チューニングは大事です
2月はリアルがさまざまな多忙により驚くほど時間が無くなるので、しばらく更新が途絶えますが、作者は生きていますのでご安心ください。
一応更新も数日おきにはしたいと思っております。
復活の際はまた報告します。
「……わーお」
「すっげぇなこれ」
荒野を歩くこと二日目、巨大な窪地を見つけた。
その窪地に流れ込む小川が、底に溜まる水溜まりを作っている。
なんだここ。
興味深げに覗き込んでいれば、クレイに服を引っ張られて戻された。
「元は湖みたいな形状だな。斜面がぬかるんでいるし、足を踏み外せば登れなさそうだぞ」
「確かに」
現に今踏みしめている地面も軽くぬかるんでいる。
あれ、もしかしてそのまま俺が落ちるとでも思ったんだろうか。
「いくぞー」
「んー」
俺達は変な窪地を眺めながら、また歩き始めた。
少し歩くと今度は煤けた木々に灰が混じったぬかるんだ地面という不思議な場所へ辿り着いた。
ずぶ、だとか、ぐぶ、のような音を立てて靴が沈む。
「うわっ、歩きにくい」
しかも沈むだけではなく粘り付いて足が取られて持ち上がらない。
下手したら転んだまま立ち上がれなくなりそうだ。
「ノクターン。滑り止めを頼めるか?」
ノクターンが頷き、すぐさま滑り止めの魔法を掛けた。
滑り止めの魔法は同時に踏み締める地面を固定する効果があるのか、靴がこれ以上沈み込むことも無くなった。
「ふむ。焦げ臭い。厭な臭いよ」
アスティベラードが裾で鼻を覆う。
確かにアスティベラードの言う通り、ここら一体かなりの異臭が立ち込めていた。
焼けた臭いに焦げた臭いになんだか生臭い臭いもする
確実に火事が起きたような感じなのに、実際は洪水でも起きたのかってくらいの一面のぬかるみ。
「洪水でもあったか?」
「さあ?さすがにそこまで耳は広くねぇよ」
「でも、それにしては焦げ臭くありません?」
クレイとドルチェット、そしてジルハがそんな事を言いながら辺りを見渡している。
洪水よりもむしろ大火事があって、それを消火した跡とかに感じる。
足元に落ちていた白い欠片のようなモノをつまみ上げると、カシャと乾いた音を立てて砕けた。
「これってさ、消火の跡じゃない?」
「消火?」
三人が振り返る。
「なんか大火事になったあとに水の魔法で消したっぽくない?ほら、なんか無い?火事を消すスプリンクラーの魔法みたいなの」
「すぷ?」
「そんな魔法あるか?」
クレイがノクターンに訊ねると、ノクターンは少し考えて答えた。
「ありはしますが…、さすがにこの範囲は……」
ノクターンは困ったような顔をしている。
つまり見渡すばかりのぬかるみ程の範囲はカバーできないらしい。
「一人が無理なら複数人でやったとかは?」
「いやいや、だとしたらそれなりの痕跡が残るはずだし、それでもこの規模の水の魔法を発動したとは考えにくい。それくらい魔法の使えない自分だって分かる」
ドルチェットが珍しく魔法に関する意見を述べた。
「そういうもんなの?」
「そういうもんだ」
ということらしい。
その後みんなに説明された事をようやくすると、何故ならこの世界の魔法はそこまで便利じゃないという事らしいのだが、俺は「え、そうなの?」と首をかしげた。
どうにも納得が出来ない。
「だってよく魔法で雨雲を発生させて雨降らせてるの見たよ」
「それ、やってたの誰だ?」
クレイに訊ねられ、すぐに俺は答えた。
「誰って、マーリンガンだけど」
「それ以外でソレやってた奴見たことあるか?」
「いない」
てか村には魔法使いマーリンガンしかいなかったし、比べようがない。
じゃあまたノクターンに聞こう。
「雲を生み出して雨を降らせられる?」
「む、無理です…。天気を変えるなんて技はそもそも出来ません…」
「あのな、お前はちょっと常識がずれてる。まぁあのマーリンガンさんが師匠だったから仕方無いとは思うけどな」
普通は、どんなにレベルを上げても水の玉を作り上げてぶつけたり、足を掬って転ばせたりと、近くに水がなければこんなもんくらいの魔法が一般的らしい。
ちなみにノクターンも水の魔法は使えるけど、せいぜい飲み水くらいにしか使えないとの事。
マーリンガンが普通に水でウォーターカッターのように木や岩を切断したり、池に落としたモノを拾うために池の水を操ったり、ジョウロでチマチマ水やりがめんどくさいという理由で村の上に雨雲を作って定期的に雨を降らせていたけど、それらはみんな規格外の事だったようだ。
ブリオンだと普通に魔法攻撃で水が無いのに津波を発生させたりしてたから感覚がこれが普通と思ってしまっていた。
そこでようやく腑に落ちた。
マーリンガンが大魔術師や大魔法使いと呼ばれる訳が
そりゃ確かに俺の認識が間違っていた。
「そうなのか。身近に規格外がいると常識が狂うね」
「お前も大概だけどな」
魔法の常識が普通にずれている自覚があるので、これから魔法の常識も勉強していこうかと思う。
荒野をさすらって更に二日目、ようやく町らしいものが地平線の先に見えてきた。
はじめはただの岩の塊のように見えていたものが、町だと理解するのに少し時間が掛かってしまった。
完全に岩と同化した建物の集合体だったからだ。
「わぁ、ごつい」
素直な感想だ。
後ろでは「そういえば魔族は俺達の言葉は通じるのか?」「通じるには通じると思うけど、試したことがないぞ」「正直いって入門の作法も知らん」などの不穏な会話がなされている。
とはいっても結局は行かないといけないのは変わらない。
まぁとりあえず、当たって砕けろだ。