表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ゆっきーの変貌

作者: はやはや
掲載日:2024/09/13

 高校の時、幸田ゆきた君という男子がいた。彼は誰とも喋らなかった。喋らなくなった理由は、第一志望の高校に落ちた、ショックからだと噂されていた。

 そんな幸田君は、休み時間は机に突っ伏して寝、昼休みは一人自席で黙々と弁当を食べる。

 でも、欠席することなく通学していた。幸田君は、年配の化学担当の岸本先生がボケたことをすると、「ぶっ!」と吹き出す。声を殺して体をひくひくさせながら笑う。だから、「ぶっ!」と吹き出す声だけ、みんな知っていた。


 幸田君のことを、みんな「ゆっきー」と呼んでいた。男子は本人に「ゆっきー」と呼びかけていたので、幸田君も自分が、ゆっきーと呼ばれているのをわかっていたはずだ。

 もちろん、男子が「ゆっきー」と言いながら絡んでも、決して幸田君は声を発することはなかった。それは徹底していた。

 絶対、喋らないという幸田君の頑な気持ちの表れのように思えた。



 ≡


「新しいカタログをお持ちしました! 今度、入荷する木製玩具を、スタッフの方にも実際に試して頂くお試し会もできますので、いかがでしょう?」


 営業担当者が、にこやかに言う。


「へぇー。そんなのがあるんですね」


 私はカタログを受け取りながら、肯定も否定もしない返事をする。私が働くこの店は、大学時代の友人二人と共に三人で立ち上げた。卒業旅行でドイツへ行き、そこでバウムのおもちゃに出会ったのだ。

 バウムでは赤ちゃんから児童向けまでの、おもちゃを取り扱っている。それら全ては木製で丁寧な手作り。どの年齢層が遊んでも楽しめる。

 値段は高いがその分、手に馴染み大切に扱いたくなるし、長い期間遊べる。だから、出産祝いや孫の誕生祝いに購入する人や、一つくらいは我が子にいいおもちゃをと思う親が購入する。だから店は、まぁまぁ繁盛している。



 ≡


 バウムの商品を輸入している会社があり、そこの営業担当者が納品をしてくれるのだけれど、この春から担当者が変わった。これまでの年配女性から私と同年代の男性になった。

 初回は店長の友達が対応したのだけれど、二度目、三度目は私が対応した。一目彼を見た時から何か引っかかるものがあった。それが何なのかわからず、もやもやしていた。


 そして今日。その営業担当の彼が、窓から入ってくる日差しに目を細めた時、閃いたのだ。

――幸田君だ! と


 幸田君は若干、視力が悪いのか高校時代、黒板を見る時、たまに目を細めていた。それがなぜか私には知的に見えた。


 営業担当の彼の目は幸田君にちがいなかった。けれど、「幸田君?」と声をかけるのは気が引けて、それはできなかった。


「ねぇ、バウムの営業担当者って何ていう名前?」


 店長である友達に訊いた。


「何だったかなぁ〜」


 友達はおもちゃを拭いていた手を止め、レジカウンターに入った。ごそごそした後、「あった、あった」と言って名刺を差し出した。私はそれを受け取り眺める。


――国際玩具輸入カンパニー 営業担当 幸田 浩介


 やっぱり! と心の中で叫ぶ。


「ねぇ、この人、高校の時、一緒のクラスだった」


 私がそう言うともう一人の友達は「そんなことあるんだ!」と言いつつ店長は「うはぁ!」と謎の声を上げた。



 ≡


「それでは失礼します」


 幸田君は丁寧に頭を下げる。幸田君に会うのはこれで四回目。今日こそは幸田君に話しかけようと思って、私はタイミングを見計らっていた。納品した商品の説明を終えるのを待っていた。


「あのー、つかぬことをお伺いしますが、幸田さんって第二高校じゃなかったですか?」


 私の問いかけに、しゃがんでダンボールを畳んでいた幸田君がこちらを見た。一瞬、緊張する。もし、目の前にいる幸田君があの幸田君なら、高校時代の話にふれられたくないのでは、と思ったのだ。


 しかし、私の心配は杞憂に終わった。次の瞬間には幸田君は人懐っこい笑みを浮かべ「そうです」と言ったのだった。


「えっと……」


 と幸田君が困ったようにこちらを見るので、私は身の上を明かした。高一の時、同じクラスだった榎本沙優えのもとさゆだと。幸田君はそれを聞いて、申し訳なさそうに言った。

「高校時代の同級生のことは、覚えていないんです」と。私が、がっかりした表情を浮かべていたからか、幸田君は付け加えるように言う。


「でも、覚えてもらっていて嬉しいです」


 ≡


 店の前にある提携駐車場に停めてある営業車に、幸田君が乗り込むのを見届けてから、私は納品されたおもちゃの梱包を解いていった。


 絵あわせパズル、ミニ積み木、ミニカー、玉転がし……次々におもちゃが姿を見せ、その度に、ふんわり木の香りが漂う。


 幸田君のことを思った。

 全く喋らなかったのに人当たりのいい営業の人になった幸田君。高校の同級生のことは覚えていないと話した幸田君。

 今の幸田君になるまでに、きっといろんな試練や葛藤があっただろう。でも、彼はそれを乗り越えたのだ。だから今がある。


 親しみを込めて、心の中で「ゆっきー」と呼ぶ。

 ゆっきーのあまりの変貌ぶりに、自分のこれまでを振り返ってみる。思えば私も高校時代には想像していなかった未来にいる。


 お店を友達と持つなんて考えてもいなかった。

 大学卒業後、一年は内定をもらっていた会社で働いた。でも、ドイツで出会ったバウムのおもちゃが忘れられず、働きながら友達とお店を始めるための勉強や準備をした。

 そして、バウムのおもちゃを唯一、日本で取り扱っている会社を見つけた。


 ゆっきーと私は、これからもそれぞれの道を歩んで行く。どんな未来が待っているかはわからない。でも、自分でも想像していない、あっと驚くような未来が待っているかもしれない。


 ゆっきーに再会できてよかったな。また、納品に来てくれるのを楽しみにしよう。

読んでいただき、ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