バッドニュースとグッドニュース
鼻息荒くやって来たガンウッドが俺に向かって手を伸ばしてくる。
目は血走ってるし、青筋も立っている所を見るや話は通じなさそうだ。というか、話が通じないのはいつもの事ではあるけども。
溜め息を吐きつつ、そろそろ反撃しても良いかなと、ガンウッドの死角で矢を生成した。
しかし、ガンウッドの伸ばされた手をクレイの盾が遮った。
流血を拭ったような跡があるものの、取り敢えず気が付いた事にホッとした。
ガンウッドを俺から全力ガードしながらクレイが言う。
「なんだこの大男は…、いつ現れた」
「実はずっと居たみたいだよ」
「は?」
まぁ、誰もあの丸太がこいつだなんて思いもしないだろう。
「ディラの言う通りだ。こやつ、そこらに転がっていた丸太だったようでな、丸太が人になったのはさすがに驚いた」
言いながら、クロイノに跨がったアスティベラートとノクターンがガンウッドの背後に着いた。
そしてガンウッドに狙いを定めていつでも剣を奮えるようにしている気配のドルチェットと、人間に戻っているジルハが横に着く。
「特になにもしてなかった奴が自分等の仲間に突然なにしてんだアア?」
「今回はドルチェットに同意ですね」
ここでようやくガンウッドは今までのようにいかないことに気が付いたのか不機嫌そうな顔になって、俺を睨み付けてきた。
「ガンウッド…」
クレイを退けるように功太がガンウッドの前に立った。
功太がクレイを退けたことにガンウッドが嬉しそうな表情に変わる。
「勇者様!やはりあなた様は私のみか──」
ガンウッドが言い切る前に、何故か功太が力一杯ガンウッドを殴り飛ばした。
ゴロゴロ転がり止まったところで、ガンウッドは何が起こったのか分からないという風に呆けた顔で功太を見上げた。
功太の仲間も何が起こったのか分からず呆然としている。
ちなみに俺もこんなこと功太がするなんて思ってもみなかったから驚いていた。
驚き通り越して、ちょっと心配になっていた。
そんな俺の心境を他所に、ふー、と満足したように息を吐いた功太がこっちを向く。
自分は殴られる訳がないと分かってはいるけど、先程の光景を見ていたからか地味に怖かった。
だけど功太は俺に向かって謝罪してきた。
「毎回すまないな」
「いや、いいけどさ…」
良くはないけど、今はこれしか言えない。
生成した矢をこっそり消して、今一度しっかりと功太を見た。
やっぱり気のせいじゃなかった。
ここに来て功太の顔付きというか、気配が少し変わっている。
はじめは呪いで何か体調が悪いからだと思っていたんだけど、多分これはそうじゃない。
何かあったのか。
この世界に来る前はよく俺に相談事をしてきた奴だったから恐る恐る訊ねてみた。
「ねぇ、なんかあった?悩み事とかさ…」
それに功太はこちらを見ずに答える。
「別に…。今までのようにしてたら駄目だって気付いただけだ」
そう言うと、功太は何故か俺の仲間を見た。
「いい仲間だな…」
なんで突然そう言ったのか分からなかったけど、空気が重いから冗談めかして「良いだろう?」と言おうとした瞬間、上からパチパチと拍手が響いてきた。
クリフォトだ。
『ふーん、やるではないか』
クリフォトはゆっくり下降していき、地面に降り立った。扇子を口元に当てて笑っている。
『あと少しで全滅であったのに、残念…。まさかあそこで反撃してくるなんて思わなかったぞ。運が良いな』
ざんねんという割には残念そうな顔をしていない。
逆に楽しそうに笑っていた。
「へぇー。悔しい?」
『ふふ、いーえ』
クリフォトはパチンと扇子を閉じた。
『でも、今回の聖戦はとっても勉強になった、良くも悪くも、な』
「?」
一瞬クリフォトの視線が明後日の方向へと向いた。
なんだとクリフォトと同じ方向を見ても何もない。
あるのは戦闘で傷付いた壁のみ。
『それにしても、素材にした魔女の死体も、まぁ、役には立ったけど大したことなかった』
突然のクリフォトのその言葉がうまく聞き取れなかった。
え、なに?死体とか言った?
