3.処刑人と未来の囚人
シャールカの離宮、プラニン城に向かう途中に建てられている城だ。プラニン城を守護する為の要塞として建設されたが、その後に起きた娘戦争で要塞が半壊。そして水聖暦871年ローマニア統一に際して、娘戦争の英雄シャールカの名を戴きローマニア皇族の離宮という形で再建が進められた。今やプラニン城にも見劣りしないような豪勢で美しい城である。
「寄ってきたかも。」
車窓から見える2つの城。奥が世界一大きな城であるプラニン城で手前が祝賀会の開催されるシャールカの離宮だ。
「ユラ、我慢してくれよ。この前の窓破壊したばっかなのに、車にゲロ吐いて困らせるのは、なんか、なんかじゃないかい?」
「まぁ、そうだけどさ。」
あれから5日経ち彼の身体は日常生活に支障がないレベルまで回復した。しかし、右腕の包帯は未だ取れずいる。
「なぁ、ミーシャ。君は本当に良かったのか?」
「最初に行こうって言ったのは貴方でしょ?」
「そうだ。そうだけども、最初のあれは...その...」
「わかってるわ。ただ、一人で行くのが嫌だっただけなんでしょ?」
本当にかっこ悪い。俺は一人で行くのが嫌で、無理やりミーシャを巻き込もうとしたのだ。だからあんな酷い口調をした。俺は俺だけの責任で大勢が死ぬのが嫌だったのだ。
「やっぱカッコ悪いね、カラベー。」
俺だけが責任に苦しむのは嫌だ。せめて、君だけでも俺と苦しんで欲しい。そんなガキみたいな欲が出た。
「ミツキ、カッコ悪いとかじゃなくて、最低ね。」
「うん、私もそう思う。」
「自分でもわかってるよ...」
「でも、貴方が気負う事じゃないよ。だって私は貴方の誘いじゃなくてラインハルトさんの誘いで行くのだから。」
「な!?」
彼は一瞬で驚きに達することができた。なぜならミーシャがラインハルトの誘いで祝賀会に参加する、それが持つ意味はあまりにも大きい。
「それは、それは本当か?」
「うん。私の考えではルートヴィッヒはここで王手を打つつもりだと思う。」
「ユラ、君の勘はどう?」
「うーん、多分その王手?を打つと思うよ。でも決定的なものではない、かな?」
彼女は神がかり的な勘を持っている。その勘は今まで彼らを助けてきたものでもあった。
「なるほど王手飛車取りってとこか。」
「でも、私は手によっては角も取れると思うわ。」
「流石にそれはない、というよりしないだろう。リスクが大き過ぎる。」
彼は分かっていたのだ。もし、アルバート・ルートヴィッヒがここで決め手をかけるような男ならば、彼の望みはカイザーではなく、最も大きな物だろう。それこそローマニア帝国による全ユーロ支配だとか。しかし、それにはサルデーニャ王国とイベリア王国、そしてアルビオン国を踏み潰し、再びルーシー連邦に攻め行って今度は奴らをウラルまで後退させなくてはならない。
本当にもし、そんな途方もないことを考えているのなら今頃頭の中で地図を描いているはずだ。内戦の地図を。
「いや、やっぱあるかも。ユラ、髪の毛一本頂戴。」
「え、うん?いいけど?」
彼女はその長い髪の毛を抜いて彼に渡した。
「完全性が足りないな、ミーシャもくれ。」
流れは生き物を介して初めて物理的に相互作用を引き起こせる。だから、触媒には生き物の一部が必要なのだ。
また完全性を高めるのに最も楽な手段は複数の生物の一部を混ぜる事である。そしてそれは、その生物同士が持つ情報が異なれば異なっているほどいい。つまり同一人物よりも兄弟を、兄弟よりも同性同士を、同性同士よりも、異性同士、異性同士よりも異なる生物同士ということだ。
「あぁ、触媒ね。てっきり私、カラベラスが変態になったのかと思った。」
「な訳ないだろ。」
綺麗な髪だな、彼はミーシャの髪を受け取ってそう思った。
「ユラ、腕を出して。」
自分の髪の毛を抜いて、3本の髪を腕に巻き付ける。
「これは消化用魔術の触媒だ。完全性的には8時間は有効だと思う。」
「ん、ありがとう。」
彼らはしばらく、黙り込んでだ。
「はぁ...今後の話をしよう。」
「うん、いいよ。」
彼は上を向いた。人は状況に立ち尽くした時に天を仰ぐそうだが、私はそれが不思議に思えて仕方がない。天そのものに宗教的な意味を持つことは理解できる。しかし、彼は天その先にあるのはただ空間であることを知っているはずだ。なのになぜ、天を仰ぐ?私は理解できない。私は、理解できない。
「もし、俺が奴らの傀儡になってしまう自体になったら、この国を出て行ってくれ。」
「行くなら、アメリアの内陸の方がいいと思う。」
