贋作の勇者
「……」
前方に出した盾に衝撃が襲ってくる。
先程よりも強く、激しい。ひび割れはしていないが、この距離でのこの衝撃がやって来ることに、少し冷や汗を流した。
「……大丈夫でしょうか…?」
ノクターンが心配そうに言う。
とはいえオレ達に出来ることは見守ること以外には無いのだが。
「なぁーんか、さっきよりも激しくないか?地形どころか地面が凍ったりしてんぞ」
「……ディラの属性付与のスキルだろうな。だとしてもレベルが違うだけでこんなに有効範囲が変わるのか…」
ドルチェットの火炎剣での炎もなかなかの規模ではあるが、目の前で展開されているものとは訳が違う。言うなればドルチェットの火炎剣は大型の魔物が放つ程の威力だが──とはいえそれも弱いわけではない──ディラ達の威力は、まるで“環境そのものを”切り取ったかのようだった。
展開している盾を見上げて考える。
これからの戦い、きっとディラ達のような、いや、もっとヤバイやつが出てくるだろう。
その時にオレはちゃんと護りきれるんだろうか。
「……うむ」
「アスティベラード何しているんだ?」
先程からディラ達とは別方向に視線を向けているアスティベラードに声をかけると、アスティベラードはこちらに視線を向け無いままに答えた。
「あの金髪が来ているということは、その取り巻きがいつもいるはずだろう?なのに姿が見えぬからクロイノとトクルに探させておる」
言われてみれば確かにコータの仲間が見えない。
以前の事もあるし、先に見付けて警戒しておくに越したことはない。
「む!いたぞ!」
「何処だ?近くか?」
「……?」
どこか不思議そうな顔をしているアスティベラード。
「どうした?」
「てっきり近くに隠れているのかと思いきやかなり遠くに居るようだ。しかもなにやら焦っている???」
「この戦いは予想外だったとか?」
「それ以外もありそうではあるな。なにせ懸命に走って来ているらしい」
もしやコータは仲間を置いてきぼりにして来たのだろうか。
いくら仲間とはいえ信頼関係に関わるのではないか。そう思っていると一際大きな轟音が響く。
慌ててディラのいる場所へと視線を向けると、その轟音を最後に音がしなくなった。
「終わったのか?」
「……だろうな。決着が着いたと見ていいと思うぜ」
「とりあえず血の匂いはしますが、大量という感じでは無いですね」
ドルチェットとジルハの意見で盾を消した。
「とりあえずディラを回収しよう!」
どんな結果であれ、まずはディラを回収してからだ。
酷い砂埃が晴れていく。お互いの最大攻撃をスレスレ回避しながら叩き込んだ攻撃が、功太の剣を砕いた。
その衝撃で地面へと叩き付けられた功太の顔近くに矢を突き刺し、俺は宣言した。
「はぁっ!はぁっ!……俺の勝ちだ!!」
無表情で俺を見上げていた功太だったが、俺のその言葉で悔しげに笑った。懐かしい顔だった。
「…やっぱりまだ勝てないや。本当に強いなぁ。属性的には僕のが有利なはずなのに…」
「ゲームじゃないんだ。属性相性なんか役に立たないだろ」
「……それもそうだ」
負けたはずなのに功太はやけにスッキリした表情だった。そこで俺は気が付いた。
今まであった“功太ではない謎の視線”が消えている。
「なぁ、功太…、俺を利用して何かしたろ?」
「…バレた?」
「なんとなくそんな感じはしたよ」
改めて探るも、変な方向から感じていた視線は消えている。恐らく功太はこの視線の主を俺を使ってどうにかしたのだ。
考えられる手としては、監視用の人工蟲、もしくはそういう役割を果たす何かを互いの攻撃に巻き込んで消し飛ばしたとか、そんな感じだろう。
「……それよりも聞きたいことがあるんだけど」
傍らに落ちた功太の剣を見た。
剣の刃は根本から砕けており、剣の機能は完全に死んでいた。
「ゴッズは破壊が出来ないんじゃなかったの?なんで折れたんだよ」
「…ああ。その事」
チラリと功太は自分の砕けた剣を見て信じられないことを言い出した。
「……その剣は本当のゴッズじゃないんだ」
「どういうこと?」
