凄く良い音が出ました
「いや、違うな。使ってるだろ」
「なんの事?」
「しらばっくれるなよ」
俺はツカツカと功太の側に歩みより、勢いよく功太の服を捲り上げた。それはもうかつて自分がされた程に勢いよく、視界を遮って抵抗出来ないようにだ。
「うわっ!!」
「ちょっと!!何するんですか!?」
アリマが騒いでいるが、今はそれどころではない。
めくり上げ過ぎて前が見えない功太との引き上げ引き下げ攻防をしているのだ。
包帯が巻かれた胸にはルカのような印はない。
けれど、と、俺はノクターンへと声を掛けた。
「ノクターン、罠看破の魔法を功太に掛けて」
「え、罠看破…ですか?」
「そう!お願い!それで分かるから!」
「わかりました…」
ノクターンの罠看破の魔法が発動する。
はじめは一体何なんだと分かってなかった功太だったが、俺の意図を理解した瞬間に激しく抵抗を始めた。
「ちょ…朝陽やめろっ!」
ノクターンの魔力が功太を取り囲み、魔法が発動する。
すると無かったはずの箇所にルカと同じ印が浮かび上がってくる。
全く同じではないが、ノクターンの魔法によって暴かれたソレはルカの印のような黒ではなく、魔力で形作られた為に白色であった。
その印はルカのほうの印から魔力が流れてきており、その魔力が功太の印を作り上げているようだ。そして功太のその印からは、すぐ真下にある功太の心臓を鷲掴みにしていた。
その一方、ルカの印からは心臓へと流れるものはない。
印こそそのままだけど、その印の機能は予想していた通りに全て功太へと移行していた。
「やっぱり使っていた」
功太が一瞬の隙をついて服を下げるがもう遅い。
皆が功太の印を確認したのだ。
「なぁ、ディラ…」と、クレイが訊ねてきた。
「なんだその引き取りのスキルってのは?なんでルカと同じ印がコータにも付いているんだ?ノクターンの魔法でルカのほうからコータの方に魔力が流れているのはわかったけどよ」
ここではもしや【引き取り】のスキルは存在しないのか?
まぁゲームだからこそ気軽に使えるっているのもあるんだろうな。リスポーンありきの世界でのスキルとも言えるだろう。
「引き取りスキルは一定のダメージや呪い、異常状態を自分が引き取って身代わりにするスキルだよ。
後一歩のところで倒しきれるのに、あともう一撃でやられるっていう所でそれを使って、倒しきれそうな仲間の身代わりをするんだ。
だいたいはタンクとかがやるんだけど、功太は受け流しスキルもあるからそれを併用していたんだよ。
戦闘を終了すれば一部の呪い以外は自動解除されるから」
ブリオンの戦闘は他のゲームと同じだ。
さすがに全ての呪いや異常状態が戦闘後も続くことはない。
一部継続の呪いもありはするけれど、そちらも解除までのカウントが付いている。
「これは本来掛けられた人は呪いの印が消えてバレるもんだけど、それもなんかスキルを使って誤魔化していたんでしょ?
