合体はロマンだって言わない?
一面の赤だった。
どろどろに溶けた赤が次第に固まって形を成した。
重いものは沈み、軽いものは飛んでいく。
残された殻には恵みが与えられ、動き出す。
ひとつの願いのために、目的のために。
風がごうごうと耳元で唸っている。
寒いはずだけど、キノコリアンの毛のような物が温かい空気を纏っていて寝心地が良かった。
微睡みからゆっくりと覚醒し、目を開いた。
空はまだ薄暗いけど、東の空が白んでいる。夜明けが近い。
二度寝する気分ではなく、素直に起きてアクビをすると、「おー、起きたか」と前方から声が掛けられた。
クレイだ。
「あれ?クレイ。早いね」
「そろそろ着く頃だからな」
ほら、とクレイが前方を指をさす。
「もうここらはケセドだ」
クレイが示した場所は白い霧のようなものが覆っていて良く見えない。
なんだろう、あれ。
「霧が出てるの?」
「霧じゃなく靄だな」
「もや?なんで?」
「理由は…、着いた時の楽しみにしておけ」
「……あっつー」
靄の正体は、地面から吹き出す水蒸気だった。
その水蒸気のせいで、まるで蒸されているかのように暑い。
この世界に来て初めてこんなに暑いと感じた。
マントと上着を脱ぎ捨てて半裸になりたい気分だ。
「地域まるごとがこんなだ。凄いだろ」
「凄いけどさぁー…」
暑すぎて、このままじゃバテる。
クレイ曰く、ケセドは全域が温泉地帯で、地下の水が地熱で熱せられて吹き出しているとか。
そのせいなのか、腐った卵みたいな匂いが充満していた。
たしか、硫黄の臭い、だったっけ?
「気を付けて降りろよ。あ、そこ熱いぞ」
クレイの指示に従う。
結構熱いものもあるから、出きる限り吹き出し処を避けなければ危険らしい。ドルチェットがめんどくさそうにしていた。
「めんどくさいところだなぁ」
「鼻がおかしくなりそうです…」
ジルハは言いながら襟で口から鼻を覆っていた。
顔色はまだ平気だけど、長く吸っているとしんどそうだ。
「噴出地から離れればこの匂いも無くなるから、それまで我慢してくれ」
クレイにそう言われ、ジルハは鞄から散々お世話になった口布を装着した。
この前からマジでジルハ可哀想。
とはいえどうにも出来ないんだろうな。
そう思いながらも俺も出来るだけ口で呼吸をしているけど。
アスティベラードとノクターンに手を貸し、全員降りたのを確認してから、辺りを見回した。
「ずいぶんと街から離れた場所に着地したね」
空から見えた街からはずいぶんと遠い。
「だからこれからは徒歩で行く。安心しろ、近くにおすすめの温泉街があるんだ」
「へぇー」
おそらく上空で示された街なんだろう。
「なんで詳しいの?」
「オレが元空賊だったの忘れたのか?風周りの関係で、帰路のひとつなんだよ。だからよく寄ってた。実際オレ達を送ってくれたブラック・ボーンだってケセド寄って来るとか言ってただろ?」
「…たしかに」
言っていた気がする。
脳裏によぎるブラック・ボーンのみんなの顔。
初めは邪険にされていたけど、最後は新入りみたいな扱いをされて可愛がられた。
ダッチさん元気かな。元気だろうな。
「それならキノコリアンのまま近くに着地しても良かったんじゃない?」
「それはダメなんだよ」
「なんで?」
「問題はキノコリアンだ」
「?」
意味がわからない。
するとクレイは早速説明をしてくれる。
「いいか?こんな巨大ドラゴンみたいなのが突然街の近くに出現してみろ。大パニックだ」
クレイに言われてキノコリアンを見上げ、言われてみれば確かにと納得した。
実際自分達もビビったのだった。
「ちなみにケセドの連中はドラゴンが来たら全力で対応するぞ。でかい砲台なんかも備えているしな」
「パニックのわりには好戦的すぎない?」
「飛竜が迷い込んでくるんだよ」
「え!?ここらに竜がいるの!??」
思わず大声を出してしまった。
「普通にいるよ」
「なんでそんなにテンションが高いんだお前」
そうか、ドルチェットは知らなかったか。
