真実を探す その2
宰相の行動は早かった。
殿下用の台所を作った段階で、毒物混入の恐れがある可能性を調べていたので、その範囲を広げたのだ。ただ、外部の犯行かと、、、、内部なのか、、、
ソリンに指示されたように、皇后陛下がご実家から連れてきた者も調べた。、、、、侍従長と侍女頭になっている、、、、毒見係の指示は、侍女頭。
あとは、動向を探るのだが、、、なにせ、今は殿下の口に入るものは自分の家から連れてきた者と、持ってきた物、、、ここで何かあったらさすがにまずいが、、、混入の現行犯は押さえられそうもない。
・・・・さて、、、どうするかな?
宰相は気苦労ですっかり薄くなった金髪をかきあげる。
眼鏡の奥のグレーがかった青い瞳が空を見る。
*****
ほどなくして、皇后陛下のもとに、先のガーデンパーティーにお伺いできなかったお詫びを兼ねて、ご挨拶に伺いたい、と、ソフィア王女から書簡が届いた。
「まあまあ、体調はいかがでございますの?」
「・・・・はい、、、おかげさまで、、、少しは、、、、」
前髪を下ろし、うつむきがちな顔は良くは見えないが、、、顔色は良くない。
今日は、皇后陛下から、と、定期的に届く夏用のドレスを召している。肩がずり落ちそうだ、、、、それを隠すかのように、薄いシフォンのスカーフを巻いている。三つ編みした髪がそこから前にかけられている。
ソフィア様を伴なって皇后陛下の元を訪れた殿下は、時候の挨拶を済ますと、黙ってしまった。
ほどなくやってきた侍女たちによって、紅茶が出され、様々な菓子も並べられた。
「寒い時期に、池に落ちてしまったのですって?大変でございましたね?」
「・・・・はい、、、、」
「何か不自由はございませんか?なんでも言って下さいね?」
「・・・・ありがとうございます、、、、」
「なんだか、、ドレスのサイズが合わないようですわね?あなたぐらいの年齢では成長が早いから、少し大きめに、とは、申し伝えましたが、、、、ごめんなさいね?」
「・・・・いえ、、、、お気遣いありがとうございます。」
殿下はお茶に手を伸ばす。
さすがに、皇后陛下の直々のお茶は無下にできないか?
・・・・口を付けたふり?
「あら、今日はソリンではなく、新しい侍従なのね?」
ドキッとするが、顔には出さない。後ろに控えたままお辞儀をする。かつらと付け髭が落ちそうで怖い、、、、
にっこり笑った皇后陛下が、
「殿下が側使えを置くようになって安心しております。」
「・・・・・」
「これから、大舞踏会までまたお忙しいことでしょう。お体にお気をつけて。」
「・・・はい。」
何の盛り上がりもなく、このまま終了かと思った頃、紅茶が温かいものと入れ替えられた。侍女頭が、自ら入れた、、、、ここか?
香りの高い、栄国の高地のお茶のようだ。
「殿下、、、、私、、、やはり、気分が、、、」
ソフィア様が、そっと殿下に耳打ちし、ハンカチで口を押えて、よろよろと立ち上がった。殿下が慌てて、立ち上がり、手を添えるが、、、おぼつかない足元がもつれて、テーブルに手を付いてしまった。
勢いで、殿下の紅茶がこぼれる。
ソフィア様を殿下に任せて、そそくさと、テーブルのこぼれた紅茶を片づける。
「皇后陛下、やはり、まだ、ソフィア様のご容体が優れないようで、、、これで、失礼させていただきます。」
「・・・まあ、、、、お大事になさってくださいね、、、」
殿下はかなり慌てたようで、ソフィア様を抱いたまま、自室に戻った。
私は、、、、手に入れた紅茶の残りを持って、自分の家の専属医師のもとに向かった。
結果は、、、、残念なほど、思った通りだった。
使用されていた薬は、、、実際に流通している薬だった。普通に処方されているらしい。ただ、、、大人でも規定量以上服用すると、慢性的な内蔵疾患に陥るというもの。ましてや、長期に服用する類の薬ではない。
「・・・子供にも使っているのか?」
「え?こんな強い薬、子供に使ったら、逆に内臓がやられて、病気になるぞ?」
何を言いだすんだ、という勢いで、注意された。・・・・そう、、、、
匂いが独特らしく、飲むのに苦労するので、味の濃い物や、香りの高い紅茶などに入れて飲む人は多いらしい、、、、、
ここから先は、、、、私の権限でも、殿下の権限でもなくなった、、、、、
私は、医師を伴なって、国王陛下に面会を求めた。
*****
ひと段落した頃に、ルンルンで殿下の執務室に向かう。
今度こそ、長男を返してもらおう、、、宰相の仕事の他に、自分の家の仕事や、領の管理、、、私もそろそろ限界だった、、、髪の毛が無くなりそうだ、、、、
長男が帰ってきたら、久しぶりに奥さんとゆっくりしよう、、、、
殿下の執務室への廊下は、人払いしてあるので、暗くて静かだ。
柱の陰に、、、人が蹲っている、、、、え?
