成金無双
迫ってきていた太陽がその声を合図にしたかのように黄金に輝き、破裂した。
「一体何が起こったんだ…?」
そんな疑問をよそに、破裂した破片は黄金に煌めきながら消えていく。
黄金の光が収縮した後に残ったのは、一回り小さくなった太陽だった。どうやら破裂したのは半分らしい。
それでも十分でかいけれど、さっきのものよりはなんとかなりそうな程にはなった。
攻撃体制に入ろうとしたとき、再び声が聞こえてくる。
しかも今度は近い。
「ふん、さすがにオーバーフローか。まぁ仕方ない」
声の方向に視線を向けると、見たこともない男がやって来ていた。
赤髪の男だった。
ガッチリとした体躯で、着ている服はどう見ても一般人の物とは思えない上質のもの、金の装飾があらゆる所にある。
いや、服だけじゃない。
身に付けているアクセサリー類も金ばかりで、いかにも成金を形にしたような男だった。
そんな男が巨大なハンマーのようなものを担いで上空の太陽を見上げた。
男が誰かに語り掛ける。
「魔術師よ、あれの中に岩はあるか?」
闇の中から魔術師と呼ばれた人が現れた。
黒いフード付きマントで体を覆っている上に、仮面のようなものまで付けているので男なのか女なのかも分からない。
魔術師は男の側で杖を掲げた。
よく見ると杖の穴を虫眼鏡のようにして太陽を覗いているようだ。
使い方が斬新だけど、もしかしてただの杖ではなく魔法具の類いなのか。
杖を下ろした魔術師が男の問い掛けに答えた。
「熱だけでございますね。混ざりものは無いようございます」
女のような声だけど、マスクでくぐもっていて聞き取りにくい。
男は魔術師の答えに満足し、口に笑みを浮かべた。
「そうか。では下がっていろ」
「はいでございます」
魔術師が男の後方へと下がる。
男がハンマーを担いだまま、太陽を凝視した。
「“査定”……。ふん、まぁまぁか」
呪文ではない。なんだろうスキルとかなんだろうか。
査定とか言っていたな。もしや鑑定眼のスキルとか。
でも、あの太陽を鑑定したところで一体何をする気だ?
「天秤よ、仕事だ」
男がそう言えば、ウウン……と、男の担いだハンマーが光を帯びる。
男がハンマーをゆっくりと回して構えの姿勢を取ると、太陽に向かって狙いを定めた。
「“空間指定”」
とたんに男の前方に虫眼鏡と秤が複合したような模様が現れた。
「『返還』だ。川よ姿を現せ」
男がハンマーを振るう。そのハンマーが模様に叩き付けられた瞬間、太陽の真上から大量の水が噴き出した。
男の言う通り、まるで川そのものを繋げたのかと疑いたくなるほどの水量に太陽があっという間に飲み込まれて大量の水蒸気を撒き散らしながら消滅した。
しかし水は勢いも量も消えることも弱まる気配もない。
太陽を飲み込んでお湯になった大量の水が重力に従って迫ってくる。
「うわあああ!!?」
そう、つまりはその真下にいた俺達に向かって落ちてきた。
水が沸いて出てきたのが、ちょうど俺の立っている場所からは太陽が死角になっていて見えにくなっていたから気付くのが遅れてしまった。
予想外すぎる展開に逃げるのが遅れてしまい、あっという間に水に呑まれた。
「がぼぼぼぼぼ」
お風呂には適温な水に揉まれて流される。
泳ぐどころじゃない。
エクスカリバーを手放さないようにするだけで精一杯だ。
どっちが上なのか下なのかも分からなくなりながらも必死でエクスカリバーを抱え込んでいると、胴体に何か帯状のものが巻き付いて引っ張り上げられた。
我慢していた息を思い切り吸い込んだ。
「ぶっはぁ!はぁーっ!死ぬかと思った!」
脳裏にこの世界でがちで溺れたあの川を思い出した。
といってもすぐに頭打って気絶したけど。
一体何が巻き付いているのかと思ったら、クロイノの尻尾だった。
よく流されないなとクロイノを見てみると、足元だけ影化の能力を活かして洪水を無力化してるみたいだった。
器用すぎる。
近くにいた二人は大丈夫なのかと見渡すと、功太やドルチェットも回収済みで俺と同じく尻尾に干されていた。
咳き込んでいたけど怪我はないようでよかった。
そこでこの洪水の元凶である奴は大丈夫なのかと見てみると、男は水の中に飛び出した岩の上にいた。
男の後ろには魔術師もちゃんと控えている。
あんなところに岩があった記憶は無いんだけど、なんであるんだろうか。これも何かの魔法かスキルとかか?
