クレイの盾の安堵感
溶岩属性。
ブリオンでの属性と同じであるならば、分かりやすい。
燃えてはいるけれど、あれは火属性と土属性の中間に当たる属性だ。
火属性は“実体を持たない”熱の塊にあるのに対して、溶岩属性は“実体を伴う”熱の塊だ。
故に火属性には水や氷なんかの熱を奪う、もしくは放出させる攻撃を加えると、弱体化や無力化が可能になる。
熱自体がメインだからだ。
実体がないから、ダイレクトに攻撃が通る。
しかし溶岩属性はそうではない。
溶岩属性のメインは“熱された物体”だ。
熱を奪ったとしても物体は残り、しかもその物体を盾にして内側はノーダメージという場合が多い。
そして溶岩属性には更に厄介な性質を備えているものが多い。
その内の一つが、“核から溶岩が湧き出してくる”性質だ。
火山だかなんだかを参考にしたのか知らないけど、溶岩属性は核があるかぎり、そこから新しい溶岩が補填されていくのだ。
だから冷気で冷やしても、内側はずっと熱いし、なんならその熱で元に戻ってしまうのだ。
なら水ならどうなのか?
水の性質は熱の拡散だ。
熱された物体から熱を奪うのは同じであるが、水自体の圧力で物体自体を固定する。
しかも物体に浸透し、冷気よりも深く染み込んで固める。
すると溶岩属性のモンスターは動きが止まる。
そして、硬化している箇所なら破壊が可能になる。
「…………」
改めてアドラファレルを見ると、ルカとジルハによって破壊された箇所の再生が上手くいっていないようだ。
硬化しているところは黒ずんで抉られたままで、それ以外は再生が始まってはいるが、最初のような再生速度はなく、ゆっくりとしたものだ。
おそらく温度が低いから動きが鈍いのだろう。
俺のアイスエイジも何かしら影響を受けてくれていると良いんだけど……。
「ディラさん、先に治療します」
「ありがとうノクターン」
アドラファレルの攻撃によって地面に打ち付けられた傷がノクターンの魔法によって癒えていく。
新しい装備のおかげで主な怪我は肘とか腰周りだけど、治しておいて損はない。
できましたとノクターンが言うが、痛みが全く引いていなかった。傷がないのにだ。
始めの火傷のような痛みも継続して続いていることから、これが奴の能力なのかもしれない。
それはノクターンも気付いているのか、小さく「痛み止めの魔法があったらよかったのですが……」と申し訳なさそうにしていた。
「痛みは大丈夫。慣れてるよ」
実際、戦っている最中は感覚が鈍くなる。
そこで俺はふと先程の攻撃を思い出してジルハに声をかけた。
「そういえば、ジルハも水属性付与のスキルを持っているなんて知らなかったよ」
しかしジルハは小さく首を横に振った。
「あ、いえ。あれは僕のスキルじゃないです」
「ん?違うの?」
「はい。あれは、アリマさんのスキルです。アリマさんが僕とルカさんに水属性を一時的に貸出?みたいな事をしたんです」
言いながらジルハはアリマを示す。
「なにそれ凄いんだけど」
「そ!そうなんです!アリマさんは凄いんですヨ!」
それにラピスが賛同した。
褒められたアリマは気恥ずかしそうにしながらも嬉しそうにしていた。
「あは、あっと、そのー、属性付与スキルっていうんですが、実のところ使い道が無くてもて余しておりました。でも、まさかこのスキルが役に立つなんてっ!思いもしませんでした!!」
さっきから興奮していたのはこれが理由か。
確かにクズスキルが後に重要になるスキルと判明したら俺も同じように興奮するだろう。
「じゃあアリマさんのおかげで属性無双出来るってことか。え、最強じゃん」
「やだぁ!褒めたって属性を付与することしか出来ませんよぉ!」
それは是非ともお願いしたい案件。
まさかアリマのおかげでこの厄介な属性問題を解決できるとは思わなかった。
「よし、ならやることはひとつだね。水属性で固まらせて、それをひたすら砕いて発掘していこう」
功太が頷く。
「単純で地道だけど、それが一番効果的だね。あのビームが弱まり次第反撃しよう」
そういえば、各ボスにあった核は何処なんだろうか。
相変わらずアドラファレルの無差別ビームは続いているけれど、クレイの盾のおかげでなんともない。
この圧倒的な安心感。
クレイはそれどころじゃないだろうけど。
こうしている間にも、ビームはそこらに降り注いでおり、特にクレイの盾には俺達目掛けて集中砲火されていた。
それなのに盾はひび一つどころかびくともしない。
もしかしてさっきの盾の変化はレベルアップしたんだろうか?
「?」
その時、さっきまであった身体の痛みが薄れてきているのに気がついた。
腕の火傷のような痛みも、先程の攻撃によっての激痛もだいぶマシになってきていたのだ。
一応ノクターンに回復魔法を掛けて貰ったからそのおかげなのか、それとも時間経過によるものなんだろうか。
どっちなんだろうか。
まぁいいか。とりあえずボスの弱点である核を探すのが先だ。
そういえば俺は千里眼で確認しているけど、功太はどうやって確認しているんだろう。
功太は千里眼は持ってなかった気がするけど、もしかしたらボスの位置を探知する仕様はそのままだったから、功太も何かしらのスキルで出来たりするんだろう。
千里眼を発動して確認をすると、微かに核のようなものが見えた。
しかし核の見え方が少しおかしい。
結構しっかり見えるはずのものなのに、やたらぶれるわ霞むわと見え辛い。
しかしぶれるとしても、中心は変わらない。
核のある場所は目蓋の中だ。
だけど、あそこは空洞のはずでは?
