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2.屋敷



 ふかふかの布団で彼は眠っていた。

 「ん...どのくらい寝てた?」

 右腕の関節と右腕の表面が酷く痛む。あぁ、そうか、釘の火傷と厳拳(ゲンコツ)の反動か。

 「6時間くらい?」

 「そんなに...仕事は?」

 彼の右腕はまるでミイラだ。これではまともに使えたものではない。

 「やったよ。あのあとね。」

 「え、やったのか?一人で?」

 「まさか、そんなわけ無いじゃない。」

 ミーシャは濡れたタオルを持って彼の頭に当てた。

 「罰を受けたのね、びっくりしたわ。いきなりミツキが貴方を連れてきて、それで体温測ったら42℃っていうんだから。」

 「なぁ、ずっと気になってたんだが、ここ君の家かい?」

 彼は目の前の絵画を見ながらそう言った。

 微笑む淑女とビスワ川、太陽系のモデル魔術の触媒として知られる名画だ。たしか120億ローマニアマークとかしないっけか。ミーシャがそんなの買えるわけ無いじゃないか。

 「残念、私の家です。先輩。」  

 「あぁ、お前の家か。なら納得だ。」

 ここはルートヴッヒ家の屋敷である。五階くらいの高さから広い庭と噴水を見下ろせるような屋敷、それを首都に建てる人間はほんの一握りだ。

 「立派でしょう?この屋敷。」

 「いや、なんだ。正直、言葉も出ないな。...まるでシャールカの離宮みたいだ。」

 「そういや、アルバート、ここお前の屋敷なんだろ?もしかしてラインハルトも居るのか?」

 「えぇ、勿論。呼びましょうか?」

 「いや、いいや。わざわざそこまでしてもらうのは悪いや。」

 「えぇ、貴方ならそういうと思ってきました。そこで...」

 アルバートは額に人差し指を当て、そのまま自分の鼻筋をなぞった。これは人払いの合図だ。

 「ユラ、ミーシャ。少し部屋を出ててくれないか。」

 部屋貸しの代償を寄越せということであろう。

 「良いけど、どうしたの?」

 「ミツキ。」

 ミーシャはユラの手を握り二人で退室した。

 「人払いは済んだぞ。さて、私に何を望むか、ルートヴッヒ。」

 「そんなに堅苦しくなるな、アンサング。ただシャールカの離宮でデートでもどうだというだけの話だ。」

 「上会だけなら良いいだろう。が、俺はただの学者の端くれ、あまり期待してくれるなよ。」

 「あぁ、あと。」

 「アルバート・ユンカー・ルートヴッヒ、私には私の目的がある。我が征く道を己が野心で害するならば、私は貴様に剣を向ける。そのことを努努忘れるでないぞ。」

 彼は毅然とした態度でそう伝える。

 「承知しておりますとも。私はあくまで帝国の剣、陛下を損なう物ではありませぬ。」

 「その言葉、覚えておこう。」  

 「あぁ、あとそれと、お前が呼ばなくて良くなったみたいだぜ?」

 扉の軋む音と共に小柄な男の子が部屋に入ってくる。

 「兄さん、アンサングさん居るなら言ってよ。」

  ラインハルト・ルートヴィッヒ、アルバートの弟だ。血の繋がりを感じれない程に見た目はかけ離れているが、どちらも美男子であり、また秀才でもある。

 「大きくなったな。身長いくつだ?」  

 「165ですかね?まだアンサングさんには届きませんけど。」

 「14でそれなら俺の歳には183とか行くんじゃないか?」

 「それでも兄さんに届かないのは悔しいな〜。」

 「あ!そうだ!あとで魔術教えてよ!」

 今の状態じゃ技能的に面で教えることはできない。どちらかというと理論部分だけを教えることになるだろう。ほぼ物理と科学の授業になりそうだ。