「うん、私はそうさせてもらうよ。もちろん、そうなった時に貴方が移住費とか諸々出してくれるならね。」
「やだよ、私。」
ユラは毅然とした態度でそう言った。
「それは、なんで。」
こんなの、彼には分かっているだろう。彼女は彼の言ったことを絶対に認めない。
「だって私を買ったのはカラベーだよ。」
なぜなら彼女が彼に対して特別な感情を持っている、ということもあるがそれ以上に、彼女による彼女の価値が徹底的に破壊され尽くされていたからである。
「そう、そうだな。あぁ、そうだね。君は俺の一緒か。」
そして彼も彼女を認めなくてはならない。なぜならその彼女の人間として歪みに付け入って、道具として利用してきたのは彼なのだから。だからこそ、彼には最後まで彼女を使う責任がある。彼らの言う、消費者意識という奴だ。
「...クズね。」
ミーシャは二人に消えないような声で、軽蔑の念を込めてそう言った。
一つ前の車、後方の車両と違ってこちらはリムジンである。
「今後の話をしましょうか。」
後方車両でもおそらく同じようなことを言っているだろう。
「兄さん、気が早すぎませんか?」
「オットーもそう思います。」
ここには信頼のおける部下数名を乗せている。私と彼らの野心は一致しているつまり、私とは彼らであり、彼らとは私だ。
「そうですか?ですが私にはラインハルトの直下の部隊がしくじるとは思えないのですが。」
「もちろん私の部隊がしくじるなんてことは万に一つもないでしょう。しかし、ルルカルルは油断ならぬ敵です。」
そんなことはわかっている。しかし奴らに何が出来る?奴らには野心も理想も無いではないか。熱持たぬ人形の何が恐ろしいのか。
「私にはそうは思えません。」
「...ほんと?」
「お、おぉ?まさか貴方が...驚きましたよアナベル。」
無口のアナベル・レーベル。本当に無口だが有能な女だ。特に戦車と魔術師を絡めた電撃戦術が上手い。あと喋った時の訛りが面白い。
「変な声ですね、兄さん。」
「お、おぉ?ですって面白い。アナベル、貴方もやりますね。」
オットー・ゾーゲン、ちょっと腹立つが有能だ。組織編成に関する人材部門、あと戦争を生業とするルートヴィッヒの闇の部分をラインハルトと管理している。
「ともかく、です。私はルルカルルなどという奇妙な者どもよりもカラベラス・アンサングの方が脅威になると考えているのです。」
「カラベラスさんが?それほどの人物でしょうか?」
カラベラス・アンサング、歌われぬ仮面。自らにそのような名前をつける人物が愚者であろうはずが無いだろう。そして何より唯一私が勝てなかった男だ。
「あの男以上に恐ろしい人を見たことがありませんよ。」
「ルートヴィッヒ家に鏡は無いのですか?」
「アナベル、手鏡ありますか?兄さんが持ってないそうなので。」
「...」
「はぁ、そんなに私が恐ろしいのですか?」
「そりゃ、私らの首握ってるのはあんたですからね。解雇だけは勘弁ですよ、最近二人目が産まれたんで。」
私などより私は貴様の方が恐ろしい。オットー・ゾーゲン、氷の男。自覚が無いとは言わせないぞ。貴様は何千万の死人の上に立っている。なのになぜそんなにも平気でいられるのだ。
「それはもっと早く言ってくださいよ。来月のオットー君の仕事は私が肩代わりしましょうか。」
「え、いいんですか?では、よろしくお願いしますね。」
「オットー、貴方は少しは遠慮というものを...兄さん、私も手伝いましょう。」
「...私もやる。」
「おぉ?それはそれは、いいですねぇ。」
車窓にはもはやシャールカの離宮は収まりきらない。
「その前に、我々の手で熱い冬を始めましょう。」
燃える冬が始まろうとしている。
「すごい、これが...」
車を出た彼らは、赤煉瓦と暖色の輝き、その完璧な調和に圧倒されていたのでいる。
「行こうか。」
「待って、カラベー。」
彼はあぁ、とだけ言って、三日月を見ていた。
「ねぇ、カラベラス。貴方はこの景色をどう見るの?」
「シャールカの離宮はローマニア人の優れた知性と美的センスが織り成す最高峰の芸術作品だ。」
「嘘吐き、本当はどう思っているの?」
敵国からの略奪と第三身分から搾り取った血税で建てられた肉の城。ローマニアが王国だった時代の醜い遺産だ。
「今夜はスーパームーンらしいな。」
前方のリムジンから4人が降りてくる。言わずと知れたルートヴィッヒ兄弟、悪名高きオットー・ゾーゲン、そして長い黒髪の女性、あれは誰だろうか。ローマニア帝国の軍人、それもルートヴィッヒ直属の者となれば、人種的にはローマニア系だろう。しかし、なんだろうか、彼女はスラブ系のようにも感じられる。