「ゴッズに見せ掛けた偽物なんだよ。中は空洞で、多分、ゴッズの欠片とか入っているんじゃない?だから最低限の役割は果たすけど、こうやって砕けてしまった…。そりゃそうだよね。僕を監視するために作ったものなんだから…」
そんなことがあるのかと、俺は言葉を失った。
教会は元々糞だと思っていたけど、これ程とは。
「実はディラ以外のゴッズ保持者と会ったことがあって、その時に色々聞いたんだよ。なにせ僕には教会からの情報しか無かったし、教えてくれないことも結構あったから」
功太は己の手を見つめた。
「ディラ、ゴッズってさ、本来は武器の形してないんだね。“彼”に聞いて始めて知ったよ。聖水に浸けると武器になる前に戻るってことも」
「…もしかして」
「戻らなかったんだよね。始めて渡された時からこの形だったし…。しかも僕の動きも言葉も彼らに筒抜けだった。これはもう、信頼も何もなくなるじゃん」
功太は腕で目元を隠す。
震える声で功太が言った。
「……もう嫌だ。疲れたよ…逃げたい…」
「…………」
なんと声をかければ良いんだろう。
同じタイミングで召喚された俺は運が良かったなんて、思ってもみなかった。
そうか、だから俺を利用したのか。
“偽物”のゴッズなら、“本物”のゴッズを持っている俺なら破壊できると信じて。
ゴッズが壊れれば、功太は晴れて聖戦と教会から逃げれる。自由になる。
「……、だから、その為に」
「うん…、ごめん。…僕は勇者になれなかった。そもそも僕には無理だったんだよ…」
なんで忘れていたんだろう。
聖戦を、いや、戦うことを放棄した功太を責めることはできない。
だって彼は勇者ではなく、ただの高校生なのだ。
ブリオンに似たこの世界とこの姿で、勘違いしていたんだ。
俺の矢に貫かれた箇所から流れる血がゆっくり広がっていた。
「…良かった、上手くいって……。……さっきは、…酷いことを言ってごめ……」
功太の言葉が途切れた。気を失ったようだ。
恐らくスキルの大量発動した事による精神力の枯渇によるものだろう。
魔法使いが魔法を使いすぎると魔力切れで疲弊して動けなくなるように、スキルを使う者はスキルを酷使し過ぎると精神力が枯渇してスタン状態になったりこうして気絶をしてしまったりする。
現に俺も結構な攻撃スキルを連発したので異様に眠い。
キレてはいたけど功太を殺さないように頑張った疲労がここにキてる。
「とりあえず手当てしないと…、お互いボロボロだし…。まてよ?そもそも街に入れるのか??」
町に攻撃を仕掛けてきた功太を入れてくれないかもしれない。何せなにもしてない俺達も入るまでに大変だったんだ。
なのに功太は手を出した上に顔も見られている。
無理かもしれない。
「おーい!!ディラ!!」
どうしたもんかと頭を悩ませているとクレイ達とモンドがやって来た。助かったと顔を上げると、その後ろには功太の仲間もいた。
なぜ一緒にいるのだろうか。
「コータ!!」
「勇者さま!!」
泣きそうになりながら、名前はわすれたが、魔法使いとウサギ少女が功太に駆け寄り、突き刺っている矢を見て悲鳴をあげていた。
だからか、いつもなら突っ掛かってくるだろうに俺の事は無視して気絶した功太に懸命に声をかけている。
声かけの内容からして死んだと思ってるウサギと突き刺さっている矢と怪我に悲鳴を上げる魔法使いは完全にパニックになっていた。
これ、落ち着いたら殺人者と責められるんだろうか。
さっさと手当てしたいんだけど。
「……二人とも落ち着いて。コータは気絶しているだけだから」
一瞬誰なのかと思った。
いつもいの一番突っ掛かってくるルカが今日はやけに大人しい。しかも俺の事は眼中にないとばかりに二人のもとへ行き、宥めていた。
「そんなに揺すったら怪我が酷くなる」
そのルカの言葉に慌てて二人は功太から手を離した。
良かった。これで傷が広がる事はなくなった。
ルカは立ち上がり、振り向く。
その時一瞬だけチラリと功太の無惨な姿に成り果てた武器に視線を落としたが、すぐに俺に視線を向けた。
そして、信じられないことに頭を下げた。