 「あぁ、もちろん。身体が回復するまで、1週間くらいまでなら教えられるだろう。」

 まず指向性反転魔術から教えよう。あれは魔術の幅を大きく広げられる。自身を対象とする魔術を外界に向かせられたり、その逆も可能となる。

 「1週間だけか〜。ねぇ兄さん!アンサングさんとその友達、1ヶ月くらいここに泊めれないかな?使ってない部屋50部屋くらいあるでしょ?どうせ。」

 「構わんよ、お父様もお許しになさるだろう。」

 「やったー!いっぱい魔術教えてくださいね!」

 「ごめん!忘れてた!もう入ってきて良いよー!」

 ラインハルトは後ろのドアを開けて二人の手を取って部屋に招いた。

 二人が入ってきてすぐ、ユラは彼に近づきこう耳打ちした。

 「あの兄弟怖くない?弟があれならお兄さん死ぬほど怖いじゃん。」

 「え?」

 数刻前に遡る。


 「政治の話してるのかな。二人。」

 「多分ね。だってあの人、ルートヴッヒって言ってたもん。ルートヴッヒといえば帝国の武力そのものよ。」

 「ミシャ!」

 ユラが私を突き飛ばす。

 「茜染まる真鍮の長槍(ブラド・ツェペシュ)

 細長い槍が静かに、そして鋭く私の目の前を突き抜ける。静か過ぎる魔術だった。

 「流石はアンサングさん、とても麗しい方をお連れになさる。」

 「言ってくれるね。もしかして貴方はさっきのデカい人の弟さんかな?」

 よく見ると可愛い顔してる。身長は私と同じか少し高いくらい?だとすると多分13とか14の子供っぽい。

 「紹介が遅れてしまって申し訳ございません。僕はラインハルト・ルートヴッヒ、貴方のいうデカい人、アルバート・ルートヴィッヒの義弟です。」

 「義弟の癖によく義父のお屋敷を壊せるね。」

 「何を言いなさるか。僕に屋敷を破壊しようとする気はない。」

 「あぁあと、お父様は義理ではないよ。」

 「まぁどうでも良いか、そんなの。兎も角、僕が交渉したいのはそっちの口が回る方ではなく、そっちの静かな方なんだよね。」

 「ま、僕は口が回る方が好みだけど。」

 彼はポケットから手紙を取り出した。

 「ミーシャ・ソルメル様、シャールカの離宮でデートでも如何か?」

 「貴方は何が目的なの?」

 「内戦ついでに帝国から星教ステラ派以外の宗教勢力を完全に排除したいんだよね。これから帝国はさらに版図を拡大していくんだし、必要でしょ?」

 「星教ステラ派に顔が広い君が僕とシャールカの離宮でデートしたら、お父様の要素も相まって、ルートヴッヒとステラ派がベッタリだと思って、聖派とか他宗教の人たちはルルカルルとかデカル、ノイセルにつくよね。そしたら内戦でルルカルルとノイセル、デカルごとステラ派以外の宗教勢力も排除できるよねって。」

 確かにそれはそうだ。何せこの兄弟の父、ルートヴッヒ元帥閣下は敬虔な星教ステラ派信徒として有名。そこにその子供である彼がシャールカの離宮でステラ派で尚且つ、ステラ派の中でもわりかし有名な私を連れて行けば、ルートヴッヒとステラ派のタッグは確定的に明らかになる。

 「確かに、貴方と言う通りルルカルルは間違いなく貴方達、ルートヴッヒに対するカウンターとして聖派と組むでしょうね。でもノイセルとデカルはそうはならないわ。彼らはあくまで商人。この早い段階で他宗教を自らの手札に入れる選択をするかしら?」

 「ちょっと言って後悔したって顔だね、君。君もわかってるだろうけど、今回の内戦はルートヴッヒ対それ以外だ。何せ武力においてはルルカルルもノイセルもデカルもザコだからな。」

