クレイがチキンレースを仕掛けてきた
「ッッ!!!!?」
邪見かと一瞬身構えたけど、辺りには必要になる赤い目はない。
一体何をする気だと思ったその瞬間、アドラファレルの目の前に赤い点が出現した。
それはどんどんと肥大していく。
きん、と、甲高い音を発した瞬間に赤い玉は青い線となって地面を穿った。
次の瞬間、地面が大爆発を起こした。
「ドルチェット!!」
ジルハの声が響く。
アドラファレルの近くにいたドルチェットが吹っ飛ばされたのだ。
助けないとと思う間に、アドラファレルを中心に熱い水蒸気が発生し、視界が真っ白に変わる。
水蒸気が喉を焼き、噎せる。
視界が鮮明になってくるにつれて、俺は驚いた。
「嘘だろ…」
アドラファレルの足元に向けられたビームが撃ち込まれた氷が一瞬にして溶解したのかポッカリと穴が開き、さらに剥き出しになった地面が熱で溶けていく光景だった。
その熱は周囲に伝播し、氷に接触するや爆発して熱波とよんで差し支えないほどの熱い水蒸気を発生させた。
「うおおおおあああ!!!?」
落下してきたドルチェットをクロイノが受け止める。
「びっ…くりしたぁ…」
「怪我はないか?」
「大丈夫…」
アスティベラードがクロイノに埋まったドルチェットを助け上げているのを確認してホッと息を吐いた。
よかった。怪我はないようだ。
それにしても、あれがドルチェットに直撃していなくて良かった。
今アドラファレルから放たれているビームは羽からのビームなんかよりも温度や密度が濃いのが分かる。
だってビームが青い。
確か温度が上がるにつれて赤から青に変わるはずだ。
「まずいぞあれ…」
クレイが溢す。
無理もない。ビームが当たった地面の氷が一瞬にして溶けて砕けながら水蒸気を撒き散らせて蒸発しているのだ。
アイスエイジの氷を一瞬で溶かす程のビームって何度だよ。
ブリオンでもそうそう見掛けないぞ。
剥き出しになった地面はビームで完全に溶かされて赤いマグマの池と化していた。
最悪の自体だ。
「!」
ハラハラと空から白いものが舞い落ちてくる。
それも少しずつ数を増やしており、一瞬雪なのかと思ってしまった。
それが間違って吸ってしまい、激しく咳き込んだ。
違う、これ灰だ!
しかしそれは俺だけじゃなかったらしく、皆も同様に咳き込んでいた。
慌てて吸わないようにするが、灰は小さくなっていき、見て確認するのも容易じゃない。
少し呼吸すると吸ってしまい、それが喉に張り付いて咳になる。
心なしか呼吸もすこし苦しい気がする。
灰のせいなのか、喉が焼けて痛いせいなのかわからないけど
「……、しまったなぁ…」
油断していた。もう手も足も出せないと思い込んでいた。
俺のミスだ。
そうしている内にアドラファレルが真下の溶岩に浸かる。
ジュワジュワと音を立てて硬化が溶けていくかと思われたが、意外にも硬化はそのままで、溶岩がアドラファレルへと這い上がって形を形成していく。
手足は元に戻っていないけど、それなりに見れる形には戻ってしまった。
「ちっ、リセットかよ」
ドルチェットが悪態を付いた。
真っ赤なアドラファレルの顔に裂け目ができ、満面の笑みを浮かべた。
次の瞬間、足元の溶岩から雫が飛び上がった。
「やばい!呪いの元が!!」
形成された赤い目玉が一斉にこちらに視線を向けた。
数は今まで見たなかで一番多い。パッと見だけでも20個はあり、俺達全員呪いを掛けても余りがある。
アドラファレルの限界まで開かれた空洞の目が俺達を見据えた。
その黒の中には核は見えない。
アドラファレルの口が嬉しげに弧を描き、ゆっくりと開く。
「水をやろう」
「させるかぁぁ!!!」
クレイがアドラファレルの前に飛び出し、今度は違う形状の盾を出現させた。
「───ッ! ……?」
警戒していた痛みも衝撃も来ない。
アドラファレル周辺の目玉はちゃんと砕けているから呪いは発動している筈だけど、何故なんともないんだ。
ポタタと、微かな音を耳が拾い上げてそちらに目を向ける。
「ぐっ、ううーっっ!」
クレイの鼻から血が流れ出していた。
「クレイ!?」
「おい!お前大丈夫か!?」
「クレイさん!?」
焦る俺達をクレイは手で落ち着くように合図する。
功太も狼狽えているところを見るに、俺達と同じような感じなんだろう。
「はっ…、大丈夫だ」
クレイが腕で血を拭う。しかし視線はアドラファレルに向けられたままで、盾もずっと向けられている。
「奴の呪いの標準をオレに向けさせた…。皆は呪いを気にしないで戦ってくれ!」
なんだそれ。そんなのクレイの負担がヤバイんじゃないのか。
「いや、でもなんかお前やばそう──」
「いいから早くやれ!!!」
「はい!!!」
クレイの圧に負けた俺はアドラファレルに目を向け、功太を見やる。
「やるか」
「やるしかない!」
地面は溶岩が姿を見せているが、幸運なことにアイスエイジの氷のせいでこれ以上広がってはいかないらしい。
だけど、呪いが復活してしまい、それを一手に引き受けるクレイを考えればチマチマと削っていればどうなるかわからない。
アドラファレルもまだ体が安定していないように見える。
一部分が急にドロッと溶けたりよれたりと、力ずくで溶岩でなんとか見た目を良くしているけれど、本体はあの黒ずんだままの可能性がある。
あの青いビームが怖いけど、やるしかない。
「おい!!!今回は自分も攻撃側に回るぞ!!時間がないんだろ!?」
とドルチェットが言いながらクレイを指差す。
あの呪いを気にせずに戦えるのはありがたいけど、クレイの体が心配だ。呪いを引き受けるって、本当に大丈夫なのか?
いや、今やることは心配することじゃない。
一刻も早くこいつを倒すことだ。
「うん、お願い。多分あいつは見た目だけ誤魔化しているだけで、本体自体は治ってない。あいつだってきっと焦っているはずだ。
……だから、ここからは力の限りあいつをボコ殴る!」
そうこうしている間にもアドラファレルは呪いを発動しているらしく、目玉が更に2つ砕けて消えていた。
数が減るのは嬉しかったけど、全て減ったところで奴の足元にある熔岩ですぐに補填されてしまうだろう。
それにクレイが心配だ。
一応ノクターンがクレイに何かの魔法を掛けているけど、あの痛みは蓄積しているはずだ。
麻酔の魔法はあるけど、あれは“痛みの原因がある場合”のみ有効と聞いたから、おそらく耐久値を上げる系とか。
どっちにしても急がないと。
「アリマ!」
「は、はい!」
功太に呼ばれたアリマがドルチェットに杖を掲げる。
自分自身にスキルで属性変更はよくやるけど、他人に属性変更をしてもらうのは始めて見る。
アリマがスキルにしては珍しく呪文のようなものを唱え始めた。
「汝の波よ、水よ、熱よ、形を与える。満たして巡れ!」
アリマの杖に嵌められた玉が青く染まる。
「“水”!!」
その光がドルチェットへと飛んで消えた。
初めて見た。他人からの属性付与。
これでドルチェットの適正属性、所有属性攻撃が変更になったんだろう。
「よし!いくぞ!!」
俺の合図と共に功太とドルチェットがアドラファレルへと駆け出した。