俺様とイエスマン
カッコつける男の後ろでアドラファレルを潰した巨大な鉄槍が地面にめり込んでいる。
先程からの光景だけを切り取って見てみれば、どっかの特撮映画見ている気分だった。
もしくはゲーム紹介のムービー。
「お?」
ぐぐっとクロイノの尻尾が動いて、すっかり水が引いたので地面に下ろされるらしい。
地面といっても俺の氷はさっきのお湯でも溶けずに残っているので、正確には氷の上に下ろされたのだが。
ばしゃりと音を立てて立つと、あちこちで湯気みたいなのが立ち上っている。
水は冷やされて氷水になっているはずなのになんでだろう。
それはさておきと、同じようにクロイノに救助されていたはずの二人を探すとすぐに見つけた。
「二人とも大丈夫??」
声をかけながら俺と同じく下ろされたドルチェット達と合流すると、向こうもこちらに気付いて、「おー」と返事をしてきた。
改めて見てみるとみんな揃ってびしょ濡れ。だけど、そんなことはどうでもいいという風に、長い髪を絞ることもせずに男を凝視しているドルチェットが、男から目を話さずに話し掛けてきた。
「おい、誰なんだあれ」
「さぁ、誰なんだろう」
ドルチェットの問い掛けに肩をすくめながら答えた。
なにせ俺も知らないのだ。
だけど一つだけ分かっていることがある。
「でもここに参加しているし、ボスの事知ってるって事は……」
こいつが俺と功太以外の勇者、という事なのだろう。
功太なら知っているかと思って功太に視線を向けると、功太は男を見ながらも黙っていた。
しかも表情からして知らない訳ではない感じだ。むしろ嫌がっている。
「ん?」
赤髪の男は今気が付いたようにこちらを見て盛大に鼻で笑った。
「はっ!オイオイ面白い光景だな。飼い犬勇者に極悪勇者とは、変な組み合わせじゃねーか」
あからさまに見下した態度でこちらを煽ってくるが、残念ながら盗賊団で働かされていた時にこれの数倍は酷かったので何とも思わない。
一月そこらでこの境地だから、盗賊団生活も役に立ってるんだなとしみじみした。
だからといって二度と働かないけどね!
そんなことはさておき、男の発言に気になる言葉があったけど、ひとまずはこれを訊ねないといけない。
「どちら様ですか?」
向こうは一方的にこっちを知っているらしいが、残念ながら俺は目の前の男を存じ上げない。辛うじて“ディスク”という単語が名前の中に入っているくらいしか知らない。
俺がそう問えば、男は一瞬キョトンとしたあと腹を抱えて大爆笑をした。
「そうか、俺様を知らねェか。とんだ貧乏人…、いや、世間知らずだなァ!」
余計なお世話である。
一通り笑い終えた男が改めてこちらに向き直る。
「………まぁいいだろう。俺様はオルト・ジャッジ・ディスクだ、そっちのお前は俺様を知ってんだろ?」
「……」
振られた功太だけど、やはり心底めんどくさい嫌な奴が来たみたいな顔をしていた。
学校のハゲ鷹先生が教壇に立って長話を始めた時に良くやっていた顔。つまり、目の前のこいつはあんまり関わらない方が良い人物なのは間違いなさそうだ。
そんな俺達の様子には目もくれずに男、オルトは辺りを見渡しながら更に煽ってきた。
「いやぁー、しかし聖戦ってのも大したこと無いなぁー!!これは俺様一人でもいけたんじゃないか?」
「左様でございますね」
魔術師がイエスマンに徹している。
どこの世界にも居るんだな、イエスマン。
『今までこそこそと隠れて参加もしなかった癖によく回る口だな』
いつの間にか姿を現したクリフォトが、珍しく冷めた口調で言い返している。
そんなクリフォトにオルトはバカにしたような表情を浮かべて言い返した。
「言い方がよくないな。偵察をしていたんだ。頭の回る奴はまずこれから取りかかる仕事を研究しなくちゃいけないんでな」
『ふふ、てっきり怖じ気づいていたのかと思ってたわ、お坊っちゃん?』
バチバチとしたものが二人の間に走っている気がする。
おお、怖い怖い。と遠巻きにそれを眺めつつ、俺は功太の側に寄って小声で訊ねた。
「…ねぇ、まじで誰?」
完全に置いてきぼりな俺は、何か知っているらしき功太に説明を求めると、功太は嫌々ながらも小声でオルトの説明をしてくれた。
「……人間界で最大の権力を持つ名家の嫡男だ。何考えているのか分からないし、国王から警戒しろと言い付けられていたんだけど」
功太の視線がオルトへ向けられた。
「まさか勇者の1人になっていたなんて…」
「ふーん…」
本当に俺達と同じ“勇者”なのか。なら彼が持っているあのハンマーになったりするあの杖が神具という事になる。
「とすると、不明なのは残り一人かぁ」
その一人も姿は見せないけど、近くにいるのかな。
そう思い見渡してみたけど、それらしい気配は見当たらない。けど、そういった“スキル”も無くはないから、気配は無いけど見ている可能性は十分にある。現にラピスもそのスキルを使って助けてくれたし。
風景が霞み始めた。そろそろ終わる頃なんだろう。
「……、あ!!そうだクレイ!!」
クレイは大丈夫なんだろうか。
最後に見たときには結構限界そうだった。
一応ノクターンが側にいたから大丈夫だと思うけど心配だ。
「ドルチェット、クレイの所に───、あれいない!?」
いつの間にかドルチェットがいなくなっていた。
探すとドルチェットはとっくのとうに皆と合流していた。
早速クレイ達の元へと行こうとして、慌てて功太へと向き直る。
「功太、とりあえず功太の仲間達にさ言ってて欲しいんだけど」
「……?」
「みんなの能力が凄くて凄く助かったって。ありがとうって伝えてくれる?」
そう言えば、功太は驚いたような顔をした後、微笑んだ。
「わかった。ちゃんと言っておくよ。そっちの仲間にもお礼言っておいて欲しい。特に銀髪のドルチェットは心強かったって」
「オーケー、言っとくね!それじゃまた!」
「またな」
言いたいことも言えてスッキリしたし皆のもとへと戻ろうと再び踵を返して少し駆け出した時だった。
「ディラ!!!」
アスティベラードが切羽詰まったように叫ぶ声が聞こえた。
体が押し退けられ、なんだと後ろを見れば、いつの間にか後ろにいたアスティベラードが俺を庇う様に鎌を手にしたオルトとの間に割り込んでいて──
「なっ!?」
次の瞬間、アスティベラードの体から赤が飛び散った。