
「!? ディラ!!横だ!!」
「!!」
反射で視線を向けたその瞬間、白色と赤色が視界に広がる。
嘘だろと思う間もなく、突然の衝撃に吹っ飛ばされ、俺は階段横の柵を破壊して落下したのだった。