 ルートヴィッヒは武力を行使した全面戦争を狙っている。なぜならそれが彼らにとって最も効率的で確実だからだ。逆に、それ以外の方法では勝つことができないのだろう。

 「じゃお話は終わったからばいばい、お姉様。」

 「まって!あんた歳いくつよ?」

 「変なことをお聞きになりますね、お姉様、僕は14歳ですよ。」

 私はそれを信じきれずにいた。

 「怖い兄弟だね、この人達。なんでカラベーはあんな感じの人に好かれてるんだろう。」

 そりゃカラベラスは...これは彼女には秘密にしておきましょうか。いずれバレることかもしれないけど、彼女に取ってとても辛いことかもしれないから。

 「知らないわよ。変なの引き寄せるフェロモンとか持ってるんじゃない?」

 結局、カラベラスのカラベラを剥がすのは私やミツキでは無く、帝国だった。でもそれは、とっても酷いことなんじゃないの?

 「んじゃ私たちも変なのだね。」

 「まぁ、そうね。そうなわね。」

 扉が開き、さっきの少年が私達の手を握る。

 「お姉様方、お時間をいただき申し訳ございません。」

 「いいえ、どうもご丁寧に。」

 ミツキはすぐにカラベラスの方に行き、何かを耳打ちした。

 「え?」

 すんごい間抜けな声、彼のこんな間抜けな声久しぶりに聴いた。

 「ふっ...」

 大男が口元に手を当てて笑っている。彼の間抜けな声が面白かったのか、それともミツキの耳打ちが聞こえてしまったのか。

 「いや、失礼。オムファタールってとこですか。先輩も隅にはおけませんね。」

 「あぁ、そうだ。お二人方、このあとお茶でもどうです?」

 血は繋がってなくとも兄弟なのだと私は確信した。表情を変えるのがあまりに上手過ぎる。その笑顔の奥には一体何が隠されているのか。彼の願いは弟と同じく、帝国の人柱となることなのか。

 「うん、構わないよ。ミシャはどうする?」

 「それはとても素晴らしい事ですわ。私達などで宜しければ、ぜひ。」

 「有り難い限りで御座います、では後ほど中庭で。」

 大男は部屋から出ていき、3人が取り残されていた。

 「アンサングさん、あの魔術やってよ!」

 おそらくだが、カラベラスは彼の本当の顔を知らない。カラベラスにとって彼は唯の可愛らしい自分を慕ってくれる少年というだけである。

 「あぁ、あれか。」

 カラベラスは両手を開き、胸で腕を交差させ、蝶を作った。

 「密会、月夜見、胡蝶の園。柳の諸相、三日月の悲恋。」

 ウィリアムの演劇魔術、悲劇の物語、その希望の晩餐会。月夜、蝶の舞う三日月の日、愛する二人の密会、されどそれは叶わぬ恋だった。そんな戯曲を彩るに相応しい、フローラの香りの儚く美しい魔術。

