不憫な丸太過ぎて同情した
ゾワリとした悪寒が背筋を掛け登る。まるで背中に氷でも入れられたかのような感覚だ。
その時、ドルチェットに「おい!」と呼び掛けられて、俺は我に返った。
「あれお前のダチじゃねーか?」
ドルチェットの示す方向に見慣れた容姿の人物が、今まさに【斬撃砲】のスキルを放とうとしていた。
見間違えるはずもない。あれは功太だ。
功太の剣の軌道がまるでレーザービームのように伸び、ボスと思わしき存在へと向かっていく。
あれにどう対処するのか。
行動パターンを把握するために見ていると、その人物は手に持っている杖の底を地面に打ち付ける。すると地鳴りと共に氷のゴーレムが三体水から生成され、盾となった。
功太のスキルを受けきったゴーレムは粉々に砕け水に沈み、残った二体のうちの一体がもう一体のゴーレムを持ち上げて功太へ向かって投げ付けた。
咄嗟に受け流そうとしたようだが、ゴーレムは予想に反して地面にぶつかった瞬間に粉々に砕けて水に還り、すぐさま形を変えて再凍結し、功太に地面から生える鋭いトゲとなった襲い掛かった。
剣を盾にした功太が吹っ飛ばされたのを見てハラハラしていると、頭上から「おやおや」と女の声が降ってきた。
ふわりと綿毛のように地面に着地し、その女は顔を上げてにたりと笑う。
クリフォトだ。
『ずいぶんと遅かったな。今回は参加されないのかと思ったぞ。胸を貫かれて、怖じ気づいたのかと思ったが…。ふふ、そこまでひ弱でないようだ』
「屁でもありませんでしたーー!!」
『まぁ、下品な言葉』
俺の必死の反論にクリフォトは嫌な笑みを浮かべている。
もしや若干トラウマになり掛けたのを見通したのか。嫌な奴だ。
『ふふふ、とはいえ既に聖戦は始まっておる。参加されるというのなら、最低限の情報だけは教えてあげよう』
クリフォトが生成されたゴーレムに乗る女を示す。
『あれの名はドァムングン。聖戦の第二使徒。さぁ、やることは勿論分かっているな?』
確認するまでも無いだろうと言いたげだ。
『では、存分に楽しめ』
クリフォトはクスクス笑いながら浮かび上がり、天井付近で消えた。
見えないけど、どっかしらから見てるんだろう。
「あいかわらず胸糞わりー女だな」
ドルチェットの意見に完全に同意である。
「それよりもお前のダチは大丈夫か?」
「勢いよく瓦礫に突っ込んだが」
クレイとアスティベラードに言われて思い出した。
そうだったと慌てて功太の吹っ飛ばされた方向を見ると、功太が下敷きにされた瓦礫を押し退けて出てきている所だった。
怪我はしているけれど、重傷まではいっていないように見える。
保護系の魔法具でも身に付けているのか。
「コータ!!」
一応状況共有をして貰おうと功太に駆け寄ろうとすると、女性の声が功太の事を呼びながら近付いてきた。
あの忍者かと思ってそっちを見ると、全然違う長身の女性だった。更にその後ろからはウサギような耳の生えた女の子が付いてくる。
知らない人達だった。忍者と大男はクビになったのか?
そう思ってると、背後から突然の殺気を当てられる。
いや、居るな。
とても残念だと思いながら、反撃するために即座に振り返ると、すぐ後ろに居たクレイが盾でクナイを弾きあげていた。
盾の向こう側で、知ってる顔が鬼の形相をしていた。
あ、忍者の人だ。名前は忘れたがクビになってなかったのか。
きっと俺への攻撃が易々と妨害されたのに腹が立ったのだろう。
俺は思わず舌打ちをすると、向こうも同じように舌打ちした。
やっぱり嫌いだわマジで。
とするなら大男もどっかにいるのかと探す。
マーカーを付けてなかったからわからないから目視で探すけど見付からない。
きっとクビにされたんだと思うことにした。
「…朝陽!」
功太が俺を呼ぶ。
向こうもこっちに気が付いてやってきた。
「功太!元気だっ…なんか顔色悪いけど大丈夫?」
怪我のせいもあるだろうけど、明らかに具合が悪そうだ
額を切ったせいで顔面が赤く染まっているけど、目元にうっすら隈がある。
向こうで徹夜でブリオンしてた時だってこんなにはなっていなかった。
本気で心配していると、功太が大丈夫だと笑う。笑っているが、あまりにも不自然だった。
「……大丈夫。ちょっと呪いがキツくて」
「あー、そっちもなのか」
確かに俺達以外も呪いを貰ってないとは限らなかった。ならしかたないのだと思うことにした。
挨拶もそこそこに、とりあえず簡潔に状況共有を求める。
「今どんな状況なん?」
とにかくも敵の情報が欲しい。
なのに突然妨害が入った。
「ちょっと!なに気安くコータに話し掛けてるのよ!このモヤシ男!」
「そ、そうよ!ダレよ!」
いきなり女とウサギ耳が俺に向かって怒鳴り付けてきた。
何で俺はいつも功太のパーティーの人に初対面から嫌われるんだろうか。
「……ねぇ、アリマ、ラピス…」
あまりにも冷たい声音に、初めそれが功太の声だとは思わなかった。驚いた。
「僕は今友達と話しているの分からない?」
女性がびくりと肩を震わせ、ウサギ耳の子も怯えて女性の後ろへと隠れた。
「あ、その…、ごめん」
「ごめんなサイ…」
次いで、功太は忍者の人へと視線を向けた。
「ルカも、この前にちゃんと教えたよね?この人は攻撃しちゃ駄目だって。聞いてなかったの?」
「……」
忍者の人、ルカも気まずそうに黙りこんでしまった。
功太が珍しく怒っているのに驚いた。
というか、こんな怒りかたしてるの始めて見た。
普段はどんなに怒ってても何だがふにゃふにゃしているのに、まるで別人のようだ。
え、恐いんだけど。
「うちのがごめん。で、あれの攻撃方法なんだけど」
「あ、うん」
切り替えが早すぎて怖い。
ちょっと会わない間にこんなに変わるもんなのか。
あ、呪いのせいか?なんの呪いか知らないけど、呪い怖い。
内心ビビっていたが、功太は完全にボス攻略へと意識を切り替え、簡潔にアレの説明をして貰った。
判明している攻撃方法は、湖から大量のゴーストを召喚すること。
爆発して周辺を凍結させる氷のネズミを使役すること。
攻撃や防御は基本あのゴーレムを使っているということだ。
特徴からいって魔術師みたいな感じかなと思った。
本体は攻撃してくることはないが、定期的に氷のスケルトンも召喚してきてとても厄介らしい。
「アレが呪いをばら蒔いていてな、呪いが発動した後でも、別の呪いが付与される。
しかもそれは初めの呪いの時間の半分しかカウントがない。呪いもランダムみたいで、運が悪ければ奴のように最悪なことになる」
と、後ろを指される。
何だろうかと見てみると、其処には丸太が一つ転がっていた。
その丸太は何故か鎧の飾りつけをされていた用途不明過ぎて思考が追い付かない。そこでようやく丸太の鎧に見覚えがあるのを思い出した。
……まさか??
「マジ?」
「マジだよ。でもお前が来てくれたのなら安心だ。さっさと倒そう」
大嫌いだが、丸太の呪いには心底同情してしまったのだった。