4.シャールカの庭園
シャールカの離宮が燃えている。しかし、その会場にいるほとんどがその程度で終わらないことを知って居た。なぜならシャールカは火炙りにされて死んだのではなく、車裂きにされて死んだのだから。
「死にたくない奴は手を頭に乗せて口を開けて伏せろ!!」
彼はここ数年で一番大きな声を出した。彼の瞳海が魔術の起りを見たのである。
「ユラ。」
上着を脱いで彼女に被せて自分はその上に覆い被さった。
「めちゃくちゃやってくれたな!」
一瞬、今度は煙と反対側の方から輝きが溢れ、そして熱と高温と爆風が響き渡る。それはここにあるあらゆる価値あるものを一瞬で砕き抱いて無価値する。硝子は無数の破片となり、シャンデリアと蝋燭は地に堕ちる。
「槍頭を砕く音」
彼は後ろから飛んでくる小型の矢の先端を砕き、軌道を曲げた。矢は地面に突き刺さることなく転がった。
「吹き矢ですね。後ろにも注意を払いましょう。」
俺はルートヴィッヒの側についてもつかなくて地獄だとは考えて居たが、こっちの方が貧乏籤だとは思いもしなかった。
「...どっちの選択もゴミなら自分で選んだゴミにしたが...ナンセンスだな。」
「えぇ、ナンセンスですね、先輩。」
「まったくだ。」
さて、ここで取れる行動は2つだ。一つは他の客やこいつらと一緒に逃げること。そしてもう一つは窓から飛び降りて俺だけ逃げること。
「アナベル、皆さんはあなたに任せます。私はカラベラス・アンサングと共に窓から飛び降りますので。」
「待て!わざわざ罠に掛に行くような物だぞ。」
「それでもどうせ先輩行くでしょ。とれらなば私が居た方がいいはずです。」
「死線だぞ。」
「ならば共に潜り抜けるのがいいでしょう。」
「デュエットだ、行こうか。」
「...待って、カラベラス。」
小さな声でアナベルは彼を呼び止めた。
「...これ持ってて。」
さっき使用した剣である。
「いいのか?」
「...うん。儀式用だからあんまり強い物ではないけど、ないよりかはマシだと思うから。」
儀式用の剣といっても、これは普通のやつではない。刀身が薄いのだ。これなら使い用によっては役に立つ。
「そうか、感謝する。」
彼らは窓に向かって駆け、それを突き破る。
「気に入られましたね先輩。」
「あれ気に入られてる判定なのか?」
「彼女が私とヘレンケレナ以外に口を開くことは基本的にないので。」
空中を跳躍中、真下から多数の槍が現れる。
「瓶詰めの小宇宙
槍を形作る流れが崩れ、周辺の流れが彼の掌の中に凝縮されていく。
着地すると同時に無数の塊が正面から飛来する。
「子供部屋の太陽」
凝縮されたその光は大きく赤く眩しい球となり、飛来する塊の全てを受け入れる。
奥に人が二人。そのうち一人はベネチアマスクをつけている。
「あれはルルカルル・ジョンドゥですね。」
「意外に恥ずかしがり屋なんだな。」
だが俺はそんな奇抜なやつよりも奥にいるもう一人に気を取られて居た。
「よぉ、兄さん。」
「...なるほどね。ルートヴィッヒが俺を囲いたがる理由が理解できたよ。」
「そうなんですよ。あなたがきちんと処理しないからめんどくさいことになったんです。」
簡単に言う。あれは俺と同じ血だぞ、そう簡単に死ぬものか。
「兄さん、Y.S.を渡して継承戦争から降りてくれ。」
「後者の件のみで尚且つ、俺と俺の友人をルートヴィッヒから保護してくれるという条件であればそれは飲んでやらんこともない。」
「んじゃ交渉決裂だね。」
「んー、もう殺すかねぇみたいだな。」
地面が割れ、そこからさっきの星が現れる。
「眩しいですね。」
「あぁ、俺は左で戦う。お前は右で。」
彼は左に向かって駆け出した。
「覚えてるだろう?この剣。」
彼の振るったサーベルは刀身が金色のロングソードが鍔迫り合いをする。
「サング、お前よくそんな骨董品を見つけたな。」
サーベルの方が不利だとすぐに判断し、彼は斜め後ろに跳躍して鍔迫り合いを解いた。
「勇者の剣、俺たちの親父の剣。でも知ってるか?」
「一度も使わなかったんだろ?」
「あぁ。よく知ってるな。」
その剣の周りに空気が集まり始め、甲高いドリルのような音が響く。