「先に降りていましたか。」
この夜中であっても、その巨大は目立っている。まるで怪物のようだ。そして、隣にはその謎の女が立っている。しかし、女にしては長身だ。俺の190くらいはあると思う。何せあのアルバートと並んで見劣りしないのだから。
「あぁ、ところでその淑女は?」
その灰色の瞳と彼のルビーの瞳海がお互いを認識する。よく見ると綺麗な顔をしている、まるで人形のような完璧な顔立ちだ。
「お互い、同じことを思っているでしょう。」
「そうだと嬉しいがな。」
「...」
「彼女は私の部下、陸軍大将アナベル・レーベルです。」
アルバートと並んで継続戦争で武功を挙げた将軍だ。女とは聞いていたが、こんなにも麗しい方だとは思わなんだ。
「あぁ!あのアナベル・レーベルか!」
陸軍大将アナベル・レーベル。電撃戦の支配者、そして苛烈な占領政策によりローマニアのイヴァン雷帝などとも言われている。
「閣下のご活躍はよく聞いております。このような所で逢えるとは、光栄だ。」
握手を交わす。すらっとして美しい女性的な手だった。とても、ルートヴィッヒの部下、そしてローマニア陸軍大将の一人の手だとは思えなかった。
「...」
そして彼女がドレスではなく軍服なのはあくまで自分は軍人であると主張する為だろうか。
「無口なんですよ、彼女。恥ずかしがってるだけなので、多めに見てやってください。」
「え、あぁ。そうなのか。」
「さて、私たち二人は先に行きますよ。」
「待て、アールバート。」
彼はアルバートだけを呼び止めた。彼に確認したかったことがあったからだ。
「一つ聞きたい。アナベル・レーベルはローマニア人とスラブ人のハーフなのか?」
「ご名答。」
「驚きだ...」
「どうです?先輩。恐ろしいでしょう?」
「あぁ、もちろん。」
だってそれが本当なら、無口で女、そして何よりハーフという大きなハンデを背負いながら、戦の強さ一つだけで陸軍大将に上り詰めたということだ。それは、彼女が帝国最強の軍人である証明に他ならない。
「ルートヴィッヒの、それも剣先ということか...」
二人はシャールカの庭を進んでいく。その後ろ姿はあまりにも強大であった。
「さっきはよく喋りましたね、偉いですよアナベル。」
しかし、彼女ほどの強さを持った人間がルートヴィッヒの下についている理由が無い。あいつもやることやってるんだろうか。
「うん。うち、頑張ったよ。めちゃ頑張った。あぁ!アルバートは怖く無いよ、むしろ優しいし。」
あれがアナベル・レーベルなのか?まるで麗若き乙女では無いか。あのような女性がフランクで30万を虐殺したとは思えない。
「カラベラスさん、ミーシャさんをお借りしますね。」
借りるも何も、ミーシャは誰のものでも無いだろう。
「あぁ、じゃあユラ、行こうか。」
庭に入って灯に照らされたからか、彼女のドレス姿がよく見える。エメラルドの衣装に白のレース、そしてルビーの首飾り。だが何故だろう?似合っているのに何か違和感がある。
「うん。」
「ねぇ、カラベー。さっきの人の流れ、あれやばいよ。」
彼は再びその瞳を女性に向けた。
「速く強く、量も多い...」
彼は彼女の美しさに酔って彼女のその強さを見ることを忘れていた。その点、ユラの方はそれができないのだから気付くのが早かったのだろう。何故なら流れはY.S.に向かうのだから。
「でもアルバートさんってすごいよね。だってアルバートの方が強く見えるもん。」
「そりゃ、潜ってきた死線の数がな。」
凡才以下の男が英雄となったのだ。当然、それに至るまでに直面した死の数は想像もできない程多いだろう。
「ミシャ、綺麗だね。」
ラインハルトとミーシャが並んで歩いている。二人の姿は完成されていて、まるでルネサンス期の絵画だ。だが何故、何故ユラはこうも違和感を感じるのだろうか。
「無理、してないか?」
「してないよ。」
庭を渡り、そして離宮内に入る。ベルサイユ宮殿を参考にして造られた廊下はさながら黄金の都であり、そこに反響するチェロの奏と薔薇の香りは幻想郷だ。
しかし、突然にしてそれは凍結する。音楽が止み、人々の笑い声が困惑に変わったのだ。
「何が起きているんだ?」
彼は足を速めて、中央のホールに向かう。
「何故あんな奴が居るのだ!」
「シャールカの離宮に死臭は相応しくなかろう。」
彼らは、一人の少女を恐れ、それの周りから退いていた。アルバートを除いて。
「いやはや、ブルゴーニュ騎士団領からお越しになさって頂けるとは、我ら一同驚きで御座います。」
