新しい生活
最初からこうすればよかった。
レオの家で晩御飯を食べて、待たせていた馬車に乗り込む。
御者は将軍が寄こしてくれた。腕の立つ、信頼のおける者だ。
「あの者たちは、私の友人だ。信用していい。」
「・・・・はい。」
「お前に万が一のことがあったら、フールの復興に陰りが出る。お前の弟と約束したからな。分かるな?」
「・・・はい。」
「お前はブリアにいる間に、学べるものは学べ。弟の、フール国王の役に立つように。そのために、お前のことは全力で守ろう。付き切りにはなれないから、明日からはあいつらの仕事場に送り届ける。」
「・・・・はい。ありがとうございます。」
「私のことは信用できないかもしれないが、、、、まあ、、好きにしていい。」
「・・・・・」
次の日から毎朝、王都にあるブリア商会、に、送り届けられることになった。
肩がずり落ちてしまうドレスしかなかったので、ばあやさんがなんとか着付けしてくれた。首周りは余った分の布をまとめてブローチで止めた。
午前中はブリア語を勉強。
教養程度には知識があるが、、、教えてくれるのはフェデイ君という、弟と同じくらいの年の男の子。ちょうど、ミラさんという女性に、フール語を教えているので、一緒に机を並べる。
「あら、ソフィーちゃんはフールから?ねえ、フールはレース編みが凄いんでしょ?今度教えてよ?」
ミラさんが、午後に私に刺繍を教えてくれながら言う。
「今作ってるドレスに、レースを合わせたいんだけど、単価が高いのよねえ、、、」
手先が器用なようで、おしゃべりしながらどんどん刺繍が進んでいる。
帰るころになって、当主の私室に呼ばれる。
「ねえねえ、ソフィーちゃん、これは私のおさがりなんだけどね、、、サイズを直してみたから着てみて!」
クロエさんが、何着かワンピースを用意していてくれた。
「フィルさんに頼まれて、何着か新しいのを作るんだけど、まあ、普段着にでも使ってよ。私は、、、その、、、ソフィーちゃんの年頃にはちょっと太ってて、、、あはは、、、ソフィーちゃんは背も高くて羨ましいわ!」
サイズはぴったりだった。生地もデザインもいいものだった。
「え、、、と、、、よろしいんですか?」
「?ええ。いいわよお。夏物もあるからね。時期になったら直そうね。あと、、、そうね、、、パオラさんと生地を選んで、自分で一から作るのもいいかな?」
夕方は馬車で帰り、クロエさんと夕食を作る。
出来上がった頃に、レオさんや殿下が来るので、みんなで頂く。
・・・・王城の自分の部屋には、布団が丸めて寝かされていた、、、、
出かけるのも、殿下の執務室の裏口からだ。面倒ごとを避けるため、、、、色々やって下さる殿下に頭が下がる。
ブリア商会の皆さんも、みんな親切だ。ただ、、、働かないと置いていただけないようで、私も午後は倉庫の掃除をしたり、パオラさんと縫物をしたりしている。なんだか、、、、面白いところだ。
国賓として、貴賓室にいた頃は、、、塔にでも閉じ込められたほうが良かったと思うような毎日だった。高貴な家門のお嬢さま方であろう侍女たちは、よほど私のことが気に入らなかったらしく、、、、まあ、敵国の、戦を仕向けた国の者ですもの、当然でしょうが、、、、食事は床に置かれ、辺境伯様が整えてくださったドレスは無くなり、、、代わりに届けられたのは、みすぼらしく、サイズの合わないものだった。
・・・・まあ、仕方がない、、、、生きていけないことはない、、、罵声や、暴力や、、、そのくらいは、覚悟していた。
じっと、、、、生き延びよう、、、、そう思っていた。
何もすることがなく、カーテンを少し開けて、外を見ていた。
*****
何時ものように、事務室の隅で勉強していると、、、見知らぬいかつい男の人が入ってきた。
商会では、春先に農機具を、鍬や鋤をフールに向けて出している。今回は時間がかかった牛や馬にひかせて畑を耕す、プラウ、が出来上がったらしい。農耕に使えそうな牛や馬を、山の中や森から回収して使うようだ。
「人力よりはかどるからね。改良版が出来たんだよ。」
隊長、と呼ばれる男が、レオさんとクロエさんに説明している。
「とりあえず、200作ってある。すぐに出せるが、どうだ?」
「ああ、頼む。いつも通り請求を上げてくれ。もう少し数が欲しいな。昨年は間に合わなかったが、夏播きの麦には間に合わせよう。これ、国内でも売れるよね?サンプルをユーハン領に送ってみたらどうかな?」
「ああ、いいな。鍋や窯は昨年中に各教会に届けたし、、、、あと少し落ち着けば、各家庭用にも出すよ。ただ、まだ個人では買えないだろう?」
「・・・そうだな、、、、フール国次期王の名で、兵器を作り直したと配ろうか?正しい金属の使い方、だな。こっちに請求上げてくれ。王太子には俺から説明するから。」
「ああ。」
会話の内容に、、、、驚く、、、、書き取りをしていた手が止まる。
「そうそう、隊長!孤児院向けにまた荷物を作っておいたから、持って行って。この前の古着は間に合ったかしら?今回は夏物よ。」
「クーの荷物は喜ばれたよ。孤児は多いけど、着替えもなかったからな。あとな、小さい子たちが、ぬいぐるみやお人形を、ことのほか喜んでいた。ありがとうよ。」
「あの、犬だかウサギだかわかんないやつか?」
「レオは黙ってて!・・・・良かった!あとは、、、この前話してたこと、どうなった?」
「・・・ブリアに来てもいい、という子は、少ないな。今回、5人くらいこっちの教会に連れてきたけど、、、、言葉がな、、、」
「ああ、そうねえ、、、不便よね?」
じっと黙って聞いていたが、、、泣いていたらしい、、、
「ああ、ごめんね?故郷を思い出しちゃった?大丈夫よ。あなたも大変だったのね?そうよね、、、」
クロエさんが私の頭を抱え込んで、いい子いい子してくれる、、、、
「あの、、、、、クロエさん、私、その子たちに言葉を教えに行きたいのですが、、、いいでしょうか?」
「まあ、ソフィーが?もちろんいいわ。子供たちも喜ぶわ!!そのためにまず、自分が学ぶことよ?いい?」
自分は何をしていたんだろう、、、、
何もしないことが最善だと、勘違いしていた。
ただ黙って耐えることが、、、時が過ぎるのを待つことが、、、、
ブラウ商会での勉強も、ただの暇つぶしだと思っていなかった?
殿下も言って下さったのに、、、、弟の、、フールの役に立つように学べ、と。
私は何にもわかっていなかった。
やれることはやろう。そう、思った。