目を開いた時にしっかりと見ているけど、中は完全に空洞で真っ暗闇だった。
どう考えてもあそこにあるとは思えない。
だってあるとしたら目を開いた時に見えるはずではないのか?
いや、でもラピスのようなモノを隠すユニークスキルや、もしくは功太のように虚像を作り出すスキルかもしれない
もしくは───
脳裏によぎるブリオンのモンスター達。
どっちにしても削って削って、削りまくるしかない。そうすれば自ずと判明するだろう。
アドラファレルのビームが終息していく。
ようやくエネルギー切れでも起こしてくれたのか。
巨大な盾が薄れてきて、崩壊した。
それと同時にクレイが「ふーっ!」と息を吐いていた。
見てみれば結構汗だくだ。もしかしてさっきの盾は相当体力を消費するんだろうか。
そういえばタンカー職は、盾の消耗は気力よりも体力で補うと効いたことがある。
クレイの盾はあまり乱用すると後々きつくなるかもしれない。
負担を掛けすぎないようにしないと。
クレイが振り返り、安否の確認を取る。
「…みんな、無事だな?ディラは?」
「うん、俺も完全に治ったよ」
反動スタンを完全に抜けたから、ちゃんと戦える。
辺りはビームのせいで俺のスキルによって生み出された氷が結構な被害を受けていた。
けれど、アイスエイジの氷はただの氷じゃない。
通常の氷が溶けるような温度では決して溶けない。
そのおかげか、あんなにもビームが降り注いでいた地面は砕けて氷は表面は溶かされたものの、まだうっすらと霜がおり、あの厄介な裂け目は出来ていない。
あのめんどくさい火の魚の妨害はないし、邪見に必要と思われる目玉の生成もされていない。
向こうにしてみれば、盾が消えた今は絶好の攻撃チャンスだと言うのに、アドラファレルはこちらを警戒しながらも動かない。
チャージをしているのか、それとも再生を優先しているのか。
どちらにしても──
「反撃するなら、今だね」
さくっと作戦を練る。
「とりあえず、奴が溶岩属性と推測した上での作戦だね」
功太が早速役割分担を言おうとしたところでクレイが訊ねてくる。
「なぁ、そのヨウガン属性ってのがいまいちピンと来てないんだけど。結局のところ火と似ているけど、氷より水のが効く奴って考えであってるか?」
「うん、それで合ってる。とりあえず、現時点で水属性持ってる人を確認するんだけど」
皆を見渡した。
「保持者は俺と功太とアリマさんの三人だけで合ってる?」
「合ってる。一応アリマのスキルによって一時的に変更は可能だけど、三人がメインって考えれば良いと思う」
功太の肯定によって作戦が固まった。
「じゃあ、効率的に考えるなら俺と功太で水攻めをして、ドルチェット達で破壊してもらうのが良いよね。威力は落ちるけど、破壊の為の属性じゃないし」
「朝陽のアイスエイジで横やりも今なら無いしね」
俺達の攻撃は、あくまでも行動阻害のための攻撃だ。
地道に削る。地味で単純だけど、溶岩属性相手はそうするしかない。
そこでドルチェットが「なぁ」と声を上げた。
「自分も水攻めしてーんだけど」
ドルチェットなら言いかねないとは思った。
なにせドルチェットは特攻大好き人間だ。
「アリマの属性付与スキルがあれば、自分も参加できるだろ?」
そう言うドルチェットだけど、今回は我慢して欲しい。
「そうしてもらいたいのは山々だけど、そうしたら今度は攻撃側の火力が無くなるし、2パーティーの火力上位三人皆同じ行動してるのは勿体ないよ」
「……わぁったよ、言われてみればそうだな」
俺の説得にドルチェットが仕方なく諦めてくれた。
良かった。
追加で作戦の意図を理解したクレイも指示を出してくる。
「ラピスさんの遮断スキルと、ルカさんの瞬身、そしてアスティベラード達はいけると思った時にそれぞれ動いて欲しい。あと──」
クレイがロエテムを見る。
「ロエテムはノクターンとアリマの護衛を今まで通りに。あとオレのアンカーの中継役も頼むな」
クレイの言うアンカーの中継役とはなんだろう。
忘れてなければ後で聞こう。
おおよそ役割が決まったところでノクターンが補助魔法のバフを盛っていく。
反撃だ。
「朝陽頼む」
「了解!」
エクスカリバーを構え、弓矢生成によって生み出した矢に水属性と雨状放射を付与、照準をアドラファレルではなく空へと向け、射ち放った。
水属性の矢が雨状放射で大量にコピーされて空を埋め尽くしていく。
矢はある程度のところで重力によって軌道を変え、幾千もの雨となってアドラファレルへと向かっていった。