一人の男が彼女に握手を求めた。
「...」
「申し訳ありませんね、ヨーゼフ・ノイセル閣下。極度な人見知りなのです。」
宣伝王ヨーゼフ・パウル・ノイセル、4家当主の中で最も国民から寵愛されている男だ。
「そうですか、しかしあのブルゴーニュ騎士団の騎士団長がこんなにも美しきお方だとは思わせなんだ。」
演奏が止まり、そして薔薇の香りは死臭に掻き消された。この中で混乱せず、真っ直ぐ前を向いていたのはルートヴィッヒ陣営の人間とヨーゼフ・ノイセル、そしてジョンドゥ・ルルカルルだけだ。
「ラインハルト、どういうことだ。」
彼はこの状況を読み込めていなかった。何故なら彼がアナベル・レーベルという人間を知らなすぎたからだ。
「カラベラスさん、ブルゴーニュ騎士団領についてご存知でしょうか?」
「あぁ、アナベル・レーベルが管理しているとだけしか...」
「そうでしょう。ブルゴーニュ騎士団領に関する情報は政府内で厳重管理していますからね。」
「不穏すぎるというわけか?」
「はい。彼の騎士団領はローマニア政府にすら自らの情報を公開しませんから。」
なるほど、植民地を超えてもはや一つの独立国となっているわけだ。
「そして最近では領内で5万人を生埋めにしただとか、不死の軍団に関する実験だとかの情報が帝国諜報機関によって明らかになったということもあり...」
「な!?あんな人がそんなことを...」
「彼女の起こした問題行動の多くは帝国臣民には公開されていませんからね。貴方が知らぬも無理もないでしょう。」
何やら、こっちよりも奥の方が騒がしくなった。
「今度は何が起こってるんだ。」
「こんな所に死神を呼ぶから死を招き寄せたんだ!」
ルートヴィッヒ関係者とヨーゼフ・ノイセルは以外はその状況を飲み込めず、というよりも器が違っていたために狼狽えるしかなかった。
「オットー、行ってきなさい。」
「退け!状況を確認する!」
彼が人混みを掻き分け、しばらくして戻ってきた。
「ネズミが出たらしいですぜ。」
彼らはは騒ぎの中心に向かっていく。ルートヴィッヒ関係者にノイセル関係者、そしつカラベラス達3人。総勢15人ほどが人混みに向かって真っ直ぐ向かっていく。
4家の威光とアナベルの死臭によって、彼らを遮らんとする人混みはまるでモーセの海割りのように引いていく。
「ほほぅ、これがネズミですか?」
ボロボロの布を纏った男に縄が掛けられている。
「君達がこれを捕らえたか、ご苦労。引いてよいぞ。」
アルバートは衛兵と義務的な会話をしてそれらを引かせた。
「アルバート将軍、あれはそちらで対処すると言うことでよろしいか?」
「んーまぁ、そうですね。ヨーゼフ閣下は何かご不満がお有りでしょうか?」
「些事は任せよう。が、このシャールカの離宮を汚そうものならば、シュペル・デカルが黙って居られんでしょう。」
「ははっ、そうですね。しかし、うちの処刑人は名前だけのムッシュ・ド・パリスでは無いので。でしょう?アナベル。」
「うん。」
突然、男はアナベル・レーベルの方を睨みつけた。
「アナベル・レーベル!!貴様のような人間が居るから!」
男は立ち上がり、アナベルの顔を睨みつけた。
「...?」
「貴様のせいで!貴様らのような人間のせいで人が埋められる!!」
男は怒り狂い、叫ぶ。その瞳に映る多くの憎しみはただ外にいる少女だけでなく、この会場の全員に向けられた。
「...!」
「あーこれ精神力特化のネズミですね。アナベル、やれますか?」
「うん、貴方の命令なら。」
「では略式裁判という事で、とりあえず判決は死刑。異存はありませんね?ヨーゼフ閣下。」
「あまり床を汚すな。私から言えるのはそれだけです。」
「じゃあ問題無しです。頼みますよ、アナベル。」
「うん。」
「オットー、貴方が宣言を頼みます。声が一番出るのは貴方なので。」
しかし、あまりにも手際が良すぎるように感じる。これら彼らが慣れているのか、もともと予定されていたのか。」
「これより!賊の処刑を執り行う!」
「この愚か者は神聖な場であるシャールカの離宮に忍び込み、あろうことか殺人を犯そうとした!!これが許されることだろうか!」
この男が殺人をしようとしたも何も、その証拠も証言もないだろう。にも関わらずそれらを省いて即刻処刑とした。むしろこんなことが許されていいのかと言いたいのはこっちだ。
「よって!アルバート・ユンカー・ルートヴィッヒの名においてこの男を処刑する!」
観客は歓声あげている。まるで革命前夜のフランクのようだ。エンタメとして人の命を消費するなどとと...