例えば剣士職固有スキルの痕跡とか…」
痕跡スキルは元あった場所にそのものの姿を一定時間だけ残すスキルだ。実体はなく幻のような物だけど、それらは目に頼る魔物には囮としてよく使われたものだ。
功太を見るとなんの事やらとか言いそうな顔をしているけど、手元がシーツを摘まむようにして掴んでいた。
誤魔化そうとしたって、その癖で図星だと分かる。
「皆にはギリギリまで隠して、本当にヤバイってなった瞬間に消えて一人で処理するつもりだったんだろ。その為に必要なスキル発現したみたいだし」
功太との戦闘時に今まで持ってなかったスキルがあった。瞬身だ。あれはいわば瞬間移動と同じで、今いる地点から一定の距離であれば体力を犠牲にそこまで瞬間的に移動できるという特殊スキル。
だいたいアサシン等が習得する物だけど、速度重視の剣士も希に発現するという。
「瞬間移動のスキル、瞬身持ってるんだろ?」
俺の背後に現れて首狙ってきたやつだ。
あんな距離の詰め方ができるのはそれしかない。
「功太は速度よりも攻撃範囲優先だったから発現しなかったのに、ここでこのスキルを習得したところを考えると、仲間から逃げるために習得したと考える方が自然だよ。
でしょ?功太」
もしかしてこの町に功太が一人で来たのはこれを使ったのかもしれない。
俺の質問に功太は気まずそうに顔をそらすのを見て、俺はソレを肯定と捉えた。
俺はベッドに腰掛ける。
「なぁ、なんでこんな事したんだよ。誰も良いこと無いじゃんか」
「…………」
功太は俯いたまま無言だったが、ゆっくりと絞り出すようにして答え始めた。
「………………、仕方がないだろ…、結局は誰かが責任を取らなきゃいけないんだから」
「だから自分が全部飲み込んで一人で死んだって構わないと?」
「………」
俺は功太に平手打ちをかました。
なんの強化もしていないただの平手打ちは大したダメージなんて入らない。だけど思いの外大きい音が出たのと、俺の唐突なその行動で驚いた顔のまま固まった功太の胸ぐらを掴み上げた。
「おッッ前ふざけんなよ!!!!!この世界にたった一人しかいないみてーな面しやがって!!!!」
「ディラ!!ディラ落ち着け!!」
「どうどうどう!!」
すぐさまクレイとジルハが「怪我人怪我人!!」と俺を全身を使って止めようとしているけど、俺は止めない。
だってそうだろう。あまりにもふざけた話だ。
「相談ぐらいしろよ!!!!お前の目の前にいる奴は誰だよ!!?親友だろうが!!!!!」
功太の目が潤んでいる。
ようやく功太が俺をちゃんと見た。
「……うん、ごめん……、一人で行動する前にお前に相談すれば良かったな…、グスッ…、親友、だもんな……、僕はバカだ……」
大馬鹿だと、功太が腕で目元を隠して泣き始める。
今まで堪えていた分が一気に解放されたような、そんな感じだった。
功太が泣くなんて思わなかったのか、功太の仲間がどうしたら良いのかオロオロしている。
俺も泣きそうだったが、だけど俺まで泣いたら収集がつかなくなる。
功太の胸ぐらを離した俺の肩を、クレイが叩いた。
「とりあえず夜まではまだ時間がある。その間にどうにかできる方法を皆で探そう」
そうだ。諦めるにはまだ早い。
とりあえず色んなスキルを試しながら、マーリンガンにも相談しよう。
マーリンガンなら、解決法を知っているかもしれない。
その時、ずっと無言だったアスティベラードが声を上げた。
「少し考えていたのだが、その呪いはヘィドロ由来の呪いであろう?」
ヘィドロってなんだ?と思っていると、問い掛けられたルカが頷く。
「であるならば、なんとかできるやも知れぬ」
「え!」
「本当か!?」
俺とクレイの反応でアスティベラードが一瞬たじろぐ。
「あくまでも“できるやも”であるが、やってみる価値はあろう」
すぐさまルカがアスティベラードに懇願した。
「お願いします!助けて下さい!」
アスティベラードが功太を見やる。お前はどうするのかという感じなのだろう。
いくら手段があるとは言え、最終決定をするのは功太だ。
意図を理解したらしい。功太はアスティベラードに深々と頭を下げた。
「お願いします」
アスティベラードは功太の答えに満足したらしい。
「ふむ!では試してみるか! クロイノ!」
ズロンとクロイノがアスティベラードから現れる。
室内だから少し小さめであるけれど、それでも2メートルある黒い猫のような塊を見て功太の仲間は一瞬悲鳴を上げそうになっていた。
功太達もすでに二回ほど見たことあるとは思うんだけど、やっぱり毎日見ないと慣れないものなのか。可愛いのに。
クロイノの尻尾が揺らめき、ルカの前へと伸びていく。
思わず逃げそうになるルカをアスティベラードが叱咤する。
「そのまま動くな。クロイノの調整が狂う」
「…ッ!」
クロイノの尻尾がルカの胸へと挿し込まれていく。
本来ならルカの体を突き抜けて背中側へと抜けてそうなほどだけど、尻尾はルカの中に留まり、なにかを探すように動いている。そして、何かを見付けたような動きを見せ、ゆっくりと尻尾が引き戻される。
「よし、捕れたぞ」
尻尾の先がルカの胸から抜かれた。尻尾の先端には、リンゴほどの大きさの灰色の珠が咥え込まれていた。