5.焼き尽くす南魚座の輝き
「兄さん、これが兄さんの結論なのか?」
それらはさっきの爆発の熱によってほとんどが死んだ。しかし、結局はモデル魔術の爆発、骨まで溶かし切る熱を発することはできない。ここには異形の人骨が残った。骨の数がランダムであり、背骨から腕や足が生えたり背骨から背骨がが生えたりしている。だがそれらで唯一共通しているものがあった。それらには下顎が無かったのだ。
「こいつらは私と彼の血を啜ってこの形を選択した。だとすればこれは...」
彼女は恐ろしい想像をし、吐き気を催した。だってそれはとても許されないことなのだから。
「いや、一概にそうでは無いかも知れない。こいつらは元々自分で情報を持って居て、君と兄さんの血をエネルギーにしてこの形に成ったのかも知れない。現に蚊だってそうだろう?」
彼の考察が間違いであることは二人とも気付いている。
また彼は彼女にせめてものの慰めをしながら別のことを考えて居た。
これらの姿から導き出される考察が二つあるのだ。一つはそれらは兄さんと彼女の情報、そしてそれらが最初から持っていた情報が混ざり合った情報を持つのか、それとも実の兄や自分に龍の血が流れているのではないかという考察だ。
「魔人の血というのは知って居たが、まさか龍とはな。」
兄さんに龍の血があると聞くと納得する部分もある。兄さんはなんだが、複数人が一つになったように感じるのだ。兄さんの思考や感情には昔から一貫性というものが無かった。
「...戦ってて思ったんだけどさ、あなたのお兄さん、あれ本気で戦ってるの?流れの容量の割に速さと排出量が平凡だった。」
「車のエンジンだけでその車の性能が決まる訳じゃ無いからね。」
「そうだけど、そうじゃ無い。彼は全てにおいて隠している気がする。」
「兄さんは命に危機迫る状況で隠し事できるほど肝の据わった人じゃ無いよ。」
「それに兄さんの魔術の、その本質は星振に左右されるからね。」
流れにも人それぞれ特性があるように、魔術にも本質という特性がある。これは得意な系統の魔術を決めるものであり、最初に覚えた魔術によって変わるものである。例えば最初に覚えた魔術が火系統なら火の魔術が得意で水の魔術が苦手になる。魔術を組み立てる上での土台はいつだって最初に覚えた魔術なのだから、こうなるのも不思議ではない。
「そんな話聞いたことない。」
「俺もだよ。だって魔術に星振は関係無いからね。」
彼は顎に手を当てて実の兄の魔術について考えた。しかし、それは無駄である。全ての現象を理論で理解できるという驕りを限り、この現象を理解することはできないし、そもそも理解できたとて人の頭蓋では溢れてしまう。
「ルル、何か来る。」
そう言った時にはすでに身体は熱さを感じていた。
「熱つ...うわ!」
二人の目の前に前触れもなくそれが現れてた。
それは六肢であり、そのうち一対は翼であり、その翼は蝙蝠の構造をしていながら、鳥類のように羽毛を持っていた。尻尾は九尾のようであり、またイカのようでもある。また頭はナメクジのようであり、そこには9つの瞳海があった。そして何より、その生物は燃えていた。
「龍!?実在したんだ...」
フォーマルアウトの玉座、あなたには発生器官がないし、人間には不滅の心臓が無い。だからあなたの言葉届かない。
「祈ってる...?」
その龍は天に祈りを捧げる。だが、単一生命体であるあなたはそれが成す意味を理解していない。なぜあなたは人真似をする?あなたはあの悍ましい者どもを憂いているのか?その必要はどこにある?
