単体ワープを手に入れました
入ってみれば中は存外普通だった。
いや言い方がおかしいか。先程のような宝石に囲まれたような謎空間とかではなく、きちんと“部屋”として成立している普通だ。
とはいえ、奥に進むとむき出しの岩に変わっていく。
その部屋は結構な広さがあった。
あの迷宮湖を思わせる滑らかなドーム状の天井。しかし、迷宮湖とは違い此処は天井の一番高いところが大きく穴が開き、そこから既視感のある青い水晶が顔を覗かせていた。
そこから漏れ出ている光が部屋を明るく照らしているようだ。
ここはさっきの部屋の真下だったりしないよな?
と、下から覗き込みながらそう思った。
「うわぁ!なんだあれ!すげぇ!」
ドルチェットの声で前をみると、長方形の真っ黒な物体が広場のど真ん中に聳え立っていた。
「羊羹?」
──に見えないこともない。
近付いてみると結構な大きさだった。3メートルちょっとほどか。
表面はつるりと滑らかで、まるでガラスのようだ。
隣にクレイが来てまじまじと羊羹を眺めた。
「ここが最終目的地ってことは、目的はこれか?」
「多分ね。羊羹だし」
「ヨウカン?」
見せられた映像と同じだ。こんなに大きいとは思わなかったけど。
「こっからどうするんだろ?」
他にもメモがあったかと鞄を探してみるも特に無かった。
「これはもうあれじゃね?」
「そうだね。連絡してみる」
適当にマーリンガン石を放ってからマーリンガンに通信してみることにした。
あまりにも深すぎて圏外だったらどうしよう。
某鉄道みたいに電波が悪いくらいだったらいいけど。
プツと繋がったような音がした。
「もしもーし!マーリンガン??……やっぱり電波悪いのかな? もしもーし!」
繋がったみたいだけれど、どうにもおかしい。
やっぱり電波が悪いようだ。
仕方がないので歩き回りながら話し掛ける事にした。
「もしもし?マーリンガン??」
多分繋がっているとはおもうんだけど、さっきから謎のノイズというか、どたばたとした音ばかりでマーリンガンからの返答が来ない。
もう一度かけ直そうかな。
通信を切ろうとしたとき、マーリンガンの慌てたような声が割り込んだ。
『もしもし!?ディラくんかい!?』
「おー、繋がった。ねぇ、羊羹の──『ねぇ君キノコの知り合いとかいる?』──はい?」
なんだ藪から棒に。
というか今回は音声だけか。
「知らないけど?」
『ホントに?ホントに知らない!?』
「知らないってば。それよりも羊羹……じゃなかった。言われたオブジェ見付けたよ」
『羊羹?』
しばしマーリンガンが沈黙した。
『……君のせいでもう羊羹にしか見えなくなったじゃないか』
向こうにはこちらの映像が流れているらしい。
『まぁいいや。良く見付けてくれたね。でかした』
「クエストだったからね。で、こっからどうすれば良いの?」
『エクスカリバーを石に当ててごらん』
「石に?わかった」
エクスカリバーを組立て、言われた通りエクスカリバーを羊羹に当ててみた。
するとエクスカリバーを中心に羊羹に複雑な紋様が浮かび上がり、それらは収縮してエクスカリバーへと取り込まれる。
「キラキラしてる」
『うん。上手く取り込めたね。これは転移の石だよ。君のところの言葉で言うなら、世界の地図にアクセスする地図をダウンロードする媒体、って言えばわかるかな?』
「……うーん、多分?」
わかったようなわからなかったような。
『もう一度エクスカリバーを当ててごらん』
言われた通りにもう一度当てると、今度は10個の円がカクカクと曲がっている線で繋がっている模様が現れた。なんだか見たことのあるような、無いような。そんな変な図を眺めているとその内の二つは色が違う事に気が付いた。
一番上と右側の丸がくすんだ色になっている。
『一方通行だけど、一回ずつ違う地域に転移が出来る。それだけでも結構な時短だと思わないかい?』
「へぇー、一方通行か」
『そうそう。だから使いどころはちゃーんと見極めて使うと良いよ』
行き来できないのが不便だけど、この世界での長距離ワープは貴重だ。
「これもう使える?」
『残念ながら、その転移は条件があるんだ。外でしか使えない。だからこの迷宮を出ないとダメだね』
「なにそれ使えな…」
『何か言ったかい?』
「いーえなにも???」
危ない。盛大に口が滑った。
『それじゃあ僕は少し用事があるから…。あ!出口までのルートの地図は入れておいたから!!それじゃあまた後でね!!』
そう言い残し、マーリンガンは通信をぶつ切りした。
最後の焦り具合、もしかして何かの修羅場とやらに連絡してしまったんだろうか。
「話は終わったか?」
「ああうん。終わったよ。単体でワープ出来るようになった」
「出来てたじゃん?」とドルチェットが首をかしげた。
「あー、えーと。つまりこれは迷宮内では使えないけど、迷宮の外で使えるワープだってさ。ただし一方通行」
「外に一方通行も無くないか?」
クレイの意見には賛成ではあるけれど、多分こちらの知らないルールなどがあるんだろう。
「なんか道順が決められてるっぽい」
「変なの」というドルチェットに俺は「ねー」と同感した。
良くわからないけど、そういうシステムなら仕方がない。
こっちが駄々をこねて変わるものでも無さそうだ。
「そんじゃ、さっさと迷宮を出よう。マーリンガンさんの事だ。何か帰り道の地図とかくれたんだろ?」
「俺より信頼してるじゃん」
あるけどさ、と、鞄を探ればすぐに出てきた。
来た時と同じような地図だ。
早速開いて確認してみれば、今回はワープが二回しかない。
感覚的にまっすぐ上に上る為だけにワープするって感じだ。
「思ったよりも出口近いんだね」
「だな。じゃあいくか」
疲れも重なりだらだらと出発すると、何となく足りない気がして振り返る。
アスティベラードが羊羹観察をしていた。
危ない。置いていくところだ。
「アスティベラード!いくよー!」
「! うむ!」
呼び掛けるとこちらに気付いたアスティベラードがチビクロイノと共にやってきた。
さて、地上に戻るとしますか。