遅刻する食パン少女回避した
「…う? んん?」
そよそよとした風が髪を揺らしているのを感じる。
気温も先程よりも寒くない。
なんだ?と思い目を開けると一面の草むらが広がっていた。
「ん?」
脛までの高さの草が風に吹かれてさざめいている。
見上げれば夜空が広がっていて、一瞬洞窟内で光る鉱石の可能性も考えたが、雲が風に吹かれて流されているのを見て此処が迷宮内じゃないと理解するのはすぐだった。
いつの間に外なんかに出たんだろう。
首を捻りつつ思い出してみるが、外に出た記憶はない。
あるとするなら宙に浮いた変な球に触れた瞬間部屋がおかしな事になった事だけ。
その瞬間、一つの可能性が思い浮かんで青ざめた。
「……まさか、またワープしたとか…?」
二度目のワープ事故は本気で洒落になら無い。
一回のワープでとんでもない距離を移動するのだ。慌ててみんなの位置を確認しようとして──
「あれ?」
──スキルが発動できないことに気が付いた。
「え、なんで?」
なんで出来ないのか?
疑問に思ったのも束の間、更に大変な事に気が付いた。
「エクスカリバーどこ行った!!??」
さっきまで持っていた筈なのに何処にもない。
慌てて草むらを掻き分けて探しても何処にもなくて泣きそうになっていると、何やら話し声と足音が聞こえてきた。
「急げ!急げ!」
「ひぃーっ」
誰だと顔を上げる。
すると少年達二人が笑いながら遠くから走ってきていた。
俺はその少年達に違和感を覚えた。
その少年の一人が大きな望遠鏡を担いでいた。
本来なら何の違和感も無いだろう。
だけど、その道具と少年達の格好がどうもおかしい。
構造や見た目なんかの話じゃない。その望遠鏡はどう見たって“ここの世界の道具”には見えなかった。
むしろ俺の元いた世界に近い。
ワープでは無いのか?
「やっべ!もう星結構明るくなってる!」
「だから早く行こうって言ったのにぃー!」
「ごめんって!」
ほし?
そんなに明るい星があったかなと少年達が目指している方向の夜空を見上げると、一際明るい大きな星があった。
一等星の何倍もの大きくて明るくて、後方が虹色の靄かがっている不思議な星だ。
なんだろうあれ。
『 あれが全ての元凶だったらしい 』
「!」
聞き覚えのある声に振り返った。
そこには不思議空間で会ったことのある人物、勇者シャールフがいた。
「シャールフさん…」
相変わらず生気の無い目をしているが、シャールフは空の輝く星を見つめていた。
一体どういう意味なのかと訊ねようとした時、胸元を望遠鏡が通り抜けた。
「!?」
望遠鏡だけじゃない。
さっきの少年達もディラを通過し駆け抜けていった。
「え!?なに??」
『心配しなくて良い。所詮はただの記録だ』
「!」
初めてシャールフが“会話”してきて死ぬほどビックリした。
改めて見ると、シャールフは星から目を離し、しっかりとこちらを見ていた。
この前みたいなホログラムみたいなのではないのか?
風が強くなり、シャールフの髪を乱す。
その髪の間に見えた目には、なんとも言えない光が雇っていた。
『だから、これから起こることで君が傷を負うことはない。全て過去に起きたことなんだ』
だんだんと周囲が明るくなる。
やけに明るい方を見ると、先ほどの星が月よりも大きく膨れ上がり、轟音を立てながら迫ってきていた。
『目に焼き付けろ、これがこの世界の真実だ』
□□□
クレイside
クロイノに乗り先を急ぐ。
あの聖戦のせいでみんな疲れ果てていたから、クロイノが乗せてくれるとアスティベラードに言われて大喜びで好意に甘えた。
あんなに大変だったのにも関わらず、クロイノは元気のようだ。
そもそも疲れるのかも分からないが。
心配なのは一番後ろに座っているロエテムだ。
聖戦で動けなくなった負い目で、落ち込みすぎて黒い影を背負っているように見える。
後で慰めないと。
「後どのくらいか?」
アスティベラードに訊ねられて地図を確認した。
だいぶ急いだからあと三回のワープで最終地点まであと少しだ。
「後三回ほどワープで到着だな」
「そうか」
なぁ、なぁ、クレイとドルチェットが声をかけてきた。
「なぁー、ほんとに探しながら行かなくて良いのか?」
「ああ。オレがこの迷宮の地図を持ってて移動手段もあるし、あいつはオレ達の位置がわかるだろ?なら目的地に先についてじっとしていればアイツはオレ達を目印にして来れば良いだけだろ?そっちのが安全で確実だ」
「でも聖戦で迷ってたじゃねーか?」
う”っ、と言葉に詰まる。
確かに聖戦の迷宮では盛大に迷い、ジルハのお陰で辿り着けた。
もしディラのいうこちらの位置が分かっても、また迷ってしまったら元も子もない。
「……迷ってたらその時考えるよ」
幸いにもジルハもいるし、クロイノだっているんだ。
だけど、多分、大丈夫な気がする。なんでかわからないけど。
「む!」
「どうしたアスティベラード?」
「人の気配だ」
「やば!一旦停──」
す、と人影が角から出てきて、目が合った。
「うわっ!!」
「ぉわあ!!?」
互いに驚き飛びずさり距離をとる。
クロイノの反応速度が早すぎて掴む暇もなく吹っ飛ばされたが、何とか地面に転がり受け身をとった。
「大丈夫か?」
「……」
幸いにしてアスティベラードとノクターンはクロイノに騎乗したままだった。吹っ飛ばされないコツでもあるのだろう。
そういや出てきた人は大丈夫だったのかと確認すると、そこにいたのはディラだった。
「あ、あれ?ディラ?」
オレの言葉でエクスカリバーの構えを解いたディラがようやく気が付いたようで、ほけっとした表情をした。
「みんな…?あれ?なんで此処にいるの?」
「そりゃこっちの台詞だ」
何はともあれ合流できて良かった。
「おお!無事で良かった!」
アスティベラードがクロイノから降りてくる。
「いっててて…。あービックリした。心臓止まるかと思っただろ?」
「あんなに飛ばされるとは…」
飛ばされたドルチェットとジルハが戻ってきた。
そしてディラを見るなり「おおー!なんだよ探す手間が省けたぜ!」と大喜びしていた。
ディラも喜んでいたが、それにしてもなんだか顔色が悪い気がする。
そういえばモンスターに囲まれてたとか言ってたな。
それのせいだろうか?
「おい、大丈夫か?」
「え?ああうん。ちょっと色々あって疲れちゃって。…いてて」
ディラが脇腹を擦った。
それをみてアスティベラードが「怪我したのか!?」と詰め寄るが、ディラは、いやいや、と首を横に振った。
「違う違う。ノクターンに回復して貰ったところがちょっと開いちゃって」
「え…」
ノクターンが青ざめる。
「ノクターン!早く回復を!」
「いいよ、いいよ。ノクターンだってまだ疲れているのに」
「…すみません…」
ノクターンがシュンと申し訳なさげに縮こまった。
オレも何かそういう類いのスキルがあれば良いんだが、残念なことにあるのは【薬毒】のスキルのみだ。
ジルハがやってきた。
「とりあえず合流できて良かったですね」
「だな。あとは目的地へ辿り着くだけだ」
軽く言葉を交わし合った後、クロイノへとアスティベラードが騎乗した。
「ほれ早く乗るが良い。かっ飛ばして行くぞ」