「ルル!こっちに!」
地が焼け、川は煮え立ち、壊れかけのシャールカの離宮は歪な形に変形した。まるで周辺の世界が一つの火の玉に閉じ込められたようだ。
「ネクロ書第二章第三節(絶対非干渉領域)」
彼の唱えるそれは神代の魔術であり、原則を打ち破るものだ。自分を中心とした半径1mの領域において向かいくる流れと反対の流れを与え消失させる。いわばそれは神の技であり、それは人の技ではない。だが、最も驚きなのは原理は違えどこれと同じような魔術を人が創り出したという点だ。
夜の太陽、熱滅爆弾に似た全てを破壊する致命的な熱の中で彼らはそれを耐え忍ぶ。
フォーマルアウトの玉座は南の魚座の輝きであり、それが地上に降りたったならば、世界は火球の一部となる。しかし、南の魚座はその時ではない。星振が整っていないのだ。
「なに!?この熱...」
故に、フォーマルアウトの玉座の炎はただの火の粉に過ぎず、またそれに耐える身体でもない。焼き爛れる星の落とし水子、旧友はとても上手な表現をした。それは輝く都度に己が肉を溶かしていくのだから。
夜を夕焼けにして地を赤い海とした時、それは飛翔する。自らの後ろ脚の一部を爆破し、それを推進剤としてそれは夜空を駆ける。
天の川を横切る夕焼けはまるで戦艦の砲弾のようであり、流星のような優雅さは感じれない。そしてこれは、この静寂たる暗黒に響く警鐘である。一つの時代が終わりを告げているのだ。
しかし、あなたの時代は決して訪れない。蒙昧白痴全知全能たる混沌の王は、戯れにその一部を小さな人の身に注いだのだ。
さて、そろそろ魔術が溶けるときだ。
「うっ...はぁ...」
彼は心臓を抑えて苦しんだ。神代の魔術を再現したのだから負荷は相当なものである。
地は黒く染まり、朝焼けが彼らを焼く。もはやシャールカの離宮は形すら無かった。またプラニン城は酷く炎上しており、プラニンという都市自体が半壊したと言っていい。
「大丈夫?」
彼女は心臓を抑える彼を抱擁しながら、半壊したこの都市を見ていた。
「仮とは言え首都が...」
「...致命的だけど、軽傷だよ。プラニンはあくまで文化の中心地、政治の中心はベリンだ。」
「でも政治は人でしょ?人が死んだら...」
「兄さんを舐めるなよ、ルル。兄さんは人による人の奇跡(絶対平衡術式)を理解している。」
「あれは荒削りな机上の空論のはず。独自に理論を現実に落とし込む術を編み出さないと。」
「兄さんは手先が器用だって話だよ。」
頭の中で彼の兄ついての情報をまとめる。馬鹿げた容量とそれに比べて平凡な速さと排出量、一度見た魔術を即座に再現する優れた眼と魔術に対する理解度、天体モデル魔術を独自に戦闘用に改良、悍ましい魔術、人格の乖離。
不安定な人間が力を持ちすぎるというのは恐ろしいものだな。
「...彼なら或いは、いいや、流石に有り得ないか?」
彼女はローマニアにとっての免疫機能でしかないが、それ以前に魔術師だ。彼女はカラベラス・アンサングという男を知り、魔術師としての思考をしたのだ。
「光芒を得ようだなんて、そんな大層なこと考えてないと思うよ。」
「はぁ...はぁ...」
人による人の奇跡、完成された論理による天秤の釣り合い。それには理解し計算し再現する必要がある。
「...君、凄いね。」
あの術式はべらぼうに容量の消費する。だから普通であれば一瞬でも限界に達するのに、彼は30秒近くもそれを展開できだ。だが、彼女が彼について注視していたのはそこでは無い。
流れを体内に封ずるための器、普通一つしかない器が複数個あるように感じる。燃料タンクの容量を増やせば確かに稼働時間は長くなる。だからと言って、燃料タンクを何個も並列して設置するのは非効率的じゃないか。
「あぁ、そうだ。サーベル、すまない。壊してしまった。」
「...別にいいよ。それよりもさ、さっきの火、あれなに?」
「普通に考えれば隕石だとかの現象だけど、違うな...」
さっきの現象は爆発という括りには入らない。あれは燃焼という括りだ。あらゆる物質という物質が燃えていたのである。
「あれはネクロ書の玉座、火炎焱燚、火龍フォーマルアウトだ。」