「ソ、、、ソリン君?」
暗い廊下に膝を抱えて座り込んでいたのは、殿下の侍従。
「どうしましたか?」
「・・・・・」
鼻をすすっている、、、
よいしょ、と、掛け声をかけて、隣に座る。
「殿下と、、、喧嘩でもしましたか?」
「・・・・顔も見たくないと、、、」
「おや、、、まあ、、、、」
ハンカチを出して、ソリン君に渡すと、思いっきり鼻をかんだ。
涙が止まらないらしい。
「今回のことが原因でしょうか?」
返事の代わりに、頷いた。
「展開が早かったですからね。殿下も、戸惑っておいでなのでしょう。」
「・・・・・」
「自分が不自由な生活に我慢しさえすれば、なんとかなると、、、思われていたのでしょうね。まあ、相手が相手なので。」
「・・・・・」
「今までならそうですが、、、あの方は、王になるんです。殿下の身の安全は確保しなければ、ね?君もそう思ったのでしょ?」
「・・・・・」
「皇后陛下は、殿下の戴冠式を待って、修道院に入られることになりました。それまでは離宮に幽閉されます。関係のあった使用人は全て処分されます。侍従長と侍女頭は処刑です。」
「・・・・・」
「皇后陛下は、、、16歳で嫁がれました。お互いに想いあう婚約者がおりましたが、解消されています。本当に箱入り娘で、、、、使用人は、可愛そうでならなかった、と、言っています。チャールズ様を出産されるときに難産で、もう子供は望めない、そこで、、、
チャールズ様を王に、、、お嬢様を国母に、と、、、、、、侍従がもらった薬に副作用があることを知って、殿下に盛ったんですね、、、、死なない程度に。ありがちなお話ですが、、、やられたほうは、たまったもんじゃないですよ。ね?」
「・・・・・」
ソリンは静かに私の話を聞きながら、時折、鼻をすする。
「皇后陛下は、、、、ご存じなかったようですよ。でも、、、責任は免れません。自ら一番厳しい修道院に入ることを希望なさいました。ご実家は、、、、お取りつぶしです。」
「・・・・・」
「ソリン君、、、あなたのしたことは、まあ、私のしたことも、、、間違いではなかったと思います。必要な事だったんです。君に助けを求められて、私はびっくりしましたが、、、同時に、嬉しかったんです。」
「え?」
目と鼻先を真っ赤にしたソリン君が初めて顔を上げる。
「殿下は、、人に頼みません。頼らないんですよ。いつもじっと耐えていらっしゃる。私たちは、、、殿下に何が必要なのか、どうしたら手を差し伸べられるのか、、、いつもじれったく感じながらも、何もしてきませんでした。だから、、、」
「・・・・」
「貴方は、離れないでいてあげてください。殿下が、怒りをぶつけることができるなんて人、他にはいないんです。」
「・・・・・」
ソリン君の大きく見開いた目から、涙がポロポロこぼれる。
私はソリン君の頭をしばらく撫でていた。
「・・・・今日はどうされますか?ブラウ商会に行くなら送っていきますよ?
殿下の腹の虫がおさまるまで、帰ってこないほうが、効果がありますよ?ふふっ」
「・・・・な、、、、知って?」
「まあ、一応、宰相とかやってますから。」