突然、悲鳴が響き渡った。
アドラファレルの悲鳴だ。
太陽の真下にいたアドラファレルにあの大量の水が余すことなく降り注いで、しかもかなりの量だからか水圧のせいで動くことも避けることも出来ずに直撃を受けてしまっていた。
ご自慢の呪いも水圧のせいで残機諸々固められたみたいで役立たずになっていた。
まさかこんな力業で無効化するとは思わなかった。
そうこうしている内に徐々に水の勢いが弱くなってきて、水位も下がってきた。
「そろそろ頃合いか」と言いながら、男は持っているハンマーを今度は立っている岩に叩き付けた。
「『返還』だ。岩よ、姿を現せ」
男の立っている岩が前方に伸びていき、アドラファレルの元へと橋を架けた。
そこを男が歩いていく。
その頃になると水はおさまってきて、水位も足首ほどになっていた。
体が大量の水にて完全に固まって、とうとう悲鳴すら上げられなくなったアドラファレルの目の前に男がやってきた。
すっかり黒い岩の塊と化したアドラファレルを見て、男が鼻で嗤う。
「これが聖戦の主か。思ったよりも醜いな!」
「左様でございますね」
「とはいえ主なのは変わるまい。こちらも金が掛かっているからな。せっかくの機会だ、試してみるか」
ハンマーの姿が崩れて背丈程の杖へと変わっていく。
本来飾りがつけられる場所には天秤が備え付けられていた。
いや、違うな。あれは天秤自体が変形して杖のようになっているんだ。
その杖を振りかざし、杖の先端部分をアドラファレルのアドラファレルの胴体へとぶつけた。
「『換金』だ。姿を変えよ」
ギ、とアドラファレルが歪に光り、爆発音のようなものを立てて大きくひび割れて白く変色した。
その変化に男が眉をひそめた。
「ん?こいつは無理なのか。なんだつまらん。金を無駄にした」
本当につまらなさそうにする男の横から魔術師が指差し囁いた。
示したのは俺が剥き出しにした血のように赤い宝石のような核だ。
「ディスク様、この空洞にある宝石が核でございます」
その宝石を男が見て溜め息を吐いた。
「これか…。きっと高値が付くだろうに、これを破壊せねば終わらんとは、嘆かわしいな。仕方ないか」
ディスク様と呼ばれた男が天秤杖を担ぎ、「“空間指定”」と唱えると、あの紋様が浮かんだ。
「『返還』だ。鉄塊よ姿を現せ」
男が紋様を天秤杖で突くと、男の上空に見たことのある鉄の塊が出現した。
なんだか既視感があると思って辺りを見回すと、先程まで俺達を囲んでいた鉄の人形の山が一つ無くなっている。
もしかしてアイツの能力は瞬間移動とかの可能性が出てきた。
これで終わりかと思いきや、男は更に言葉を続けた。
「次いで『対価』だ。槍となって対象を破壊せよ」
再び杖を地面に打ち付けると。
上空の鉄の塊が音を立てて細長く変形していく。
一体何なんだあれはと俺は見上げるしかない。
そんな中、ディスクが動けなくなっているアドラファレルを背に歩いて距離を取っていた。
鉄の塊が巨大な槍のような形状に定まって動きが止まると、重力に従って落下していく。
「金にならんモノに用はない」
男が言い終えると同時に、アドラファレルが巨大な槍の切っ先に押し潰された。
同時に核の反応が消えたのだった。