人馬ともいう
鹿の人は魔物に騎乗して行ってしまった。
あの方向かと示された方向をみる。
結構な距離があるんだろうか。もしかして無謀な案だったんだろうか。
先程の鹿の人の顔を思い出す。
無謀な案なんだろうな。かといって引き返すのも何だかなという気もしてくる。
そんなことを考えながら皆のもとへと戻った。
「どうだった?」
「なんか、タイミング悪かったらしい」
皆に鹿の人の話をすると、アスティベラードとノクターンだけが何故か納得したような顔をした。
一方クレイ達は「変な湖もあるんだな」と言っていた。
何処にでもあるんじゃないんだな。
「人間ロケットで飛ばしたり出来ないもんか?」
ドルチェットが恐ろしい提案をしてきた。
「いやいやいやいや!!あれ万能じゃないんだよ!!指定範囲あるし、そもそも目で確認して指定しないと!!…千里眼使ったらそれは出来なくはないけど、途中で何かあって墜落したら不味いから止めた方がいいと思うッ!」
「やけに嫌がるじゃねーか。やった事あるんか?」
脳裏に昔の記憶が甦った。
そう、あれは悲しい事故だった。
「……まぁ昔ちょっと。俺じゃなくて先輩なんだけど、それで墜落して水中のモンスターに襲われて死んだから。強かったのに」
あまりにも間抜けな落ち方で伝説になった先輩だった。
ついたあだ名はピタゴラ落ち男。
ブリオンならそれで済むけど、ここは現実なので笑い事じゃない。
「なら止めよう」
俺の話でドルチェットは潔く引き下がってくれた。
ありがたい。
「そんじゃ、川上に行ってみるか。さっきの人の言葉が気になるが、まあ行ってみないとわからないだろう」
ここは無理だと見切りを付け、俺達は湧湖目指して川上へと向かうことにした。
「どのくらい歩くか聞いたか?」
「あ、忘れた」
「お前…」
聞けば良かったとも思ったが、鹿の人はもういないので、次の知ってそうな人が見付かるまではひたすら歩くことにした。
出来ることならばそれまでに壊れていない橋か、船が見付かれば良いんだけど。
しばらく歩いていると前方から砂煙が上がってきた。
「なんだあれ?」
「確認できるか?」
「やってみる」
千里眼で確認してみると、草食系魔物の群れだった。ブリオンでは狩れなかったモブモンスターで、だけど名前は食事名で出てくるしビジュアルも出てた。たしか、カプギだったか。
カバと豚が混ざったような謎生物だ。頭に申し訳程度の角が生えている未程度の大きさのモンスターだ。
そのカプギがどうやら何かから逃げている様子で、まっすぐにこっちに向かってくる。
「魔物の群れだった。なんかに追われてるみたいだね。どうする?」
「一応避けておくか」
クレイが盾展開し、透明の巨大盾を斜めに設置した。
俺達の方に向かってきてても、この斜めに設置した盾にそることになって、これで魔物達は俺達の方には来られない。
砂埃がだんだん大きくなり、カプギの群れの姿が確認できた。
それと同時にカプギとは違う音も響いてくる。
それにジルハが耳を済ませた。
「蹄の音ですね。魔物の後ろからです」
千里眼を発動させて確認すると、カプギの後ろからケンタウロス達が弓を手に追い掛けてきていた。
彼らから逃げていたのか。
カプギは盾に沿って後ろに走り去っていき、それをケンタウロス達が追い掛けていく。
あっという間に見えなくなった。
「ケンタウロスなんか初めて見た」
「オレ達もだわ」
「結構でかいんだな」
「グラーイよりもでかかったわ」
それにしてもブリオンのケンタウロスとはだいぶ違った。
ブリオンのは完全に魔物側の存在だったけど、先程見たケンタウロスはドワーフやハーフマンと同じように知能が高そうだ。
「グラーイどうした?」
ケンタウロス達が去っていった方向をグラーイがじっと見詰めていた。
同じ馬属性、なにか感じるものがあるんだろうか。
少しするとケンタウロスが戻ってきた。馬部分にはカプギが縛られた状態で乗せられていた。
改めて見てみると、やはりでかい。
2メートルは優に越えている。2メートル半ってところか。
ガポガポと馬特有の音を鳴らしながらケンタウロスがやってきた。
そのまま通り過ぎて行くのかと思いきや、何故か一人のケンタウロスが俺の前で止まった。
なんだろうか。
結構な高さから見下ろされるのは緊張する。
しばらく緊張の中見詰めあい、急にケンタウロスが笑顔を浮かべた。
「お前、もしかしてワンドか?」
ワンドって、あれか。俺のゴッズの種類。
ん?なんでバレてるの??
思わずクレイを見るが、クレイもどうしたら良いのかわからなくてとりあえず俺を見たので視線がかち合っただけだった。
とりあえず、正直に答えよう。その方がいい気がする。
「はい、そうです」
すると俺に話し掛けていた男につられて立ち止まっていたケンタウロス達も何故か嬉しそうだった。
なんでだ?
「なんでこんな辺鄙な所を歩いているんだ?ここらは面白いものなんて無いぞ」
とりあえず話してみるのも良いかもしれない。
彼らは地元民だ。何かしら解決手段があるかもしれない。
「あの、それがですね──」
増水した事を説明すると、ケンタウロス一同、「ああ…」と同情の眼差しを向けてきた。
この反応。やっぱり歩くしか無いのか。
しかし、俺の前にいたケンタウロスだけは違った反応を見せた。
「我々はなんと運の良い。何かの縁だ。問題の湖までは遠いし、それならうちの村のもんが渡り船を出してくれる奴を知ってるから、そいつに連絡をつけてやる」
ありがたすぎる提案だった。
頼もうよとクレイに目配せすると、すぐにゴーサインが出た。
「それなら、よろしくお願いします!」
「うっし!付いてこい!歓迎するぜ!」
ケンタウロス達に付いていく。
彼らは半身馬なだけあって歩幅が大きくて速かったが、それでも時折振り返っては俺達にスピードを合わせてくれた。
そうして辿り着いた村は、何処をどうみても立派な村だった。
「壁がない…」
当たり前のようにあった塀はなく、あるのは堀と柵。
実に簡素で、必要なものしか存在してない。
思わずナッツ村を思い出した。
いやあの村はもう少し物に溢れていたな。特に緑豊かだった。
「変な形の家だな。布?布で作られてるのかこれ」
ドルチェットが家を観察している。
確かに不思議な形の家だった。
テントのような、屋台の上部分のような、何処かで見たことのあるような形。
玄関らしき場所の布から子供が顔を覗かせてこちらを見ていた。
「おーい!みんな!ワンドが来たぞー!」
「さ!君たちも疲れただろう。ゆっくり休んでいけ!」