「実はみんなと旅をする前にドラゴン・ツアーとして募集を掛けようとしていたんだよ」
盛大にドルチェットとジルハに呆れ顔され、クレイには苦笑いされた。
アスティベラードとノクターンはどんな顔なんだそれ。
「まぁだそれ諦めてなかったのか。前にも言ったがな、そんな命知らずツアー、誰も集まらないと思うぜ」
「ええーっ!?そんなことないよー!!」
「だいたいドラゴンよりもヤバいもんとばっかり戦ってるだろうが」
「うむ」と、アスティベラードとノクターンが同意していた。
「ええー…」
そりゃそうだけど…。と俺は軽く落ち込む。
この世界では、ドラゴンは人気がないらしい。何故なんだ。ブリオンでは(素材関係で)大人気だったのに。
「で、離れたところに降りたはいいが、キノコリアンどうするんだよ」
改めてドルチェットがクレイに訊ねた。
「こんなにでかくちゃ、歩いて行ったとしても警戒されて入れてなんかくれないだろ」
「グラーイのように鞄に入れることも出来ないですもんね」
ドルチェットとジルハの言うとおり、明らかに爬竜馬と誤魔化すには無理がある。
ちなみに爬竜馬という、牛のようなトカゲの家畜化に成功したモンスターがいる。魔界で大人気なモンスターだ。
その時、「あの…」と、ノクターンがやってくる。
俺含め三人がノクターンを見ると、おずおずと話し始めた。
「飛んでいる最中、その事についてグラーイがひとつ提案があると言ってました」
「そうなの?」
ノクターンはスキルのお陰でグラーイの気持ちとかがわかるのは知っているけれど、まさか言葉もわかるとは思わなかった。
というか、いつの間に話し合ったんだ。
「なんだ?」とクレイが促す。
「キノコリアンさん、どうぞ」
ノクターンが言うと、キノコリアンがのそのそと俺の元にやってきた。
なんだろ?
キノコリアンがグラーイを収納している鞄を鼻でつつくと、グラーイが頭を出した。
え、自分の意思で鞄から出られるの?
「出してくれ…だそうです…」
「分かった」
ノクターンに言われたとおりに、グラーイを出して組み立てる。するとキノコリアンの元へ歩いていった。
いったい何だろうと見守っていると、突然キノコリアンの形が崩れてグラーイを取り込んだ。
「え!?え!!??ちょっ!!??」
喰われた!?
「吐き出して!!!吐き出して!!!」
突然の事に慌てて駆け寄るのを何故かロエテムが阻止した。
「なんだよ!!ロエテムはなせよ!!」
それでもロエテムは離さない。
「待ってください…、理由が分かりますから…」
「理由?」
グモグモと蠢きながらキノコリアンが小さくなっていき、遂には馬の形になった。
「……は?」
混乱が冷めないうちに、ブルルと実に馬らしく鼻を鳴らしながらやってきた。
やってきた馬は、一見すると普通の馬であった。
違うところといえば、蹄が蹄鉄を嵌め込んだ木製なのと、毛がないこと、あとは目が空洞なくらいだ。
ほんとう、それ以外は馬そのもので、すごく近づかないと“違うもの”と気が付かないくらいによく模造されていた。
「グラーイ───」
呼んでいる最中、首もとに下がるアクセサリーが目に入った。
「───キノコリアン???」
「どちらでもあり、どちらでもないそうです…」
「どういう意味?」
「彼らが言うには…、今の形に近いものが主人格になっている、と言ってます。なので今はグラーイが主人格…、…と言うことになりますね…」
相づちのように尻尾が振られる。
「じゃあキノコリアンに近い形を取ったらキノコリアンになるってこと?」
「みたいですね…」
なんでもありか。すげーなおい。
「とにかくこれで街に近付ける、ってことでいいんですかね?」
「質感なんかは、装備なんかでなんとかなるだろ。目が空洞なのは怖いが」
「ですね」
二人が気にする目は、あとでなんとかするとして、問題はまだある。
「ところでもう分解は出来ない感じ?」
どうなの?とグラーイに訊ねると、グニュンと関節付近が剥き出しになった。
結論から言って、普通に分解できました。
構造どうなってるの。