侍従
その日は、パオラさんと倉庫で出荷の準備の手伝い。
仕上がった商品と伝票を照らし合わせて、箱に詰めていく。
どこぞのお屋敷の使用人のお仕着せの出荷のようだ。かなりの数。
侍女のワンピース。エプロンドレス。揃いの靴。
女中のワンピース。エプロン。揃いの短靴。
執事のスーツ。ブラウス。靴。
侍従のスーツ。ブラウス。靴。
コックのコート、、、、、、
種類と、サイズと数量を確認していたら、一組だけ、侍従用のスーツが余った。
もう一度数量を確認する。他の注文の伝票も確認、、、、、、余っている、、、、
「あら、やだ、、、、発注ミスかしら?該当するサイズは、、、、女中見習の子のみたいねえ、、、、」
「・・・・・」
「まあ、しょうがないかあ、、、後は大丈夫。フェデイ!この箱をお届けね。カールさんに言って、きちんとした納品書を付けてもらって。よろしくね!」
「・・・・・」
「さて、、、、あら、どうしたの?ソフィー?」
「・・パオラさん?・・この洋服一式、譲っていただきたいのですが、、、」
*****
その夜、自分の部屋で、こっそり持ち込んだ洋服に着替えてみる。もちろん、いつか代金は払うつもりだ。
白いブラウスに、黒のベスト。黒の短い上着。黒のスラックス、、、靴は少し大きかったので、余り布を詰めてある。
姿見に映してみると、ほんの少しだけ大きい。まあ、許される範囲内だ。
元々、ガリガリの自分に、ことのほか似合う気がして、ニンマリする。
ただ、、、最近はばあやさんが気合を入れて髪にオイルを塗ってくれるので、金色にうねる長い髪は、、、、要らないかな?
準備が出来たので、そっと隣室に入る。
そう、何かあったときのために《《こちら側から》》は入れるようになっている。
私室にも大きな机と山のような書類を持ち込んで、殿下が机に突っ伏して寝ていた。
レオさんの家から帰っても、まだ仕事をしているのは知っていた。無理しすぎじゃない?とは、、、、私の立場からは言えない。
そ、、と、肩に薄い毛布を掛けて、暖炉の火を入れなおす。もうすぐ5月だが、夜はまだ寒い。暖炉に火が付いたのを確認して、振り返ると、、、、
殿下が、剣を抜いて立っていた。
・・・・まあ、、、そうなりますわよね?
「誰だ?どうやって入った?」
「・・・ソフィーです。隣の部屋から、いつでも入ってきていいと許可を頂いておりますが?」
「・・・・・え?」
「今日から、殿下の侍従になります。ソリン、とでもお呼びください。」
「・・・・・お前、、、、」
*****
驚いたが、、、、やってみると便利だった。
本物のソフィア王女は、池に落とされて以降、寝込んだまま。と、いうことになっているし、、、ばあやがうまくやってくれている。
王城からの出入りもしやすくなった。
侍従としてきちんと登録したから、給金もでる。欲しいものがあったら買いやすくていいだろう。遠慮して何も言わなかったから。ただ、、、、綺麗な、金髪だったのに、、、
「僕ですか?僕は、弟の施政を見届けたら、修道院に入ります。なんだかんだと政治の道具にされますから、、、、そのつもりです。だから、大丈夫ですよ?なにか、あなたの手助けが出来ればと思いまして。」
バッサリ切った髪をかきあげて、ソフィア改め、ソリンは笑った。青い瞳。少しカールした明るい金髪。
・・・ソフィアのころは、、、、笑いもしなかったな、、、、
ばあやは腰を抜かすほどびっくりしていたが、何かの時のためにと、切られた髪を丁寧に束ねて取っておいたようだ。今は三つ編みに編まれて、丸めて寝かされた布団からわざとらしく出ている。なんか、、、、リアルだ。
