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風呂の温度差

「こちら、報酬の一部です」と、小分けにされた卵を渡され、それをクレイが配っている。

 それぞれが小綺麗な小瓶に詰められていて、中身が卵だなんて言われないとわからないほどに綺麗な色をしていた。

 まるで夕焼け空の詰め合わせだ。


「食べるの勿体ないね」

「でもそのままだと腐るぞ」

「それは勿体無いな」


 綺麗だけど、明日にでも食べよう。


「本当はこれでたまごかけご飯とか食べたいけど」

「なんだそりゃ」


 予想外にドルチェットが食い付いてきた。


「知らない?お米に生卵を掛けて醤油で食べるんだけど」

「知らん」

「てかお米あるっけここ」


 そういえばこの世界でまだお米に出会ってない。

 そこに配り終えたクレイが戻ってきた。会話の一部を聞いていたらしい。


「米使うのか」

「あるぞ」

「あるんだ」

「一部の地域だけだがな。ここは色んな物品が行き来しているからあるんだ」

「へぇ」

「せっかくだから買っていくか」


 クレイの知っているお店で買った。

 まさかのおむすびがあるとは思わなかった。

 ここにいる内にたくさん食べておこう。






 宿に着くなりクレイが言う。


「みんな、喜べ。なんとここの宿には広い風呂がある」


 聞き間違いかと思った。


「広い風呂」


 聞き間違いだと思っただろう俺の事を見ながら、クレイはもう一度言ってくれた。

 聞き間違いではなかった。


 そんなことで早速当館自慢の風呂へとやってきた。


 自慢の、と付けるだけはある。

 四方を目隠しされてはいるが、結構な広さがあり、目隠し自体も雅さを感じる設置のされ方をしていた。


「ふぃー、疲れたぁー」


 体を洗って湯船に浸かると、疲れが湯に溶け出すように体の力が抜けていく。


「何だかんだと歩き通しだったもんな」

「ですねぇ」


 キノコリアンに途中乗ったとはいえ、その前後は歩きだ。何ならその前の埋葬作業の疲れがまだ残っていた。

 特に足回りの疲労が凄すぎてダル重かったのだ。


「ディラって結構風呂好きだよな。浴びるほう、っつーか、浸かるほうの」


 クレイがそんなことを言う。


「そうかな、そうかも」


 確かにマーリンガンのところでもそうだけど、湯船だといつもよりもテンションが上がる気がする。

 でもそれはもう仕方がないだろう。

 なにせ日本人のアイデンティティーであるし、お湯を絞った布なんかじゃお風呂って感じがしないのだ。

 いくら魔法具で普通の人たちよりも使えるとはいえ、さすがに湯船を作ろうとは思わない。


 それに比べて、とクレイがジルハを見た。


 首まで湯船に浸かりきっている俺とは対照的に、ジルハは全身浸かるのははじめの内で、すぐに足湯だけにしていた。


「お前は本当にずっと浸かるのダメだなぁ」

「確かに。ジルハっていつもカラスの行水だよね。風呂嫌いなの?」


 ジルハは、う、という顔をする。


「別に嫌いという訳ではないのですが…、その、に、苦手ではあります…」

「苦手?別に水が苦手とかじゃないよね」

「いえ、これは獣人共通なのかはわかりませんが、すぐにのぼせるんですよ」


 そこでクレイが「ああ」と納得したような声を出す。


「確かに聞いたことがあるな。獣人は人間よりも熱を体から出しにくいって」

「そうなの?」

「みたいだぞ。なんでも人間よりも熱の発散がスムーズじゃないとか」

「ふーん。結構大変なんだね」


 まさかそんな違いがあるとは知らなかった。

 なにせ獣姿の獣人とは違い、ジルハは人間とは大差ないように見えたから。


「そうなんですよぉ。それで良くドルチェットにからかわれるんです」

「……あー、どんまい」


 見た目は人間にしか見えないけれど、そういう細かいところで種族の差を感じるのは、不思議な感じだ。








 つ、とノクターンが泡だらけのアスティベラードの背中を指先でなぞる。