あらゆる魔術を記したネクロ書、そのネクロ書に記された生物、龍。それは実在する。その証拠として化石だってあるのだ。
「...ネクロ書読めたの?」
火龍フォーマルアウトの化石を研究するにつれ末あり得ない事実が浮き彫りになった。それは頭蓋骨が4つ発見されたにも関わらず、化石が全て同一個体のものである、という事実である。
「そんなことをどうでもいい。被害を教えてくれ!」
ネクロ・ヴィーナスによるネクロ書、それは神代の魔術や龍について記した書物であり、読んだ者は狂死すると言われている。その昔、古の教会の魔術は各国から死刑囚を募りその写しを取らせた。そしてその写しは5つに分たれて国家機密として各国に保管されている。
「ちょうど確認が終わったところです。まぁ、凡そ半分が火の中ってとこでしょう。が、半分は助かりました。つまり、あなたのおかげでギリギリローマニアとしての政府機能は保たれたと言うところです。」
「そうか、じゃあよかった。俺はちょっと、寝たいかな。」
彼はそのまま地面に倒れ込んだ。
「本当、彼とはよく話しますね。」
「...話す必要があるの。」
倒れ込んだ彼を見て彼女はそう言った。なぜ彼が倒れ込んだのが。彼の容量であれば倒れ込むわけがない。
基本的に排出量は容量に比例する。にも関わらず彼が倒れ込んだのは彼の肉体が許容できる排出量を超えたからだろう。彼の器が一つならばこんなことはならなかった。器が複数なのに、中身を排出する口は一つ。有り得ないし、非合理的で美しくない。
「魔術師としての貴方が出たのですね。」
「...ネクロ書を読めた人を見たのは初めてだったから。もしかしたら、或いは...」
「金星を越えれると?」
「...その可能性があるってだけかな。だってネクロ書を読めるってことは、ネクロ・ヴィーナスと並べる素質があるってことでしょ?」
「なるほど。カラベラス君ならば水星に至れるかもしれませんね。」
「...希望的観測に過ぎないと思うよ。あのナフル・ニール・マーキュリーですら水星には至れず、その光芒を浴びただけなのだから。」
旧友ナフルには鍵が無かった。彼は不滅の心臓の意味を理解できなかったのだ。だから、水星の光芒を浴びることしかできなかったのである。
「リオニ、いやマイケル委員長が聞いたら妬きそうな話ですね。」
「...うん。」
彼女は彼を担ぎ上げた。まるで彼が米俵のようである。
「もっとこう、丁寧に運べないんですか?一応私の先輩なんですよ、彼。」
「...男だしいい。それに先輩と言ってもうちと同い年だよ。」
「まぁ、それもそうですけど...だとしても...」
「...カラベラス君はそれが嫌で名前を捨てたんだと思うんだけど。」
931年1月20日 午前0時30分29秒 アルビオン連合王国 エディン
なぜだ?副王も王も、そして混沌も居る。
久しぶりですね、フォーマルアウト玉座。
副王、お前か?おれを呼んだのは。
931年 1月20日 午前0時32分45秒 アルビオン連合王国 エディン 焼失
931年1月20日 午前0時36分51秒 ルーシー連邦 ジュガシヴィリグラード
いいえ、おそらく、我が主が無意識下のうちにあなたを呼んだのでしょう。
迷惑なことをしてくれる。戯れで生物に一部を宿す、それは別にいいが、用もなくおれを呼びつけるとはな。
その怒りの矛先は混沌にでも向けてくださいな。王が法則、ルールでしかないことはあなたも理解しているでしょうに。
931年1月20日 午前0時37分31秒 ルーシー連邦 ジュガシヴィリグラード 焼失
931年1月20日 午前0時49分5秒 アメリア合衆国 フランシスコ
931年1月20日 午前0時49分49秒 アメリア合衆国 フランシスコ 焼失
931年1月20日 午前0時55分22秒 大和国 駿府県
931年1月20日 午前0時56分22秒 大和国 駿府県 焼失
931年1月20日 午前1時0分57秒 ローマニアアフリア領 ニサヤ湖
931年1月20日 午前1時3分50秒 ローマニアアフリア領 ニサヤ湖 蒸発
931年1月20日 午前1時5分57秒 ローマニア帝国 ハノーヴァー