能力と頭脳は比例しないらしい
突然視線が突き刺さった。
「ん?」
「どうした?」
俺のそんな様子にクレイが訊ねる。
「なんか、視線が??」
「は?覗き?」
「男風呂でです??」
「いや、そんなんじゃなくてエクスカリバーの…」
言いながら俺は湯船から颯爽と出て脱衣所へと向かった。
こういうのはスピード命だ。
鍵付きの武器入れ箱に収納しているはずだから盗られることはないだろうけど、治安の悪いこの世界だ。
ピッキングの達人がそこらにゴロゴロいる。
とりあえずエクスカリバー自体の位置は変わっていないがまだ安心はできない。こういう時は最初が肝心だ。
スパァン!!!と力一杯に扉を開けると、今しがた服を脱ぎ始めましたというような老人が肩を跳ねさせていた。
部屋を見回しても、その老人以外に人は見当たらない。
おかしいなと思いつつも確認をするが、着替えを入れた棚も変わりがない。
「?」
じゃあなんでエクスカリバーは俺に視線を寄越したんだ?
現に今でも視線は注がれている。
「ん?」
そこでちゃんと武器入れを見てみると、箱の上には知らない物が設置されていた。
「なんだこれ」
見た感じ、封筒と石、石にしては豪華だけどその二つがちょこんと置かれていた。
「おーい、なんかあったか?」
そこに俺を追いかけてクレイとジルハもやってきた。
俺は振り返り二つの物体を指差す。
「人はいなかったけど、変なのはあった」
あれから風呂に戻る気になれずにそのまま出てしまった。
封筒を右手に、左手で豪華な重石を転がす。
封筒はただの封筒とは少し違い、日本で売られているような真っ白な上質のものだった。
ここの世界の紙は、和紙のようにざらついていたりなにやら不純物が混じっていたりと分かりやすい。
改めて封筒を観察すると、蝋封(蝋でしっかりと閉じられていた)されていた。その時点で明らかに異常ではあるが、赤い蝋に花と剣の模様が捺されているのを見て更に異常感が増した。
これ出したの絶対に貴族系に決まっている。
絶対に縁がない。間違い電話ならぬ、間違い手紙であってほしい。
それにしてもなんの花だろう。
バラとかなら分かりやすかったけど、どう見てもバラには見えない。
どちらかと言えば小ぶりの菊にも見えるけど、多分違うんだろうな。
今度は左手の物体を観察してみた。
この重石もよく見てみると同じような模様があった。
それにしてもこの模様、どっかで見たんだよな。
何処でだったか…。
「ん?なんだ待ってたのかお前ら」
そんな感じで考え込んでいると、風呂から上がったドルチェットがやってきた。
「ドルチェット」
後ろにはアスティベラードとノクターンもいる。
心なしかノクターンがフラフラしていた。のぼせたか?
「──おい」
「ん?」
「なんでお前がそれ持ってるんだ…」
声に含まれる怒気に少しビビった。
ドルチェットは明らかに俺の持っている重石を見ている。
そこで思い出した。
この模様、ドルチェットの大剣に彫られている物と同じ──
「ジルハ!!!なんで言わない!!!」
「!?」
突然ドルチェットがジルハを叱り飛ばした。
そう言えば、ジルハはこの封筒と重石を見てから一言も話さない。
それどころか視線も合わそうとしていないことに気が付いた。
「…………」
しぶしぶと言うように、ジルハがようやくドルチェットを見た
その顔は、なんだか諦めきったような。
見たことの無いほどに表情の抜け落ちた顔をしていた。
「……言ったところで、どうしようもねーだろ」
ドルチェットが盛大な舌打ちしながら、俺の手から封筒を奪い取り、すぐさま蝋封を真っ二つにして中の手紙を引っ張り出して目を通す。
そして即座に手紙をグシャグシャに丸めてクレイへと押し付けた。
「そんなもん燃やしちまえ!!」
ドルチェットはこれ以上無いほど怒りの籠った声で吐き捨てると、先に部屋に戻ると告げてさっさと帰ってしまった。
