激おこノクターン
「ん?」と、ドルチェットが突然空を見上げた。
「どうしたの?」
「しっ!」
ドルチェットは耳に手を当てて何かを聞いているようだ。
真似をしてみたけれど、俺にはなにも聞こえない。
クレイと二人で静かにしていると、ドルチェットの表情が明るくなり、勢い良くこちらを向いた。
「アスティベラードが起きたらしい!ジルハが報せてきた!」
「本当か!」
「早く戻ろう!」
現場監督のウロに説明してすぐにグラーイを飛ばした。
慌てて駆けつけ扉を開けると、アスティベラードにノクターンが抱きついていた。
「先ほど目覚めた」
「うわっ!」
扉の柱に寄りかかっていたスクアドがニンジンジュースをフキストローで吸いながら言う。
「身体の状態は問題ない。横になりっぱなしで体力は低下しているだろうが…、今日一日安静にしておけば明日には動けるだろう」
そう説明するスクアドはやけに疲れている様に見えた。
もしやと思い渡した矢の束を探すけど見当たらない。
もしかして使ったことによる精神的疲労?
「あああ!!良かった…っ!良かった、アスティベラード…っ!!」
アスティベラードの手を握り締めながら泣きじゃくるノクターンだったけど、すぐさま涙をぬぐい、キッとアスティベラードを睨み付けた。
珍しくアスティベラードがノクターンに対してびくりと身を強張らせた。そして始まる説教。いつもの弱々しい姿は何処へ言ったのかと思うほど、長い長い説教だった。
ノクターンの説教をBGMに、俺もホッとして体の力が抜けた。
スクアドには大丈夫と言われていたけど、実際目が覚めるまではずっと緊張状態だったらしい。
アスティベラードがこちらに気が付いて、何か言おうとしたがずっと寝ていたから掠れて声がでないらしい。
水差しはノクターンの側にある。きっと怒りが落ち着けば気付いて水を飲ませてくれるだろう。
それに、アスティベラードがなんだか眠そうにしていた。
そのまま寝そうだ。
「お前達、とりあえず風呂に入ってこい」
スクアドが俺達の姿を上から下へと流し見て癒そうな顔をする。
「どろどろで汚い」
スクアドの言う通り、俺達三人は誇りや灰で汚れているために入室厳禁である。
現に、絶対にそこから一歩でも踏み入れなという視線の圧を感じる。
「まだ朦朧としているから寝るだろう。彼女が目が覚めたら呼んでやるから」
「それではよろしくお願いいたします」
それもそうだとクレイが頭を下げ、俺達は恒例の風呂タイムにすることにした。
皆汚れを落として乾かしている最中、トクルがやってきて、俺の頭に留まった。
それを見てクレイが言う。
「これはアレか、目が覚めたってことか」
「たぶん」
ケイケーイとトクルが得意気に鳴くから、きっとそうなんだろう。
クレイの予想通りアスティベラードは目覚めていた。
今はノクターン助けを借りて水を飲んでいる。
幸いノクターンの激おこタイムも終わっており、いつもの穏やかな雰囲気に戻っている。
普段おとなしい分、怖かったから良かった。
スクアドがアスティベラードを検診する。
表情は明るい。
「うん。すっかり呪も抜けた。もう魔法具を使っても弾かれることは無かったから、しばらくはこれで治療だな。ただ──」
と、スクアドが言葉を濁した。
「やはり傷跡は残ってしまった。時間経過と共に薄くはなるが、消えはしないだろう」
スクアドの言う通り、アスティベラードの背中には浅黒い傷痕が残ってしまった。
胸の奥がチクリと痛い。
クロイノがアスティベラードの影から現れて心配そうにすり寄る。
「クロイノ!!良かった、姿が見えないから心配していたよ。なんか小さいけど」
普段よりとてもとても小さいクロイノになっていた。
手のり猫とか、カップに入りそうな程に小さい。新記録だ。
なんでこんなに小さいんだろう。
アスティベラードが弱っているからか?
「こやつは、私と違ってアレを直接受けてしまったからな。消えないでくれて良かった…」
クロイノをアスティベラードが優しく撫でる。それをクロイノは嬉しそうに甘受していた。
視線はクロイノの方へと向けたまま、アスティベラードは隣のノクターンへと声を掛けた。
「心配を掛けた。すまなかったな、ノクターン」
ようやく泣き止んだのに、またしてもノクターンの目にジワリと涙が浮かぶ。
「本当ですよ…っ!!もうっ、二度とこんなことしないで下さい…っ!!」
その反対側からドルチェットとジルハも声を上げた。
「本当だよ!死んだと思ったろ!!」
ジルハは全力で首を縦に振っている。次いでクレイ。
「今度はオレがやるから。……今回は出来なかったけど…」
言っている途中でシールダー失格だと落ち込み始めた。後で慰めないと。
それぞれ声を掛け、俺も声を掛けようとしたけど、何を言えば良いのかわからない。感情もぐちゃぐちゃ。礼を言うのも、何か違う気がする。
そんな空気を読み取ったらしいアスティベラードが、みんなに向かってこう言った。
「すまぬが、みんな席を空けてくれ。ディラと二人で話をしたい」
「!」
みんなも何かを察したらしく、じゃあまた後でな、と、部屋を出ていく。最後にノクターンも果物を切って皿に盛り付けた後、部屋を出た。