台所
「・・・・ソリン?」
「ああ、、、殿下、気が付かれましたか?どこか、痛いところはございませんか?随分、眠っていらしたので、、、、」
本を読んでいたのだろう。しおりを挟んでサイドテーブルに置くと、ソリンが、起き上がった俺の背中に羽根枕を押し込む。
「とりあえず、水分を取りましょう。」
グラスに入った飲み物に、ストローをつけて口に運んでくれた。
「・・・・どのくらい、寝てた?」
「一週間になりますね、、、やっと、お休みが取れましたね。」
そう言うと、カーテンを少し開けた。
まだ朝早いのか、柔らかな日差し。小鳥が鳴いている。
「体を拭いて、さっぱりしましょう。」
さっさと羽織ったシャツを脱がされる。いつの間に用意したのか、ぬるま湯に浸したタオルで拭いてもらう。
「寒くはないですか?お腹すきましたよね?何か作りましょうね。」
そんなことを言いながら、パジャマのズボンに手を掛ける。
「・・・・え????」
慣れた手つきで、ズボンをはぎ取る。・・・・え???
下履きは押さえた。さすがに。
「え?殿下?大丈夫ですよ?弟の身体も拭いていましたから。任せてください。」
・・・・え?さすがに、、、、勘弁してほしい、、、、てか、、、見た?
そうですかあ、なんて言いながら、さっさと拭いて、着替えさせる。
「ご飯が食べれるようになったら、お風呂に入っていいですよ?それまでは我慢してくださいね。じゃあ、何か作ってきますから。待っていてください。」
ぱたん、と、ドアの閉まる音がする。
ぼーっとカーテンの隙間から外を眺める。
ここのところ体調が良かったのに、、、また寝込んだのか、、、、
いつも、熱が出ると一人で布団にくるまって、じっと過ぎるのを待っていた。人の気配がすると眠れなかったから、ばあやも下げた。
・・・ソリンがいたのか、、、よく寝ていられたな、、、俺、、、
ほどなくして、ソリンがお盆にパン粥を乗せて戻ってきた。
・・・・どこから?
「はい、熱いですからね、、、ふーふーしましょうね?」
スプーンに乗せたパン粥に、ふーふーしているソリンを見つめる。
「大丈夫ですよ。殿下専用のキッチンを作りましたから。材料も、水も、王城の物ではありません。」
ソリンの言っていることを理解しようとしている隙に、口にスプーンを突っ込まれる。
「食べることは基本です。もっと早くこうすればよかったですね?」
にこりと笑いながら、次の分をふーふーしている。
「ちゃんと味見もしましたから。新しく来たコックさんに、作り方を聞いたし、、」
二口目。
「食べたら、もう少し寝ましょうね。無理しないことも大事ですよ。ふーふー」
三口目。
「そうそう、山のような書類も、今、みんなで片づけていますから。心配なく。ふーふー」
四口目。
「僕にもクロエ様のように事務処理能力があったら良かったなあ、、、でも、ないから、総動員しました。ふーふー」
五口目。
「料理もねえ、、クロエ様みたいに上手に作れればいいんだけど、、、できないから、コックを呼びました。ふーふー」
・・・・まだ頭が回らないけど、、、温かな食事は嬉しい。お腹がぽかぽかする、、、、
「・・・あら、、、まあ、、、、眠ってしまったのですね?」
殿下の口元を軽く拭いて、布団をかけなおす。
*****
翌々日には復活した。風呂にも入った。
ソリンが、風呂場で倒れるといけないからと、浴室まで入ろうとしたが、遠慮した。
寝っぱなしだったので、体中だるいが、まあ、なんとか。
ソリンに着替えを頼んで、休養中に突然できた台所と、執務室の事務官を見に行く。
「おまえ、、、、」
「殿下は、僕に、好きにしていいと。」
「・・・・・」
「とりあえず今、必要な事だけやりましたが、なにか?」
「・・・・誰に指示した?」
「宰相です。」
宰相の息子たちが、3人もれなく執務室で仮眠をとっている。
二人は机に、一人はソファーで、、、、行き倒れみたいだな、、、、
「・・・他人事だと思っていますでしょ?殿下もあんな感じでしたよ?燃え尽きた感じ?」
「・・・・・」
台所では、朝食の準備が始まっていた。
「この台所を作る経費は、、何所から?」
「宰相です。もともとは、殿下の予算です。そこから出させました。」
「このコックはどこから?」
「宰相です。」
「・・・・・」
「食材も、水に至るまで、宰相家からです。味見はまず息子3人がします。ふふっ」