俺含めみんなポカンとしているなか、クレイが力一杯に丸められた紙を開いてシワを伸ばしていた。
「読んじゃって良いの?」
「いーんだよ。元々はディラに届いた手紙だしな」
「それはそうだけど…」
どう考えたってこの手紙は俺宛じゃないだろうに。
クレイはそんなの関係ないと言わんばかりに手紙を広げて目を通し始めてなにやら呆れたような表情になる。
そして、ん、と俺に渡した。
やはり俺宛だったんだろうか。
促されるままに手紙を読み始め、俺は困惑した。
何故ならば、そこに記されていたのは俺の討伐任務と武器奪還をドルチェットに命令してる内容だったからだ。
「ドルチェットへの命令を書いた紙を討伐本人の箱に置くのはどうなの?」
「ほんとうにそれな」
クレイが俺の意見に同意する。
いやほんと何でなの。
そこにアスティベラードが追加情報をしてくれた。
「確かドルチェットは男兄弟しかおらんと言っておった。だからではないか?」
いやいやいやと突っ込みを入れたくなる。
「男しかいないから女湯に入れなかったのは分かる。けど、討伐対象に手紙を渡してどーするんだってはなし」
「誰がどの箱か分からなかったのでは…?」
そう回復してきたノクターンが擁護するが、だからといって普通無いだろう。
「さすがにア──色々抜けすぎじゃない??」
アホという言葉を一応回避した。
そんな色々突っ込みどころ満載な事態にようやくジルハが一言発した。
「…………まぁ、レッドジュエルだし」
思わずジルハに視線を向けた。
俺だけではなくみんなもジルハに視線を向けていた。
まさか身内からアホよりも上の言葉を聞く(ぼかされてはいたけれど)とは思わなかったけど、この愚行をレッドジュエルだしで済ませられるとは一体どういうことなんだろうか。
「…どんなヤバイ家?」
思わず訊ねると、それにジルハは死んだ目で答えた。
「考えるよりもまず手や武器が飛んでくる家です」
おそらくみんなの脳裏に普段のドルチェットの蛮行が思い浮かんだが、そんなドルチェットでさえこんなアホなことはしないだろうとの結論に至った。
「…ドルチェットを見習え」
そう呟いたクレイの言葉に全力で同意した。
それにしてもどんな兄弟なんだろうか。
まったく想像が出来ない──……ギリギリ出来なくはないけど、脳内イメージが世紀末になっている。
今ある情報はドルチェットを力ずくで押さえ込んでレベルリセットを決行し、考えるよりも先に手が出て、普通やらかさないであろうアホなことをやらかすヤバい連中、ということだけである。
たったそれだけの情報なのに、ジルハの表情の理由が納得出来すぎて同情しかない。
クレイの言葉を心の中で反芻した。
ドルチェットを見習え。
ともかく、と、クレイがリーダーとして言葉を発する。
「ヤバい連中がこの街にいるっていうのは明らかだ。全員気を引き締めよう」
特に、と、クレイの視線が向けられる。
「ディラは今までよりも最大限警戒体制、隠密は常に発動、そして誰かと行動を共にしておく事を徹底してくれ」
「サーイェッサー!」
そして、と今度はジルハへと視線が向けられた。
「ジルハとドルチェットもだ。どういった形で接触してくるか分からないからな、いつでも対応できるようにしていてくれ。
後は即座に連絡がとれれば良いんだが…」
「うーん…」
残念ながらブリオンのようなメッセージシステムは存在しない。
マーリンガンは例外であるが。
こんなことならマーリンガンに同じやつを頼んでおけばよかった。
「あの、でしたら…、トクルをお渡ししておきます…。そうしておけばすぐに連絡が取れますし…。アスティベラードも良いですよね…?」
「うむ!もちろんである!トクルの有能さを見せつけてくるがよい!」
トクルが胸を張って誇らしげにしている。
確かにトクルがいれば安心だ。
トクルがジルハの頭に移動すると、ジルハははにかみながら微笑んだ。
「ありがとうございます」