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馬に挟まれている夢を見た


 夜の色が薄くなり、東の空が黒から紺色へと変わっていた。

 魔力はほぼ空になっている。辛うじて気力だけで動けるだけ残ってはいる、という感じだ。

 空気の入れ換えの為に開け放たれた窓から外を呆然と眺めながら呟いた。


「…………よかった。なんとかなって…」


 隣で寝息を立てて眠るアスティベラードとノクターンがお互いに強く手を握り締めていた。

 ギリギリだったけど、アスティベラードは助かった。

 後は意識が戻るのを待つのみである。

 疲れたぁと思いながらボーッとしていると、手術道具を処理するために部屋から出ていたウロとスクアドの二人のうち、スクアドだけが戻ってきた。

 全身血塗れだった術衣のようなものから着替えていたスクアドは、俺を見るなり笑顔を向けられた。

 徹夜だったのに元気なことだ。


「やぁ!お互いお疲れさま!ニンジンゴでも食べるかい?」

「食べます…」


 スクアドからニンジンゴなるものを手渡された。見た目は真っ赤なアメリカンチェリーな果実だ。

 それを食べる。

 このニンジンゴ、ケンタウロス達曰く魔力を回復できる実らしく、実際にこれを噛むだけでも魔力が少しだけ戻ってくる感覚がした。手術中、定期的に渡されたこれに助けられた。

 普段はスキルばっかり多様しているものだから、こんなにも魔力がない状態は初めてだ。

 死ぬほどしんどい。


 無心でニンジンゴを齧る俺の隣で、朝食前の間食でスクアドがニンジンのスムージーを飲みながら、俺の回復の矢を眺めていた。


「……本当に、ありがとうございました」


 この人がいなかったらどうなっていたことか。

 何度もアスティベラードは危険な状態になっていたが、それら全てを“なんとかしてくれた”のはこの人だ。


「礼なんかいい。やることをやっただけだ。それにてもこれ、良いな。これ一つで怪我が治るのか。魔法とやらもなかなかだが、これ一つで治るなら俺達が用無しになっちまうな」

「……今回は全然役に立ちませんでしたけどね…」


 俺の弱音にスクアドは何ともないように答えた。


「いつだって相性の問題だ。今回は“呪い”のせいで俺達でしか対処が出来なかった。それだけだ」


 ほれ、とスクアドが矢を差し出し、受け取った。

 昨晩生成した矢だけど、まさかこんな長く残っているとは思わなかった。

 いつもはすぐに使用して消えるから変な感じだ。


「彼女はもう大丈夫だ。とはいえ、しばらく安静だが」

「………」


 手に持った血だらけの魔法具を握り締める。


「……そういえばクレイ…、仲間の危険だった方は大丈夫なんでしょうか?」

「緑髪のか。彼も確かに内部損傷と魔力欠乏とは違うショック症状を起こしてはいたが、犬の匂いの人間がいたろ?あいつがなにかやったようだが、とりあえずはショック症状が収まっていた。俺たちは鎮静薬と内部の負傷をなんとかする薬を飲ませただけだ」

「…そうですか」


 思えば呪いを全部引き受けたんだ。

 無傷ではいられないくらい予想がついていただろうに、クレイだから大丈夫と思ってしまった。


 ニンジンスムージーを飲みきったスクアドがさてと、と欠伸をした。


「俺は彼女の容態を診るためにここに残るが、君は休みなさい。魔力も相当使ってしんどいだろう。寝床はサイに用意させている。後で魔力を回復させるのに良いものを届けさせるから」