「なんで父さんがこれを使わなかったのか。自分で使ってみてよくわかった。」
肉を抉り骨を削り命を断つ剣。それが勇者の剣という、対魔物に特化した武器の正体だ。鋭く強い流れが複雑に作用し、その剣の周り全部がチェンソーのようになっている。
「これは、あまりにも五月蝿すぎる、だろ?」
「もちろん。今にも耳が壊れそうだよ。」
五月蝿い剣の飛び袈裟斬り、刀身の長さよりも大きく後ろに飛んで回避する。彼の予想通り、見かけの刀身よりも実質的な刀身は長い。吸い込まれ、そして吐き出される空気そのものが刃となっているのだ。
「玩具の太陽」
彼らの間にサッカーボールくらいの太陽が現れる。
「衝!」
振り向きながらそう唱える。するとサングの身体は強力な力で彼に背を向ける位置まで引っ張られた。
「彗星」
しかし、サングはそれを予期して居た。後ろに剣を振りながら、姿勢を傾かせてそれを回避する。
「こいつ!合!」
再びサングは強力な力で引っ張られ、元の位置より少し後ろ下がった位置に移動させられた。
「これは兄さんの弱点だ。」
「どうかな?衝。」
またさっきの位置に移動した。しかし、当然サングはもう後ろを取られることはなかった。
「だから...」
さっきの彗星が再び飛来し、サングの右頬を掠めて傷をつける。
「ばーか、何が弱点だ。」
「目に目を、歯には歯を」
不可視の斬撃が彼の頬を通り抜けようとするが、彼はそれに反対の流れをぶつけて無力化する。
「それはあまりに有名な魔術だ。よほどの事がない限り食らうことはないだろう。」
「ばーか、それはブラフに決まってるじゃん。」
「は?」
彼は自分の左脚の違和感に今更気付いた。魔術の鎖がついている。
「瞳海を持って居ても、左脚の意識は弱いんだな。」
だがその起こりをすら感知させない魔術ならば、それ相応の効力しか起こし得ないだろう。
「クソ!」
しかし、それは彼にとって致命傷なり得る一撃だ。その程度の効力であっても、この一撃の間合いから逃れることを不可能にするには十分だったのだ。
「死ぬものか!」
上段で振り下ろされた勇者の剣の流れを観察し、サーベルにそれと反対の流れを纏わせて、無理にでもそれで防ぐ。
「生き汚いな!」
それはぶつかると同時にサーベルは砕け、勇者の剣は弾かれる。
「やっぱり目は良いね。」
センチ単位となる距離に詰めてから放たれる逆袈裟斬り、彼では回避は不可能だ。
「東矩、外合。」
太陽として見立てる星をサッカーボールから左右を隔てる星に変えた。この魔術は自身以外の物体及び生物を、見たての太陽を中心として反時計回りに移動させる魔術だ。
「女物の香水?」
つまりルルカルル・ジョンドゥがカラベラスと、サングがアルバートと相対することになった。
「ドラゴンの紋章か。」
竜ではなく龍。龍という生き物はあらゆる生き物の複合だ。つまり、完全性の象徴である。
「...砕き弾く色付与追従収束重厚」
彼はそれを見た事が無かった。それが彼の弱点である。彼は生まれながらして強かったが、強すぎる訳ではなかった。故に彼は馬鹿げた容量に任せた力押ししか知らないのである。基本だけで勝ててしまから、応用を学べなかったのだ。
「玩具のオリオン・イプシロン」
その青い星の大きさは一つの家ほどの大きさであり、その前ではルルカルル・ジョンドゥの放つ魔術など焼け石に水に過ぎなかった。
「どちらかといえばジェーンドゥじゃないのか?」
星に照らされた首元に注視しながら彼は言った。
「だから何か?」
「いや、女性に手を挙げるのは苦手でね。」
「じゃあ、手加減して貰おうかな。」
彼女は詰んでいる。なぜなら星があるからだ。流れはより質量の多い流れに向かっていく。つまり魔術を目的の場所に命中させるのには二つの星の引力を考慮する必要があるのだ。彼はこれに慣れているが、彼女はこれに慣れて居ない。そして彼と彼女の量のみを比べた時、明らかに彼が優れている。詰みである。
「砕き弾く色付与追従収束重厚」
そして彼の目は流れを見る。それによって原理を理解しているものであれば、一度見ただけで再現ができるのだ。