「・・・・・」
「何かあったら、責任を取って下さるそうですよ?なにせ、、、殿下に忠誠を誓っていらっしゃいますから。ちなみに、、殿下は休暇を取って休んだことにしてありますから。いいですね?」
「・・・・・」
ソリンが宰相の息子3人を叩き起こして、朝食になる。
「・・・あ、、、殿下、、」
「ご苦労だったな。」
「いえ、、、こんなとんでもない量を、よくおひとりで、、、」
長男が涙ぐんでいる。次期宰相だ。
なにせ、、片づけても片づけても、書類が湧いてくる。
「私は、信用できないものを近くに置きたくない。よろしく頼む。」
はい、よくできました、みたいな顔で俺を見るな。ソリン。
「殿下の今日のスケジュールを。」
「はい、」
三男坊だな。結構いい男だ。
「午前中は会議が入っております。私が同行します。
昼食後に、お茶会のお誘いがありましたが、断っておきました。
午後は教会の慰問と視察です。」
「ああ、わかった。ソリンと行く。」
「夕方から、お誘いのあった食事会などは全て断っておきました。」
「ああ。」
「ただ、、、、2週間後くらいに、皇后陛下がお茶会を開きたいと。そこに、フールの王女も呼びたい、という事でした。どうされますか?」
「・・・・・」
ソリンは黙々と朝食を食べている。
・・・・しょうじき、めんどくさい、、、いまさら、、、、
「・・・断れないだろうな、、、王女には私から伝える。」
*****
「と、言うわけだが、どうするソフィア?」
馬車の中でソリンに聞く。
「侍女の皆さんや、女中の皆さんの間では、、僕はあなたの弟と結婚して、あなたの弟がフール国の王になるらしいですよ。次期国王が幼すぎるので。」
「は?」
「フールの独立式典で、結婚式もするらしい。」
「は??どこかで聞いたような話だな?フールの将軍のように、か?もめる元だぞ?」
「・・・・そうですね、王女は王位を望んでいませんし。大体、、、まことしやかにこの話を播き散らかしている者がいそうですね。」
「・・・・ああ、、、、」
ブリアの王位がだめなら、属国でも、、、か?
今回のお茶会で、王女を懐柔するつもりなのか?
「あと、どうも、、、、そのお茶会で何人か王太子妃候補が呼ばれているみたいですよ。これは、殿下、頑張ってください。」
「は?」
「執務も何とかなりそうですし、食事の問題も何とかなりました。ばあやさんが言っていましたよ?あとは、殿下の妃だわね、って。」
「は?」
「僕は、、殿下は、、、クロエさんが好きなのかと思っていましたが、、いいんですか?」
「は?いや、まて。」
「クロエさん、凄いですよね。尊敬してます。栄国語もはなせるんですよ!経理に、経営、料理に、裁縫まで、、、、しかも、社交もですよ!何者ですか?」
「ああ、、、、あの子は、、、レオの婚約者だ。」
「え????」
「出入り禁止になるぞ。あそこの飯が食いたかったら、後は言うなよ?」
「・・・・はい。二人は御兄妹かと思っていました、、、仲いいし、、、」
「ああ。家族ってあんな感じかな?」
「・・・・・」
向かった教会には、何人かフールからの孤児が引き取られていた。
教会への寄付と、視察。
ソリンがクッキーの袋を子供たちに渡している。昨晩、台所でごそごそやってたのはこれか、、、、
「おにいちゃん、ありがとう。」
と、たどたどしいブリア語でソリンに感謝を伝えている。
「俺の分は?」
「瓶に入れて、机に置いてきましたよ。」
「俺、この前のクルミの奴がいい。チョコチップといっしょのやつ。」
「はいはい、、、今回は、オレンジピールとチョコです。フールの味です。」
「・・・そうか、、それもうまそうだな。」
早めに終わったので、そのままレオの家に向かう。
ソリンは着替えた、、、、ソフィーになったとたんに、おとなしくなる。面白い奴だ。
先に行って、待たせてもらう。小さな家の脇にある外用の椅子に座る。
ソフィーは、庭に作った小さな畑に水をやっている。クロエと二人で、トマトとジャガイモ、レタスなんかを育てているらしい。
ジャガイモは食用の物を種芋にし、トマトは近所の人に一株もらったものの脇芽を挿し木して増やした。
・・・・そういえば、、、、幽閉されていたところでも、ジャガイモを掘っていたな、、
クロエのところも、、、、今はもちろんソフィーも、食うものに困っているわけじゃないが、二人共楽しんでやっているみたいだ。