 スクアドのポンポンと飛び出す言葉に頭が着いていかない。疲れてるな。

 それにスクアドは気が付いたらしく、少しだけ言葉を切った後に短く言った。


「また大量の魔力を流す必要があるからまずは寝なさい」

「……はい…」


 これだけはちゃんと聞き取れた。

 大事なことなので二度言ってくれるの助かる。


 熟睡しているノクターンは今動かすのは可哀想なので、スクアドが肩に上着を掛けてやっていた。


「二人をお願いします…」

「ああ」


 言葉に甘えて少し休ませて貰おう。

 そう思いながら部屋から出ると、先に出ていたウロが着替えて待っていた。


「ふらつくだろうから、部屋まで案内しよう」


 ウロの後に着いていく。

 フラフラの俺に気遣ってか、歩く速度はすごく遅い。

 クレイもアスティベラードも大丈夫かなと考えながら歩いていると、ウロがこちらを見て静かに言った。


「…気持ちは分かるが、まずは君が回復しなければ。すりおろしたジャガイモを用意しておこう」


 ……なんでジャガイモ。

 そう思いはしたけど、突っ込みをする気力がなかった。


「にしても誰だ、あんな呪掛けるなんて」


 ウロの言葉には少し怒りが混ざっていた。


「この矢があれば大体の怪我は治ってたのに、なんで今回は出来なかったんだろう…」


 未だに具現化している矢を眺めながらいうと、ウロは忌々しそうに答えた。


「それもこれも、掛けられた呪のせいだ」

「呪って、なんなんですか?」

「彼女に掛けられていた呪は魔法関係の力を阻害するものだった。もしここにスクアドが居なければ、あの人間は助からず、出血多量で死んでいただろう」


 血の気が引いた。と、同時に凄まじい怒りが沸いてくる。


「昔流行った呪いで、今は禁止…というか材料を手に入れるのも大変だから廃れてきた呪いだがな。ともあれ、あの呪は3日程しか効果がない。3日も治療の手立てがなければ出血多量か、膿んで死ぬから」

「確かに…、貴方達が居なかったら俺達ではどうしようもなかったです…」

「とにかく、3日経てばそれをあてがってやると良い、すぐに動けるようになるだろう。スクアド曰く、医者要らずの矢、なんだろ?」


 そこまで言われて、ようやく矢を握り締める力が解けた。


「その前に、君もゆっくりと寝なさい。他の仲間も、渋っていたが簀巻きにしてちゃんと寝かし付けておいたから安心すると良い」


 簀巻きにされた皆を想像した。全然安心できない図なのは俺の気のせいなんだろうか。

 そこでウロの姿にハッとした。

 この人ずっと何抱えているのかと思ったら簀巻きにするためのムシロか!ここで拒否したら俺も簀巻きにされるのか!

 ウロにビビりながら着いていくと、前方を指差す。


「汚れ物はか入り口の籠へ、水の桶もある。一応毛布を用意したが、ここらは朝方が特に冷えていてな。今は疲れて気が付いていないだろうが、横になっていると冷えてくる。毛布の上からこれを掛けた方が良い」


 と、ムシロを渡された。

 良かった。簀巻き用のじゃなかったとホッとした。


「お休み、日が昇るまでそんなに時間はないが…。横になるだけでも大分変わる」


 ウロが去っていく。

 彼も疲れているだろうに、何から何まで世話になりっぱなしだ。


 ウロ言われた通り、入り口の籠の中に上着を入れると、そのすぐ横に着替えらしきものが入っていた。

 広げるとすごく大きくて、完全にワンピース並みだった。

 けど、着替えた方が良いのは明白なので着替えた。

 普通にワンピースになった。

 心のなかで“これは着られる毛布”だと思い込むことにした。毛布じゃないけど。


「うーん…」


 殺菌消毒はしたとはいえ、血糊までは落とせてない。

 むしろ今この桶で洗った方が良いんじゃないかとも思ったが、備え付けの桶は小さい。

 とてもじゃないけど、洗うのには不向きなサイズだった。


「……」


 何か無かったかと鞄をまさぐる。

 何かの容器を見つけて引っ張り出すと、ラベルにはデカデカとマーリンガン特性血糊落とし剤と書かれていた。

 疲れていたので無言でキャップを外して衣類に掛けた。

 後ろの説明書によると水で普通に落ちるらしいからこんなもんで良いだろう。







「お?」


 暗がりのなかにムシロの山がポツポツ。簀巻きではないが、みんなくるまって寝息を立てていた。

 小屋のなかの匂いが自然と落ち着く。

 一応クレイの様子を伺うと普通に寝ているだけだった。


 安心したからか強烈な睡魔が襲ってきた。

 俺用にと空いている寝床と置かれている毛布を見付けると、そこに寝転がって毛布とムシロを被った。

 めっちゃ暖かいな、ムシロ。



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