その破片はルルカルル・ジョンドゥの心臓を目掛けて飛んでゆく。
「六角の盾」
全面に六角形が現れる。その六角形は迫り来る破片を全て防ぎ切った。
当然だ。六角形とは自然的で合理的で安定的な図形である。
しかし、拡散するうちの一つがスイングバイによって六角形を避けて彼女の首元の皮を抉る。
「量はこちらが圧倒している。故に、君は詰んでいるのだ。」
「勘違いするなよ、ここがお前の墓場だ。」
「そうかな?」
彼は一歩ずつ彼女に歩み寄り、二人の距離が1mになるところで停止した。
「左目を瞑ってみろ。」
「ん?いいけど...」
その時、彼女が置いてた魔術が起動する。その魔術は彼の顔面から23cmから離れた地点、ちょうどマリオット盲点となる部分だ。本来、それは認識できないはずであるが、彼はそれを認識した。
「瞳海は視細胞が前を向いているとは聞いて居たが、まさか本当だとは。」
「あぁ、これは人の目よりも、イカの目に近い。」
「この龍のように、混ざっているものは完全性が極めて高くなる。お前が魔術師として稀有な才能を持つのもそれ故かもしれん。」
龍とは、最も非合理的かつ最も複数の要素を含んだ生き物だ。爬虫類のような鱗、魚のような尾鰭、タコやイカのように前を向く視細胞を持つ目、昆虫のような六肢、独自の言語体系を持ちなおかつ人語を理解できる高度な知性。
「でも鴨嘴は魔術を使えないよね、案外そうでは...」
二人の目が合っている、その時、それが発動する。彼女の目から果たされた細く鋭い青い閃光は彼の眼に向かい瞳海を焼いた。これも彼の弱点だ。彼はこのような人を傷つけるためだけの魔術を知らなかった。
「私が話してる途中だろう!痴れ者が!!」
しかし、それは意味があるが、意味がない。瞳海は流れを知覚する眼であり、それ自体が多くの流れを保管している。だからその青い閃光が瞳海に当たってもすぐに吸収できてしまう。まるで川に雫を落とすようにだ。
だが、その行為に意味がない訳ではない。その証拠に彼は激昂している。
「効かない!?身体は普通の人間の筈なのに!」
三つの星が輝きを強くし、彼を中心として外界に向かう流れが生み出される。それは空気に作用し、彼がいる地点を中心としてそこから風が吹くようになる。威圧する向かい風なのだ。
「不遜である!」
彼が手を叩くと同時にそこら中の空間が黒く削り取られ、そこから尊厳なきゲル状の物体現れる。
「穢らわしき者どもの中で窒息しろ!」
それらは赤子であり、また卵の殻である。それらには番となる遺伝子が必要だった。それは彼と彼女の血を啜り、それを混ぜた。そしてそれらの中でその情報は共有される。
それらは形を変える。近場に産まれたそれは腕が3本、足が8つ、背骨は生き物としてあり得ない形をしており、頚椎が6つに枝分かれしている。それらの腕や足の数はそれぞれ異なっていたが、決まって皮がなく、鱗があり、身体のそこら中から彼と同じ瞳海が生えている。またそれらは身体中の至る所から触手を生やし、その触手で身体を引き摺っている。
「こんな魔術...」
しかし、彼の選択によって彼は損した。この魔術、いや魔術というより権能は彼の流れを多く消費する。よって、彼の詰みではなくなったのだ。
「あっ...俺はなんてこと...撤退だ!アルバート。」
最も奥で産まれたそれらはは共食いとも呼べる行動をしている。つまり、彼らは確かに生きようとしているのだ。されど、彼らに口は無いのである。
「こんな気持ち悪いもの作って置いて撤退ですか!?」
「あぁ!こいつ俺の知らない魔術を知っている!これは命取りになるぞ!」
この魔術は彼の安全装置だった。彼は自分の産み出したこの悍ましきをみて正気になったのだ。
「5秒後に撤退する。」
「逃げるのか!こんなものをつくりだしておいて!」
「それらには生命として成立する器官はあれど、生命を維持する器官は無い。放って置いても死ぬ。」
「冒涜的な男め...」
彼女の悪態虚しく、その時眩い閃光が産まれる。そう、中央で二つの星が衝突したのだ。
「六角の盾」
そして次に轟音が響き、あたりは閃光と音と熱でぐちゃぐちゃになった。