 アスティベラードの背中に走る色の違う部分を見てノクターンは悲しそうに眉を下げた。


「スクアドさんの言う通り…、傷跡が残ってしまいましたね…」


 悲しげにノクターンがそういうが、アスティベラードは気にしていないどころか、誇らしげにしている。


「うむ!勲章だ!」

「……へ…?」


 アスティベラードの言葉にノクターンは困惑している。

 そうだろう。思ってもいなかった返答なのだから。


「く、くんしょう…、ですか…?」

「よく父上や兄上が言っておったではないか!誰かを守り抜いた時に付いた痕は勲章なのだと!」

「あの…その言葉は女性は対象外なのでは…」


 二人の会話に、先に湯船に浸かっていたドルチェットが入ってきた。


「へぇー、なかなか天晴れな親父と兄貴だったんだな」


 ドルチェットのその言葉に無言の時間が流れた。

 しばらくして、アスティベラードが言葉を絞り出した。


「…………、……まぁ、兄上は多少は尊敬できたな」

「嫌な間だな」


 おそらくそこまで仲が良くないのだろうとドルチェットは察した。

 そもそも男兄弟と女兄弟が仲が良いなんて、あまり見たことがない。少なくとも三人の周りでは存在していなかった。


「っても自分とこの糞よりかはマシなんかな…」


 ドルチェットの呟きに、体の泡を洗い流したアスティベラードが訊ねる。


「そういえばドルチェットは無理やりレベルリセットされたとか言っておったな」


 ドルチェットはむすっとした顔で「ああ」と肯定した。


「よっぽど兄上様方には煩わしい存在だったんだろうよ。

 女という存在も、女が剣を握るということも、ましてや──」


 ドルチェットの口許が意地悪げに弧を描く


「兄上様方に匹敵するどころか、追い抜く勢いで強くなっていったらな」

「しかしレッドジュエルと言えば有名な剣士の家系ではないか。なにか問題なのか?」

「女が、つーのが問題なんだよ。本人達は適当にからかって遊ぶ玩具に棒切れを渡しただけなんだろうが、実は玩具の方が才能があるなんて気に食わなかった。それだけだ。

 ……本来、レッドジュエルの女は嫁いで血で地位を確立するためだけの存在だからな」

「…………むぅ。どこの家でもそうなのだな」


 体を洗い終えたアスティベラードとノクターンが湯船に浸かりにきた。

 胸まで浸かる時にノクターンの胸が水に浮かぶのを眺めながら、なんとなくドルチェットは自分の胸を見下ろした。

 何が違うんだろうか。食べ物か。

 そんな考えが浮かんだがドルチェットはすぐさま思考を切り替えた。


「そんなことよりもアスティベラード」

「なんだ?」

「お前いつ告るんだ??」


 ぶっ!とアスティベラードが吹き出した。

 まだ湯に浸かって間もないというのに顔が赤く染まっている。


「な、なななな、何を言う!!」

「ド、ドルチェットさん…!」


 挙動不審のアスティベラードにドルチェットは冷静に言葉を紡いだ。


「お前の事だから、きっと今はその時じゃないと思っているだろうが、言っておくぞ」


 ドルチェットはいつになく真剣な顔をしていた。


「自分達がこの聖戦を乗り越えられるって保証はない。なんなら次の聖戦であっけなく殺られる事もあるだろう。お前だって、分かってないはずはないよな」

「…………、…………分かっておる」


 アスティベラードは空を見つめた。

 先の聖戦も、なんならその前の聖戦だってディラがいなければ死んでいた。

 聖戦の主は回を増すごとに強く、厄介になっている。

 今でこそなんとかなっているが、果たしてこれがいつまで持つのだろうか。


「実際、ディラがいたからなんとかなっている状態だ。自分達だって強くはなってはいるが、明らかに力不足だ」


 ぐ、とドルチェットが拳を握りしめる。


「途中で脱落するつもりは無いが、それなりの覚悟と、……悔いの無いようにしておけって話だ」


 ドルチェットの言葉をアスティベラードは噛み締める。


「…………うむ、そうだな…」


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