 「さぁ、最後の晩餐会を始めよう。ユダもなく、使徒もなく。」

 部屋の中に魔術の蝶が何匹も現れ、天井から柳の枝が垂れる。足元に青の波紋を呼び、まるで風に揺れる湖となった。

 「私と柳、辿る運命を嘆き、されどもその慈しみ尽くことなく。」

 部屋が暗くなり、そして三日月が現れた。

 「五月雨降る湖の辺り、可憐なる花弁を浮かべ、柳はそこに沈む。」

 柳の葉が水面に落ち、波紋を呼ぶ、蝶が砕け、その破片が水面にヒビを生じさせる。

 「終幕、柳の隣で眠れるのなら、その死を柳に分かちましょう。」

 砂が風に吹かれるように彼によって生じた魔術は消え去り、空間に溶けてゆく。

 「すごい...」

 彼も私たちもその光景に見惚れていた。

 これはウィリアムの戯曲、そのうちの一つの中で終幕に使われた魔術だ。分類的にはファイア級でモデル魔術と香りの魔術、音響魔術と

擬態の魔術、その他4つの簡単な魔術の複合魔術だが、その難易度は極めて高い。これこそが人を魅了するウィリアムの演劇魔術なのだ。

 「ふぅ...ちょっと疲れるな、これ。」

 基本的に魔術は人を傷つけるものほど簡単であり、身体を癒したり治したりする方が難しく、そして人の心に変化を与えるものはもっと難しい。

 「やっぱすごいや、アンサングさんはすごいや。」

 「僕にできるのは人を傷つける魔術だけです...」

 「人を傷つける魔術が人を助けることもある。君のその、洗練された傷つける魔術は多くの人を救うだろう。まぁ、君が軍属希望なら、こういう人の心を動かす魔術を覚えて損ないだろうね。」

 凡人にとって、それは届かない領域だ。人の心動かすような魔術、それこそウィリアムの演劇魔術やウィンネス教室の音響魔術などは到底凡人に扱えるものでは無い。緻密な美への研鑽、そしてそれを表現し得る魔術の腕、それが人の心を動かし得るのだ。

 「そして、そういう魔術を覚えたいのなら、広く世界を観るのだな。魔術だけでは心は救えない。」

 「わかっています。さっきの魔術も突き詰めれば聴覚や視覚に訴えかけているにすぎませんから。夢のない話、幻覚や洗脳に近い。」

 「そして、これが奇跡と魔術の違いなんでしょうね。ヘライソン神父と縁の深いミーシャさんなら、この違いもすんなりとお受け止めになさるのでしょうね。」

私はヘライソン神父の養子だ。それを知るものは教会でも数少ない。つまりこれは人質という事なのだろう。しかし、そこまで深く...驚嘆に値する。

 「あぁ、ははっ。」

 カラベラスが何故か乾いた笑いを溢した。まるでその姿は自分の姿を嘲笑うよう。

 「まぁその違い...魔術には上限がある。それは魔術が科学的理論に基づいた超常現象であるから。しかし奇跡には上限がない。なぜなら奇跡は神の御技であるから。っていうことかしら?」

 そう、違い、俗にいう罪と罰はこの違いそのものだ。際限のある魔術で際限のない奇跡を再現、つまり罪を犯した際、奇跡と魔術のエネルギーの差により奇跡は再現されず、魔術によって再現可能な、より奇跡に近い現象、言うなれば贋作、即ち罰を受ける。

 「教会の人間にしてはやけに魔術の解像度が高いな...あぁ、失礼。」

 彼がそう思うにも無理がない。教会の魔術とは理解ではなく信仰である。故に理解とは背信、信仰とは肯定なのだ。

 魔術とは世界の仕組みを解明する為の手段である。そしてその魔術の目指す目的、それは神の観測、神の理解であり、それは神への冒涜、背信行為である。

 「私は魔術を道具だと思っているわ。道具に縋ることはないでしょう?だから私は混ぜて考えないの。」

 「正直驚きました。失礼ながら、僕は宗教を非合理的なものだと考えていましたから....」

 そう思えるのは貴方が常に満たされているからだろう。神は常に喜びというベールの向こう側にいる。苦難と歓喜が入り乱れるカオス、無秩序の中でしか神はその御身を、御言葉を見せになられない。

