なんとなくの予感だけど、もしかして四季ない系?
ケンタウロスの宴が始まった。
並んでいるのは人参料理の山と、先程狩ったゴウロックボアの肉料理だ。
あの固い生物の肉はツクギーバのように固いのかと思っていたら、表皮は岩のように固いけど、肉は蕩ける美味さだった。
同じ鎧皮族のモンスターなのに不思議だ。
定番の焼いたやつや煮込んでシチューみたいになったやつなどがあったりするが、だいたいが人参の侵食を受けていた。
触れないでいたけど人参料理のレパートリーがヤバすぎる。
人参の串焼き人参のスープ人参のパイ人参の葉と人参のかき揚げと、えっそれ人参で出来るんだ!と目から鱗のラインナップ。テーブルのオレンジから目が離せないみたいな感じになっていた。
「ガンバイ!!」とまるで乾杯みたいな掛け声で飲み物を上へと掲げて飲み干す。
酒ではない。人参ジュースである。
野菜ジュースがあまり得意じゃなくて一気飲みしようとしたんだけど、思っていた味じゃなくて驚いた。
人参なのに臭みが無いし、なんなら甘い。
なんで?
「人参なのに凄く甘くて美味しい」
素直な感想に、すぐさま近くにいたケンタウロスからアンサーが入る。
「人参はきちんと水にさらしているからな!そしてマウリンゴも一緒に砕いて濾してある!!」
マウリンゴとは通常よりも小さいけど甘味の強いリンゴのことた。
上が赤で、下が黄色と色彩が二色なのが特徴で、この前買ったドライフルーツにも入っているこの世界ではメジャーなフルーツだ。
個人的に大好物認定指定している。
「なるほど、だからこんなに甘いのか」
「そうだ!健康に凄く良いんだぞ!」
ガシッと肩を組まれた瞬間嫌な予感がした。
予感的中、口に人参ジュースを流し込まれた。
「飲め飲め!ワンドには強くあって貰わねばならないからな!」
「ガボボボッッ」
止めてください溺れます!!
「バカ者死ぬであろうが!!!」
怒るアスティベラードに慌てるノクターン。
俺達の様子に笑うケンタウロス達。
そこからは飲めや歌えやで大盛り上がり。
これまでに狩った獲物の話で盛り上がるドルチェットとジルハ。
ゴウロックボアの表皮の活用方法を聞いているクレイ。
何故か一発芸が大ウケしているロエテム。
ひそかに色んなネタを考えていたらしい、真面目であった。
途中でクロイノにツクバーグを献上し、ツクバーグに興味を引かれたケンタウロス達にもツクバーグを振る舞ったりした。
そんな感じで楽しく過ごして、ちょっとだけ風に当たろうと外に出た。
相変わらずの満点の星に感心しながら、良さげな場所を探す。
いつまで経ってもこの世界は寒いなと思いながら町の外れまで行くと、良い感じの石があったので腰掛け、夜空を眺める。
「あ、そうだ」
ふと思い出してポケットからマーリンガン石を取り出して適当に投げた。
袋を取り出すのがめんどくさいから最近はちょっとの量をポケットに入れているけど、それでも色々あると投げるの忘れてしまい、思い出した時に適当にばらまいている。そんな感じで良いのかなこれ。
ていうか、全然減らないんだけどいつまで投げれば良いのこれ。
まぁいいか。
再び空を見上げて思わず呟いた。
「平和だなー」
今のところは、だけど。
このままずっと何もなければ良いのになぁと、望み薄な夢を見てみる。
「!」
後ろから足音が近付いてきた。
足音の感じからしてケンタウロスではない。
「主役が居らんでどうする」
凛とした声に俺は振り替える。
そこには予想した人物がいた。
「アスティベラード」
アスティベラードだった。
艶やかな黒髪が風で揺れていた。クロイノの姿がないけど、多分影の中に潜っているんだろう。
「ちょっと酔ったから休憩してた」
「酒は飲んでなかろう」
「場に酔ったんだよ」