「執行人はムッシュ・ド・パリス、アナベル・レーベル!」
「一度見てみたかったんだ!何万人も殺した処刑人の腕前って奴!」
野次馬もそのもうに調子のいいことを言っている。さっきまで死臭がとか相応しくないだとか言ってたくせに。
「... 憐み深き神よ、その罪をことごとく赦し、水と霊とによりて新たに生れしめたまへ。」
彼女がそれを小声で唱えると左手に稲妻が走り出す。そして彼女はそれを握り、拳として罪人の顎に向かって突き進ませる。すると罪人はその稲妻により身体が硬直し、一本の棒のようになった。
「がっ!!!」
すぐさま彼女は腰にサーベルを抜いてしゃがむ。
「...アトラスを臨み砕く者」
跳躍しながら剣を振り、その剣は第一頚椎を切り裂き、頭がそれだけで飛行を体験した。
彼女はその頭を空中でキャッチして、それを高く掲げる。
「やはり何度観ても飽きませんね。」
完璧だ!彼は心の中でそう叫んだ。彼女はまず顎を殴ることで顔を上げさせ、斬るべき点を正面から切り払うことを可能とし、電気ショックで心臓を止めつつ身体を硬直させ、凍結魔術を含んだ剣技で第一頚椎を切り払いながらその断面を凍らせた。確かにこれなら血は出ないし、何よりその剣技一つ一つに無駄がなく、合理的な機能美すらも感じる。
が、瞬時に巡ったその思考は自分の倫理によって制される。俺は殺しをエンターテイメントとして楽したんだのだ。それは許されないだろう?
「愚か者はアナベル・レーベルに討たれた!!」
拍手の歓声が会場を進む。だがそれらは倫理によって制するということが瞬時にできなかった者と、それに流された小魚のような者である。
「お、おぉ!素晴らしい!素晴らしいぞ!アナベル・レーベル!」
拍手しながら近づいて来る男。しかしなぜだろうか、それにはアルバートやヨーゼフ・ノイセルと似たような雰囲気を感じる。
「一つの絵にして宮廷に飾りたいくらいですぞ!」
「あぁ、これはこれは。アルベルト経済大臣。」
羊皮紙一枚の貴族に過ぎなかったデカル家を一代でノイセルやルルカルル、ルートヴィッヒに並ぶ有力貴族に育てあげた男、アルベルト・シュッペル・デカル。昨年にはプラニン城を改装し、大戦中には組織再編成によって軍需産品の生産量を2倍まで引き上げた。
「おぉ、アルバート防衛大臣でありますか。」
「いやはや、一時はどうなるものかと思いましたが、まさか死王女アナベル・レーベルの処刑がこんなにも鮮やかで、まるで水面立つ白鳥の様だとは...」
「...」
「よく見ると麗しゅう顔をしてなさる。私の妻には負けますがね。」
「ははっ、相変わらず愛妻家でございますな。」
再び、群衆の波が荒れ始める。
「ええいっ!今度はなんだ!?」
あのアルバートが狼狽えている。しかし、これも貴様の頭の中で組まれた事ではないのか?
「燃えてるぞ!燃えてる!!」
群衆が慌て、叫び、群衆の海流が入り乱れる。
「シャールカが燃えている...?」
カラベラスはその波の最奥で成長し続けている黒い煙を見た。