ブリア商会に行くときは、馬車の中でクーにもらったワンピースに着替えている。
驚かれるかと思ったら、結構似合うと褒められたらしい。あいつららしいな、、、、
ショートヘア用のカチューシャを作ろうかと話している、、、、基本、、髪型なんかあんまり気にしないんだろうな、、、、まあ、、身分もあんまり気にしないし、、、、
レオの家から帰る途中で、侍従の服に着替える。
「え、と、、、さすがに、、、殿下、あっち向いててくださいね。」
「・・・・あ、、ああ。」
着換え終わると、侍従用の顔になる。背はもともと高いほうだが、変声期前の男の子、って感じ?にっこり笑うとかわいいので、侍女や女中たちに受けがいい。
「・・・何見てるんですか?僕の顔に何か?」
いや、、、、
ソリンは朝早く、近衛の騎士たちの訓練にも参加しているらしい。
暑くてもベストが脱げなくて、、、、と、こぼすソリンに、何で?と、思ってしまうほど、、、、
給金で、最初の制服代を払い、替えのスーツや、普段着を注文したらしい。
ついでに、正装用を一式、追加しておいた。急な夜会や、呼び出しに対応できるように。ま、俺の侍従だし。
俺は、王城の飯は相変わらず食えない。
ソリンが従業員用の食事を持ち込んで、半分ずつ食べようと言うが、どうも、受け付けない。夕食は大体はレオのうちに行くが、他は、御者に買ってきてもらうか、、、郊外に出た時に買う、とか。危なくてお茶も飲めないのがめんどくさいかな、、、、
「はい、これ。」
ソリンが手渡してきた紙袋?なに?
「朝ごはん代わりに食べてください。食べないと持ちませんよ。」
開けて見たら、ちょっと不格好なクッキーだった。早速一枚食べる。おいしい。何というか、、、素朴な味だ、、、
ソリンはごそごそと、瓶に入ったお茶も出した。
「・・・こんな、、、こんな生活、おかしいでしょ???自分の家でご飯が食べれないなんて???毒見係もいるでしょ?」
「・・・ああ、、、、そうだな。毒見係は死んでいない。でも、実際、食べないようにしたら、調子がいいんだ。以前は、、、貧血でよく倒れていた。」
「・・・・・」
*****
その朝、侍従の制服に着替えて、隣室に向かうと、、、また殿下が机で寝ていた。
朝方までランプがついていたから、寝たとしても、ついさっきぐらいか、、、、
今日の着替えを揃えて、殿下をそっと起こす、、、、
「・・・殿下?、、、、」
すごい熱だ、、、ちょうど入ってきたばあやさんに、医者を呼ぶように頼む。
「ソフィア様、、、申し訳ございません、、、、ぼっちゃまに医者は呼ばないよう、きつく言い渡されております。あの、、、、」
「え?」
「とりあえず、、、ベットまで運びましょう、、、男手が要りますね、、、、」
執務室の裏口で待機していた御者さんを呼び入れ、運んでもらう。近衛が妙な顔をしたが、かまっていられない。
ブラウ商会に行って、クロエ様にハチミツとレモンを入れた水に塩を少々入れたものを作ってもらって、持ってきてもらうように頼む。水も。
・・・・こんなことまで、、、、殿下は王城の水さえ飲まない、、、
上着を脱がせ、ばあやさんにたらいに水を、、、、ばれるかしら?
心配していたが、手慣れたばあやさんが、準備してくれた。
「疲れが出たんでしょうね、、、、帰還してからも働きづめでしたから、、、」
「・・・・・」
「医者を呼ぶと、その、、、、ぼっちゃまが弱って喜ぶ方がいらっしゃるので、、、、すみません、、、、」
「・・・・・」
額を冷やし、汗を拭く、、、、ブリアの王太子が、、、、医者も呼べない?