 「この世に非合理的なものなど存在しませんよ。全ては誰かの救いになる。どうです?その心を星教に心を置いてみませんか?」

 「僕が信条としているのは帝国と私だけだ。」

 威嚇する瞳、硬い口、その精悍な雰囲気、まるで役者の顔だ。彼はあの歳で役者の顔をしている。

 「唯一縋る対象が自分、自信家な男性はとても素敵みえますわ。」

 「有り難いお言葉、貴方のような美しい女性に言われるとなると、なんだかドキドキしますね。」

 「あぁ、そうだ。そろそろ兄のところに行ってあげてください。彼、あんまり待つの得意じゃないんですよ。」

 「それなんだけど、ミツキさ。」

 私は彼女を呼び寄せて耳打ちした。

 「ごめん、ほら、あれがさ。だからさ、貴方一人で行ってきて欲しいの...」

 あれは窓の外を眺めている。

 「わかったよ。でも悲しいよ、そんなに信用ないのかな?私。」

 「そんなことは無いわ。信頼しているからこそ、話せないの。」

 「じゃ、頼んだわ。」

 「うん、任せて。」

 彼女は私の肩に手を乗せながらそう言った。

 「えっと、ライハンルト君だったかな?案内してよ。」

 「はい、ではこちらへ。」

 二人が退室し、この部屋に残るのは私と、そしてカラベラスだけになった。

 「ねぇ、辛いの?」

 私はベットは座って彼の手を握った。こういう時、彼にはこういうことをするのが一番いいと私は知っている。

 「いや、なんだ。俺のもう一方の血は酷く人間社会を恐れているが、もう一方の血は俺を人間社会の、それも中心とされるような場所に縛りつけようとしている。」

 彼は人と魔人の混血だ。だから本能的に人を恐れている。その証拠がこの瞳海だ。あんなものが人の形と言えようか、あれはヒトの血によって発現するものではない。本来、人に魔族の流れを感知する機能など付いてはいないのだ。

 「絶滅戦争の記憶が血を辿って、なんてオカルトは信じる気はしないが、それはそれとして、もっとこう、本能的な...」

 「違うでしょ。」

 魔物の血が人を恐れよと絶叫しているのか、彼本人の精神状態によって引き起こされるものなのかはしらないが、彼は人に自らの本心を晒すことを極度に恐れている。

 「あぁ!?あぁ、そうだよ!俺は馬鹿だから、勘違いしちまったんだ。」

 「自分自身に価値を求めてくれる人が居るって思って、それで嬉しくなって、でも結局求めらたのは俺の血だった。」

 「馬鹿じゃないの?驕るのも大概にしてよ。貴方に、貴方としての価値なんてないわ。責任から逃げた男に、なんの価値があると思って?」

 「そこまでいうのは...無いじゃ無いか...」

 私は自分の胸に彼の頭を抱き寄せた。

 「ねぇ、いつもみたいにさ、逆に彼の計画を利用してやりなさいよ。冷徹で合理的な策略家、カラベラス・アンサングを演じなさいよ。」

 「それとも、また全部を放り投げて駄目にする気なの?」

 もし彼がそれを選択したら、私が彼を殺す。そうしなければ私もユラも、ウィンネスやフランクブルクの人達だって、慰められない。

 「成してから死ぬか、その過程で死ぬか。約束でしょ?」

 私は彼に囁いた。

 「...もう一度地平線を見せて、境なき世界を...」

 昔、自暴自棄になった私に彼は約束してくれた。君の受け止めた死を無駄にしないと。なら、彼は成さなければならない。境なき世界、最も静かな地平線を。

 「私に夢を見せた責任、とってね。」

 窓から見えるのは煩く醜いプラニンの街並みだ。地平線なんて、見える訳がない。


 「ん、貴方だけですか。」

 「うん。大変なんだよ、ああいう、スカした男のメンタルケア。」 

 「まぁ、彼も色々と抱え込むものがあるのでしょう、彼の産まれは私よりも遥かに特殊ですからね。」 

 特殊な産まれ?彼はカラベラスの産まれを、過去を知っている。私にすら話さなかったカラベラスの過去をこの男はなぜ知っているんだ?

