エスパー・アスティベラード
「そこはこう剥ぎ取る」
「ほうほう」
「ここはこう捻ると綺麗に取れる。ツクギーバは筋も固いが、こうすれば問題なくなる」
「へぇー、面白い」
一緒に解体している内に、何でだか俺への解体講義が始まってしまった。
恐らく俺が素直に聞いては感心し、実践して喜んでいたからだろう。
あんなにも怖かったドワーフ達がみんな揃ってお爺ちゃんみたいなホンワカした雰囲気でこれもこれもと技術を教え込んでくる。
なんだろう。俺孫なん??
「なんか、あれですね。ドワーフの皆さんってみんな職人気質で怖いのかと思ってました」
現にここのドワーフの第一印象がバルバロの皆さんと同じ人相だったから。
そういえば門のドワーフが「ううむ…」と困ったように唸り声を上げた。
「ワシらとて全員を警戒しないといけんのは正直しんどいところもある。しかし此処で暮らす以上はそうせざるをえん」
「そうだ」
「現につい先日も襲われたしな」
ドワーフ達の発言を聞くに、やはり魔界は過ごしにくい所なのだろう。
「人間なんか特にな。はじめから敵意を持っているか悪意を持っている奴ばかりで好かん!!」
偏見だろうとは思ったけど、ドワーフという種族の視点からしてみたら、そういう連中ばかりと遭遇する機会が多そうだ。
何せドワーフは最高の防具や武具を作り上げる素晴らしい技術を持っているからだ。
すなわちドワーフを金の卵を産むガチョウとして見る輩が多いのはなんとなく分かる。
「でも俺にはこうやって色々教えてくれますよね?」
何でなんだろうと質問すると、門のドワーフは予想外の答えを出してきた。
「貴様からは職人の匂いがする。結構な数の武器や装飾を作ってきたと違うか?」
「エッッ!?」
何でバレてるの??
「あの…そうなんですけど…なんで???」
あまりにも動揺しすぎてちゃんと言葉にならなかった。
図星を突かれて挙動不審に様子にドワーフ達は勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。
「だいたいこの筋は固いから加工すると弓の弦に合わせて使ったりするとか、革は鞣せば剣を容易に弾くとかの話、そういう事に手を出している者しか目を輝かせて聞かんだろうが」
「あとお前の俺達の装備を見すぎなんだよ。照れるわ」
「……あー……」
納得した。
そりゃ同類だとバレるわな。
後でお前の作品を見せろと言われた。
さて、どうやって見せれば良いものか…。
「!」
コツコツと足音がやって来たので見てみれば、アスティベラードだった。
「どうしたの?なんか近付いてきてる?」
探知には引っ掛かってないけど、もしかしたらと思って訊ねると、アスティベラードは「飽いた」と一言。
飽いたって。
一人で戻らせるにもいかないしと思っていると、俺の隣を陣取って立派なナイフを取り出した。
「飽いたので、私も参加しよう」
そう言うなり手頃な解体場所を探し始めた。
明らかに見た目とのギャップがあるが、アスティベラードは解体ができる。
人は見かけによらないとはまさにこの事だろう。
しかしドワーフ達はアスティベラードの見た目に完全に騙された。
「ドワハハハ!!!面白い冗談だ!!」
「だいたいその細っこい腕で何が出来るんだ!」
「足手まといになる前におじょーちゃんは下がってな!女は後ろでニコニコしてりゃー良いんだよ!」
こんな感じである。
「いやいや、アスティベラードは女性で腕も細いけどうちのパーティーじゃ超火力の攻撃主───」
とりあえず誤解を解こうとしたところでアスティベラードがドワーフを振り返り一言。
「試してみるか?」
あ、やべ。と思った瞬間にはアスティベラードの影が蠢いて、クロイノが起き上がった。
俺から見れば「よんだ??」って感じのクロイノだったが、ドワーフ達は違ったようで、みんな一斉に腰を抜かしたり武器を手に構えたりしていた。
やっぱり普通に見えてるなぁ。
魔族の特性なんだろうか。
「クロイノ、そこの肉を持ち上げよ」
アスティベラードが示した大きめの肉塊をクロイノは尻尾で軽々と持ち上げてみせた。
ドワーフが数人がかりで運んだ肉塊だ。
それを結構な高さまで持ち上げ、そっと優しく元の場所へと戻した。
「私自身は力がなくとも、少なくとも解体はできる。そして何より“力”は誰よりも持ち合わせておる。これでもまだ“足手纏い”か?」
一斉に首を横に振るドワーフ達を見て思った。
やっぱりアスティベラードは半端ないな、と。
後でわかったことだけど、ドワーフ達はクロイノが見えていなかった。
勝手に肉塊がアスティベラードの言葉で動いたことで“言霊使い”だと思ってビビったらしい。
確かにクロイノが見えなかったらそう見えても仕方がない。
そこでふと、迷宮内でのクロイノ移動を思い出したが、俺は深く考えることを止めた。
ある程度解体したら、クロイノが尻尾で運んでくれた。
といっても流石に多いので三回に分けて運ぶらしい。
今回は肉だ。
ツクギーバの肉は固くてそのままじゃ野性動物にも食い荒らされない肉だけど、放置しとけば悪くなる。
なので肉、皮、骨の順で運ぶらしい。
ちなみに内蔵はそのままなのだとか。
何でなんだろうな。
町に戻る途中でクモノキの群衆と遭遇した。
「ちょうど良い。少し収穫していこう」
そう言いながらドワーフ達はすれ違い様に実っていた果実やらを慣れた手付きで収穫していった。
やっぱり魔界の野菜や果実などはこのクモノキに支えられているようだ。
「見えてきたぞ」
収穫しつつ摘まみ食いしつつ歩き続け、ようやくドワーフの町へと戻って来た。
声を掛けるまでもなく門が開き、俺達は運んできた肉を用意されていた場所へと置いた。
「少し休憩してから次は骨を運ぶ。その前にお前らの仲間と合流してこい」
「りょうかーい」
クレイ達は入り口近くの建物にいるらしい。
「行こっか、アスティベラード」
「うむ」
言われた建物へとやって来ると、門番をしていたらしいハーフマンがこちらに気付いた。
「話は聞いた。入って良いぞ」
そう言ってハーフマンは扉を開けてくれた。
はじめの町のハーフマンとは雰囲気がだいぶ違う。
やっぱり環境って大事なんだな。
「クレイー、戻ったよー」
中に入ると、少し質素な部屋にあった椅子に腰掛け暇そうにしていた。
ドルチェットに至っては机に突っ伏して寝ているほどだ。
クレイとジルハは起きていて、帰ってきた俺達にお帰りと返してくれた。
「ディラ、アスティベラード。何もなかったか?」
「うん。ドワーフ達と仲良くなった。そっちは大丈夫だった?」
「ちょっとした事情聴取くらいだ。町に入る理由の再確認とか、魔界の何処を通ったのかくらいだな」
「ふーん。普通のやつか」
安心した。
人質っていうからどうなっているのかと心配だった。
みんなの事だから何て事無さそうだけど。
そっからツクギーバの案内の間に起こったことを伝えていると、門番をしているハーフマンが扉を開けて顔を覗かせた。
「お前ら、腹へってねーか?飯振る舞ってくれるだとよ」