予定されていた時間に、宰相が訪ねてきた。
応対の間で待たせた宰相に、、、一人で向かう。
「宰相様は、殿下に忠誠を誓われたと伺いましたが?」
侍従の僕の言葉に、座ったままの宰相。眼だけで不信感が伝わる。
「ああ、、、、この度の功績は素晴しかった。お前も知っているだろう?ブリア国民はほとんど犠牲にならなかった。私は、殿下についていこうと思う。」
「・・・・その言葉、、、信用してもよろしいので?」
「ああ。殿下は周りに人を置かなかった。リーと呼ばれる男と、侍従のお前だけだ。よほど信用しているのだろう。そのお前の言う事なら、聞いてやるぞ?遠回しに言うな。なんだ?」
「殿下の事務補佐官を至急手配してください。口の堅い、信用できるものを、、、そうですね、、、、3名。今日中に。執務室には机を5つほど運び込んでください。」
「・・・・わかった。」
「くれぐれも、、、、殿下に害をなすものを入り込ませないように。まあ、あなたの力量次第ですね。」
「・・・・・」
「言っていることは、お判りですね?」
「ああ。」
たかが侍従の言う事と、聞き流せない迫力があった。念押しされた宰相がたじろぐ
殿下の執務室に机を運び込み、私室にため込んだ書類も運び入れる。
「殿下は皆さまの力を試されております。この書類を、3日で処理してください。あとは、毎日書類が湧いてきます。
殿下の判断が必要なものは、こちらの箱に。不要と判断した書類はそちらに。それは後程、僕が確認して廃棄します。」
「はい。」
「では、皆さま、よろしくお願いいたします。殿下は帰還後一日も休んでおられません。身体を壊すといけないので、僕の判断で、強制的に休ませています。ふふっ。1週間ほど休ませます。では、よろしく。」
段取りをつけて、執務室のドアを閉める。
駆けだしたいところだが、そこは我慢する。
殿下の部屋に戻ると、ブリア商会から、衣装箱に入れられて、飲み物と、食料が届けられていた。ソフィア様の衣装だ、ということになっているらしい。
控室にいたばあやさんと交代する。
殿下に飲み物を飲ませて、隣で、遅い昼ごはんを食べる。
ブリア商会で、、、、クロエ様とカールさんで、山のような書類を片づけているのを見た。
「まず、仕分けするでしょ?いる。要らない。それから内容によって分けるでしょ?納品書、請求書、見積書、領収証、、、、、要望や、まあ、いろいろ。
それを各部署に振り分けると、レオの決済が必要な書類は、、、まあ、そんなにないかな?金額も決めておくと、いくらまでは私のハンコでいいよーとかね?どんどん減るわね。そんな感じ。」
その、、、まあ少し?かなり?多い位の書類。殿下の仕事は、劇的に減るはず。
書類整理が、あの人の仕事じゃないから。、、、って、クロエ様が言ってた。
そう、、、殿下もそうだ。
ばあやさんとあとは何が必要かを相談する。
「・・・食事、でしょうね?」
「食事、、、、ですよね?」
次の日に、再び宰相を呼び、王太子に割り当てられた予算と、今までの収支を聞く。
「・・・個人的な予算がかなり割り振られていますが、、、、必要最低限しかお使いにならないので、このぐらいは流用できますが、、、」
かなりの金額だ。
「では、執務室の脇の待合をつぶして、キッチンとダイニングを作って下さい。コックは、、、、そうですね、、、宰相殿の屋敷で使っている者を。通いで。食材は、水に至るまで、全て宰相家から毎日、運んでください。何かあったら、、、、わかりますよね?」
ここまで言われて、わからないものはいない。はっきりと、脅しだ。
何かあったら、息子ともども、、、、
「しかし、、、、さすがに、、、殿下に許可を頂かないと、、、」
「いえ。好きにしていいと申し伝えられておりますので。それに、、、、ここまで言って、あなたは、今、城内で何が起こっているのか気が付きませんか?」
「・・・・・」
宰相は腹をくくったようだ。ただ、さすがにキッチンとダイニングについては、ほうぼうから探りが入ったらしく、
「さあなあ、殿下はお忙しいし、それに、、、、妃でも迎え入れる準備なんじゃないのかな?」
と、ありそうでなさそうな、返答をした。