 「彼の産まれって、なにそれ。」

 「てっきり存じていた事かと...いや、彼の性格を考えればそのほうが自然か。」

 なんだか腹が立ったので、目の前に置いてあったマカロンを鷲掴みして口の中に入れた。

 「美味しいでしょう?それ。」

 素材の値段に物を言わせたパワープレイだが、節々に調理者本人の工夫を感じられる。正確というよりも最適である。

 「うん、結構好きかも。」

 紅茶も素晴らしい。良い香りと良い味、さながら高級茶ということだろうか。

 「それ、私が作ったんですよ。お気に召したのなら何よりです。」

 「聞いちゃ悪いかもしれないけどさ、貴方と弟さんってどういうのなの?義弟っていうのは聞いたけど。」

 「そこまで聞いているか...ならばみたでしょう?貴方は、悍ましいものを。」

 「うん。あれはなんだろうか、こう、怖かった。」

 「えぇ、恐ろしいでしょう。あれこそが正しきルートヴィッヒです。帝国の剣、敵を見定め、それを滅ぼす。その機能しか持ち得ぬ弟こそが、ルートヴィッヒなのですよ。」

 「まるで自分が正しくないみたいな言い方だね。」

 「はい。私は正しくありませんよ。」

 彼は空を見ていた。決まってこういう時は昔話をし始める時である。

 「盗賊の両親は私に愛と背丈をくれた。そしてルートヴィッヒは私に差別と侮蔑をくれました。」

 「多くの立場を知ってからこそ、私はただ、これから産まれ行く多くの幼な子達にとって、恥じぬ大人でありたいと思っています。」

 「そして、これはルートヴィッヒとしてみれば正しく無い。」

 彼の言葉は真本心だろうし、殊勝な心がけだと思う。しかし、だけど私の中にある違和感が拭えない。この大男がその程度で終わる器だろうか?

 「ん、ならあなたがやるべきは戦争を未然に防ぐこととか戦火を拡大させないことでしょ?」

 「はい、そうなりますね。」

 彼は茶を啜る。どことなく彼にはその所作が似合っていた。一枚絵にしたいくらには、優雅でしたたかで紳士的だった。

 「まさか、あなたは私に戦を辞めよとでも説教したいのではありますまいな。」

 「まさか。でも、戦火を拡大させないためにって言うなら、私は弟さんをどうにかした方がいいと思うけど。」

 「無理ですよ。あれは、私にも御し得ない器ですから。」

 だとしたら、なぜ彼ではなくあなたなのだろうか。本当に彼はあなたが御し得ないほどの器なのか?それともあなたの器が大き過ぎのか。

 「じゃあなんであなたは次期当主なの?私聞いたよ、カラベーから、あなたが次のルートヴィッヒだって。」

 「それは、私が戦いの天才だからですよ。」

 軍鬼アルバート、若くして彼はそう言われていた。ってカラベーが言ってた。

 「喧嘩で弟には負けないってこと?」

 「ははっ。あくまで私の天才は戦争ですよ。まぁ、弟とサシでやったとして、勝つのは必ず私ですが。」

 Y.S.のおかげで、私もカラベーのように感覚として流れの強さだけを読めるようになった。私の感覚では彼から発せられる流れは、まるで水無し川のように感じられる。カラベーの静かな大河川のような流れ、彼の弟の濁流のような流れには遠く及ばない、非才な流れだ。

 しかし、なのに私の勘は彼が単騎で強いタイプの人間だとそう言っている。

 「おや、私を疑っておいでですか?」

 「うん、ちょっと。なんか、弟さんとかよりもこう、何かすごく劣っているものがあると言うか、なんと言うか。」

 「ふむ。やはり感が鋭いか...」

 顎に手を当てて彼は一瞬目を瞑った。何か、施策しているのだろう。彼の戦略で満ちた頭の中で。

 「私のこの脚は3年でフランクからナルバス=マリンポリスラインを踏み潰した脚です。私のこの腕は、ジュガシヴィリグラードで25万を捻り潰した腕です。そういえば、ご納得いたたげますかな?」