「ふむ、確かに熱気があったの」
隣にアスティベラードが腰掛けた。
ふわりと花のような匂いがする。
「ケンタウロスというのは、人よりも熱いらしいな」
ケンタウロスは人間よりも体温が高いのか、はじめて知った。
確かに連行されているとき暖かかった気がする。
「ふーん」
突然の豆知識に感心しながら脳内メモにケンタウロスの体温は熱いと記載した。
その後は特にお互い何を言うでもなく夜空を見上げていた。
見慣れた夜空ではあるけど、一人で見るよりも誰かと見た方が綺麗な気がする。
流れ星とか流れないかなと思っていると、アスティベラードが「ディラよ」と、なんだか真剣そうな声音で話し掛けてきた。
「んー?」
「あの時、何があった?」
「なにがって…」
なんの事だろうか。
俺はそんなことを言われる覚えがあったかなと記憶を探った。
功太の事は終わったし、エクスカリバーも取り戻した。特に心配ごとを残していた記憶はないけれど。
「なんの事?」
「とぼけるでないわ」
ズイとアスティベラードが俺の顔を覗き込んでくる。
突然の顔のドアップに吃驚して心臓が跳ねた。
「あの迷宮で別れていた時だ」
そう言われ、ああ、あの時のかと、俺はようやっと思い出した。
アスティベラードの瞳がまっすぐ突き刺さってくる。嘘を付くのは赦さないと言うように。
「聖戦後、合流した時の貴様の様子がおかしかった。怪我だけのせいとは思えぬ。
何かあったのだろう」
「……」
あの謎の部屋で見せられた光景は凄まじくて、今でもたまにフラッシュバックする。
みんなと合流した時には大量の情報で画面酔いみたいになっていてフラフラしていたのだ。
だからいつもの様に振る舞うことが出来なかったのは自覚していた。だけど、それでアスティベラードを心配させているとは思わなかった。
「その…」
あったのには、あった。だけど、と、俺は思わず口をつぐんだ。
これは話して良いものなのだろうか。
というよりも俺自体が上手く情報を整理できてないし、なんなら考えないようにしていたから上手く説明が出来る自信がない。
どうしようと一瞬迷った。
「…あるにはあったんだけど…、ちょっと自分も訳が分からなくて」
どうやってアレを説明すれば良いかわからない。
けれど、きっといつかは皆に言わなくちゃいけない事なのは分かっている。分かってはいるんだけど、今はきっとその時ではない気がする。
「上手く説明ができないから、もう少ししてから話して良いかな?」
「………」
しばらくアスティベラードと見つめ合う。
なんとなく恥ずかしい時間が流れ、アスティベラードが「わかった」と言った。
「お前が話したいと思ったとき、話せ。
何か力になれることがなるのならば、私は全力で助けよう」
今だって充分に助けられているのに。
「ありがとう、その時はよろしく」
「うむ」
また少しアスティベラードと隣り合って座っている。
なんだろう、なんか恥ずかしくなってきたな。おかしいな。
「!」
アスティベラードが腕を擦っている。
俺の着ている服よりもアスティベラードの服の方が薄手だ。
この世界の人だからこの気候に慣れているとはいえ、さすがにマント無しじゃ夜風は寒いだろう。
しまったなぁ、俺もマントを置いてきてしまった。
戻れば暖かい飲み物があるはず。人参スープだろうけど。
「寒くなってきたから戻ろうか」
とりあえず風邪でも引いたら大変だと声をかけた。
その時、突然空が明るくなってきた。
なんだとその方向に目をやると、少し遠い場所の空に輝く環が現れており、その環がゆっくりとほどけて重力に従ってゆっくりと落ちていく。
なんだ、あれ。
まるで投げ網漁でも見ているかの光景に言葉を失っていると、突然何処からともなく鐘の音が響き渡ってきた。