魔界の橋は壊れてばかり
目の前の光景に俺は思わず「わーお」と感嘆詞の声をあげた。
見渡す限りの湿地帯である。
水に沈んだ草原とでも言えば良いのか、とにかく聞いていた地形とは全く違う景色が広がっていた。
そんな光景を目の前にドルチェットが溜め息をついた。
「これは無理そうだな」
「だね」
「うむ」
それぞれの感想を言いながら、道案内役のクレイを見ると、クレイは地図を眺めながら「おかしぃなぁー」と首をかしげていた。
どうやらクレイも聞いていなかった情報らしい。
「なにが?おかしいの?」
「ここはただの荒れ地だったはずなんだが…」
「荒れ地?何処が??」
再び湿地帯に視線を移す。見渡す限りの水浸しの草原だ。どうみたってクレイの言う荒れ地ではない。
荒れ地とは??案件である。
そこにクレイを擁護するようにアスティベラードが意見を述べた。
「恐らく元々は荒れ地だったのだろう。それが急に水を得て種が芽吹いたのだろうな。雨季でも無いのに、なぜこんなに水が湧いたのかわからぬが、まぁ魔界は変なことばかりだからあり得なくは無かろう」
「言われれば確かに?」
アスティベラードの言葉で魔界に初めて来た時から今までを思い返してみた。
思えば川がカラカラに乾いていたり、焼け焦げてたりしてたしな。魔界とはそう言うもんなのかな。
……だから“魔界”なのだろうか?
「仕方ないか。橋探すか」
「橋あるんだ」
「地図に謎の橋の場所が記されてたんだよ。なんの事だかわからなかったんだが、こういうことだったんだな」
クレイが示した地図には、確かにそれらしい記号があった。
それを一緒に見ていたジルハが言う。
「橋が架けられてるってことは、定期的にあることなんですかね」
「ああー…」
あり得るかとしれない。
ならこんな荒れ地に意味不明な橋を設置する意味が分からない。
それにクレイが同意した。
「多分な。だけどこう草が繁ってちゃあ探しにくいな」
「なら空から探すしか無いね」
いくら草が繁っていても上からならすぐに見付かるだろう。
クレイがノクターンに指示を出すと、ノクターンは「お願いします…」とトクルを飛ばす。
トクルは大きめに旋回した後に特定の場所に留まって鳴いた。
「見付けたようです」
「さすがトクル。仕事がはやい。行こう!」
トクルが秒で橋を見付けたので、これでさっさと橋を渡ってしまおうと思ったのだが……。
「壊れてんじゃん」
橋がものの見事に壊れていた。
壊れていたというか、壊されたと言うか──
「これ、踏み潰されたんじゃね?」
多きな足で上から横からドーンとやられたらこんな感じで壊れそうな感じで大破していた。
「大きさ的にツクギーバっぽいですよね」
「あのデカブツめ…」
珍しくクレイがイラついていた。
しかし、怒りが湧いてはくるものの、あいにく元凶のツクギーバは既に俺達の腹の中だった。
怒りの矛先が何処に向いたら良いか分からない。
それは皆も同じだったようで、諦めたような面持ちで溜め息だけを吐いた。
「どうするー?濡れながら進むか?」
「いや止めよう。見た感じ結構ぬかるんでるし、こういう所にはアルベーダがいる。迂回しよう」
「だよなぁー」
「湿地帯を迂回するなら地形の高低差も見ないといけませんね」
仕方ないかという感じに、クレイは再び地図を広げ、ドルチェットとジルハと共にルートを散策し始めた。
「ねぇ、アルベーダってなに?」
聞き馴染みの無い単語があったのでアスティベラードに訊ねると驚いた顔をされた。
「知らぬのか?こういう湿地にいる半透明の生物だ。ヤツの縄張りに踏み込んだ瞬間に足を飲み込み、そのまま沼に沈めて全身を飲み込むやつよ」
「こっわ」
これからはむやみに水溜まりに足を突っ込まないと決意した。
「よし、もう少し行ったところに大きな橋があるみたいだ。そこまで行けば渡れるだろう」
そうこうしている内に次の行き先が決定していた。
「大きい橋って何だっけ?」
「……」
「もしかしてあの謎建造物の事??」
眼前に広がるのはまるで湖のような水面と、その真ん中らしい場所に頭だけ覗かせている変な建造物のみ。
あれが例の橋なんだろう。
あいにく大部分が沈んで橋の上部分が辛うじて確認ができる程度である。
「……どうなってんだ???」
さすがのクレイも頭を傾げて悩み込んでしまっていた。
「雨が降ったとか?」
「雨の匂いは無かったですね」
「じゃあ地形が変わったんだ。それしかない」
せっかくのフォローもジルハに一刀両断されたので、全ては魔界の地形のせいにした。
再びクレイは地図を広げ、今度は座り込んでルートの再構築を始めた。かわいそうに。頑張れリーダー。
ん?とアスティベラードが橋とは違う方向を向いた。
「どうしたの?」
「向こうに誰か居るぞ」
「!」
何処だとアスティベラードと同じ方向を向いて探すと、少し離れた場所で俺達と同じく立ち尽くしている人、いや、魔族がいた。
装備からして恐らく旅人だろう。
旅人は水没している景色を眺めながら、溜め息をついたような仕草をしていた。
しかしクレイ程困ったような感じではなく、仕方ないか、と言わんばかりに近くの騎乗代わりの魔物の方へと歩いていく。
魔界の旅人なら俺達よりも知っていることが多いだろう。
「なにか知ってるか聞いてみる」
「え、おいディラ!」
クレイの制止の声が聞こえたが、俺はすみませーん!と声をかける。声を掛けられて振り返ったのは、鹿みたいな人だった。
大きな被り物からはみ出た角には装飾がたくさんぶら下がっている。
知らない種族だ。
言葉通じるんだろうか?
「んん?珍しいな、ヒトか」
鹿の人が駆け寄ってきた俺をみて話す。
その言葉を俺はなんなく理解できた。良かった、言葉は通じるみたいだ。
鹿の人は俺を見て、次いで俺の後ろの皆を見て「ああ」と何かを納得していた。
「この川を渡るのは諦めた方がいい。しばらくはこのままだ」
「ちなみに何でですか?」
鹿の人はとある方向に視線を向ける。
「この川は湧湖から湧いてくる水で作られている。その水の量は時折こうやってあり得ないほどの水を吐き出して辺りを沈めたりするんだ。一度こうなりゃ止まるのに結構な時間がかかる。時期が悪かったな」
「そうですか、それはまた…。…あなたはこれからどうするんですか?」
「私は引くまで近くの町に滞在する。君たちも諦めた方がいい」
せっかくここまで来たのに諦めるしかないのか。
いや待てよ。
その湖が原因なら、その湖を回り込めば良いんじゃないのか?
明暗だと思い、鹿の人に訊ねることにした。
「……その湧湖って何処にあるんですか?」
俺の問いに鹿の人はキョトンとした後、面白そうにニヤリと笑った。
「アレを越えるつもりか?なら教えてやろう。この方向にずっと行けば目的の湧湖がある」
鹿の人が先程の視線を向けた方向を指差した。
「せいぜい歩け、ニンゲン」
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ところでこの弓の設定資料とか需要あるんだろうか。
見たい人とか居ますかね?