 「これでもご納得頂け無ければ、この場で私がこの裏にいる間者を葬りましょう。」

 人の気配を感じる、という点においてはY.S.を宿す私の方が優れいてるはずなのに、彼は間者に気付いて、私は気付かなかった。

 彼は椅子から立ち上がり、逃げる間者に向かう。

 「いや、私が!」

 間者は逃げを捨て、剣を抜いた。

 「必要ありませんよ、私は貴方の100倍は強いですから。」

 間者は剣を掲げ、その切先から青い光が発せられる。そしてそれが砕け、無数の光線となってアルバートを襲う。

 法律違反の無詠唱行使、おそらくこれは天体モデル魔術、ペルセウスの涙を攻撃用に転用した魔術だろう。

 「馬鹿の一つ覚えのように弾幕を張る。それは対多数のセオリーだろう?」

 彼の言うことは最もだ。一度の弾数を増やせば増やすほど、魔術の指向性はずれやすくなる。

 「突っ込んでくる?愚かな、アルバート・ルートヴィッヒ。」

 驚くべき事に、彼の脚は速い。いや、おかしい。なぜ、カラベーよりも速く動ける?

 「ガキ一人も始末できない無能の言うことか?」

 魔術戦とは流れの読み合いだ。自分の流れの性質に合わせて、戦い方を考えるのだから。

 例えばカラベーの流れは静かな大河川、魔術の行使可能回数が多く火力も高い、しかし魔術のスピードは遅い。だからカラベーは防御しつつ相手のジリ貧を狙う戦い方をする。

 そしてその逆、彼の弟はの流れは濁流、火力が高くスピードも速いが、魔術の行使可能回数は少ない。多分彼は短期決戦を狙うだろう。

 でも、アルバート、貴方の流れは貧弱だ。枯れているのだから。火力もスピードも行使回数も全てが足りない。そもそもそのうち一つを解決しようとすれば今度はリソースの問題で他の二つが駄目になる。

 それで、どうやって戦う?

 「なに!?止まらない!?」

 彼は、全てを弾道を見切っていた。身体強化魔術にのみリソースを割いたのである。つまり彼は防御も火力も捨て、ただ距離を詰める一点にのに集中したのだ。

 「貴様の詰みだ、無能。」

 そして距離を詰め切った瞬間、彼は身体強化魔術を切り、腰にある剣を抜く。

 「月陰、(ガチイン )朧白露(オボロハクロ)

 大上段の構え、不思議と剣先が風に包まれて見えなくなった。

 「あまり人には見せたく無いのですけどね、ズル技ですから。」

 それを振り下ろす、しかし長さが足りるのか?2mは離れているのに。

 「な!?」

 間者は後ろに跳躍する。しかし、風の剣はその間者の肩を深く傷つけ肋骨を破壊し得るに充分な長さだった。

 その時、屋敷の窓が割れ、男が飛び降りてくる。

 「ここまでか、ならば...」

 間者は肋骨を砕かれ大量出血をしている。なればこそ、自分の痕跡を消す以外に取れる手段はないだろう。

 しかし、飛び降りてきた男、カラベーはそれを許さなかった。彼は間者の後ろに着地し、背中に左手を当てた。

 「重力崩壊(ラ・アン=ステラ)TYPE2(・ツヴァイ)

 背中を中心として球状に空間が収縮し、黒い点となり、そして消滅した。

 「はぁ...はぁ...死体みときたいだろ?どうせさ...」

 彼はその場に倒れた。

 「カラベー!」

 私は彼に駆け寄った。すごい熱だ。あんな状態で高度な天体モデル魔術を行使するからこうなる。せめて、電手(スタンタッチ)を使っていればこうならなかったのに。学者故だろうか、彼は魔術戦において、戦闘魔術を使うより研究に使うような魔術を戦闘に転用してる。それが如何に非効率的だろうか。

 「素晴らしい。よくそのような身体で...」

 アルバートは間者の顔を睨みつける。冷たく、軽蔑したような目だ。

 「使えないな、虫ケラが...」

 「さて、ラインハルト、居ますか?」

 また一人、窓から飛び降りてくる男。

 「お呼びですか、兄さん」

 「間者です。相当な手だれですからルルカルルで間違いないでしょう。」

 「理由は手に入れました。シャールカでも先手を打ちますよ。」

 

 

 

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