『次はもっと強くて面白いの連れてきてやる。それではな』
そう言い残し、クリフォトは煙のように消えた。
静かになった空間には泉から湧き出る水の音が聞こえるのみ。
もう少ししたら強制転送されるだろう。
それまでガンウッドがあのまま静かでいてくれるのが一番良いんだけど、と、ガンウッドを見ると、まだ尻餅を着いた姿勢で固まっていた。
その後ろでも功太の仲間も功太にビビっているのか忍者すら俺に喧嘩を売ってこない。
よかった。そのまま大人しくしててくれ。
功太が「なぁ、朝陽」と話し掛けてきた。
「お前にひとつだけ忠告しておく」
「ん?」
なんだろうか。
功太は凄く真剣な顔だった。
なんだか嫌な予感がした。良いニュースと悪いニュースの悪い方だけ告げられる。そんな予感だ。
「国は、というか、多分世界中の上の人間ほとんどの奴らがお前の持っているその神具を狙っている」
功太がエクスカリバーを指差す。
「僕達にもその武器の回収が命じられているけど、ソレはお前を選んだんだって理解しているから僕は従わない」
「功太…」
そんな事を命じられていたのか。
なのに、功太はそんな命令なんかよりも俺を優先してくれている。なんて良い奴なんだ。元々良い奴だけど、ここまで良い奴だったなんて。
俺が心底感動している中、功太の仲間は聞いてなかったらしく、とても驚いた顔をして功太を見ていた。
いつもなら此処でガンウッドやルカが功太の言葉を遮って強行してくるんだけど、言葉の一つも発しないのは今の功太とても恐いから口を挟めないんだろうな。
ていうか、功太の話は本当なんだろうな。
功太の仲間達の顔を見ていれば流石にわかる。
「でも気をつけて。あいつらはどんな手を使っても君から奪おうとするだろうから」
「うん。忠告ありがとう」
ふ、と小さく功太が笑む。
その瞬間だけ前の功太の顔に戻った気がした。
「それじゃあ、またな」
功太が洞窟の出入り口の方へと歩き出す。それを追って功太の仲間達が慌てて駆け出していった。ガンウッドも「お、お待ちください勇者さまぁー…!」と情けない声を出しながら追い掛けていった。
嵐が去った気分だ。
緊張が解けて息を吐くと、再びじわじわ痛み出した。
あ、やばい。立つのも辛いくらい痛い。
「ディラ、大丈夫か?」
訊ねてきたクレイに無理無理と首を振ると、ノクターンが慌てて治療魔法で癒してくれた。
疲れはともかく痛みが無くなったのは嬉しい。
「さて、あとは転送を待つだけだけど…。またはぐれるのか…」
「あっ!」
クレイの言葉で思い出した。
俺、絶体絶命状態だった。
「あああああのさノクターン!!!疲れている所悪いんだけど、俺にありったけの補助魔法掛けてくれない??」
「ああ?どうしたんだよ急によ」
「俺、今全方向からモンスターの襲撃受けてて、絶体絶命なんだよぉぉ…っ!」
ドルチェットがマジかよという顔をした。
マジだよ。
ノクターンが魔法掛けてくれている間、俺も即座に対応できるように大量のスキルを使って攻撃力をガン上げした。
迷宮が崩れるかもなんて心配なんて止めた。
今回の聖戦で迷宮が崩れなかったんだから大丈夫だろう。
そうこうしている内に景色が白んでくる。
そろそろか。
エクスカリバーを構え、全方向に弓矢生成で矢を配置した。これで安心だ。
「じゃあ、みんなまた後で──」
言いきる前に視界が切り替わった。