扉が開く
何時から閉ざされていたか、忘れてしまうほど長いこと、その門は閉まっていた。
王都のはずれにある古い修道院に押し込められて、随分と経つ。
高い塀を回されたその修道院には、修道女用の宿泊施設や小さな教会や泉、畑。小さな林まである。小さな宇宙だ。
高台に、森に囲まれてあるここは、平時なら少し行けば王都が見渡せる眺めのいい場所だ。
塀は高いが、それに切り取られたように青い空が見える。
夏の入り口。木陰と日向の濃淡がいさぎよいほどに綺麗だ。
王女、王子、侍女2名、女中3名。この宇宙に住まう住民を、今年12歳になったソフィア王女はいつも明るい声を掛けながら支え続ける。
「あら、まあ、今年はジャガイモが豊作ねえ!」
畑で、ジャガイモに傷をつけないように注意を払いながら鍬を振るう。
「まあ、本当に!苦労したかいがありましたねえ!」
一緒に働く侍女や女中たちが、歓声を上げる。次々にジャガイモが掘り起こされる。
ワンピースやエプロンは薄汚れ、見事だった金髪は乾燥しぱさぱさ、手は泥だらけだが、かまってはいられない。
支給される食糧だけでは、育ち盛りの弟にお腹いっぱい食べさせられないから。
支給されたジャガイモを、思い切って種芋にした。今年は去年の倍は採れた。
みんなで夢中になってジャガイモを収穫していた、その時、
林の木々に休んでいた小鳥たちが、一斉に飛び立った。
突然、門が開けられた。
何が起こったのか、よく理解できないまま、呆けてそれを眺めていたソフィアは、馬に乗った男が、《《馬に乗ったまま》》ここに進むのを見た。
はっ、として、侍女や女中たちの前に出て、その中の一人に、弟を秘密の部屋に隠すように頼む。侍女の一人が、修道院に走る。
馬に乗ったままの男の顔は、逆光になって、よく見えない。
鎧を召しているようだ。後ろには、兵が続いている。大層な人数だ。男が、兵を制していた。付いてきたのは、文官のような黒髪の男と、ガタイのいい鎧兜の大男。
「どなたでしょうか?何用で?」
声が震えないように、精いっぱいの大声。弟、ポールを隠しきる時間が必要だった。
「ここに、フール王国の王女、王子がいると聞いてきたのだが、、、、出せ。」
落ち着いた、しかし凍えるほど冷たい声だ。
「まず、あなたが名乗るべきでしょう。」
「ああ、、、私はブリア国王太子、フィリップだ。本日をもって、フール王国を制圧した。」
制圧?・・・・一体何が起こっていたのか?何が起こってしまったのか?情報が遮断されてから、今日まで、親が生きているのかすら分からない。制圧?
「では、、、、父、、、国王は?」
「国王は1年も前に、お前の国の者に誅されている。知らなかったのか?皇后もだ」
「・・・・・」
正直、、、、まったく知らなかった。ただ、、、、、ここに閉じ込められたときに、そんな予感はした。ただ、、、こんなところで、泣き崩れるわけにもいかない。
残っていた侍女と女中たちの泣き声を背に、しっかりと馬上の男をにらみつける。
「私が、王女ソフィアです。初めまして、フィリップ殿下。」
薄汚れたスカートをつまんで、礼を取る。
男の視線を感じるが、馬を降りる気配はない。警戒しているのだろう。後ろに控える兵たちは、槍を構えている。小汚い小娘が王女を名乗ったことに、ざわめきが起こっている。
ここには、本当に女子供しかいない。週に一度、勝手口が開いて、食糧が置かれる以外、外との交流はない。もちろん、護衛もつかなかった。
しばらくの沈黙、、、、永遠と思えるほどの長さに感じた。
ゆっくりと馬を降り、男、ブリアの王太子が近づく。
悲鳴を上げる侍女たちに、声を掛ける。
「私は大丈夫よ。何かあったらポールをよろしくね。しっかりして。」
「それで、王子はどうした?生きているんだろう?連れて来い。」
「私はどうなっても構いません。弟の身の安全が保障されるのであれば、連れてまいります。」
「あの建物に火を放つくらいのことは、簡単だぞ?」
「ここで次期国王を害することがあれば、フールの国民は怒りますでしょう。」
「・・・・・国民?、、、おまえ、本当に何も情報が入っていないのか?馬鹿なのか?どっちだ?」
「・・・・・・」
質問の意味を考えている間に、ブリアの王太子の手が、私の手首をつかむ。
ひっ、と、声が出そうになって、飲み込む。
私は実に2年ぶりに、閉ざされていた門を出た。
引きずられるように。
森を少し歩き、通りぬけ、王都の見える高台に向かっていると気が付く。
そして、、、、、
私が見たものは、、、、輝くような綺麗に整えられた王都ではなく、、、、
建物は壊され、あちこち火が上がっている、、、、おおよそ、、、人が住まうことが出来ないような、、、、、荒れ果てた、、、、、廃墟のような町、、、、、
「ああ、、、、、、」
膝から崩れ落ちた私の手を、それでもブリアの王太子は離さなかった。
「・・・・あなたが、、、、?あなたが、ここまでのことを??」
「だったら良かったのにな。俺を恨めば済むことだから。残念ながら、こうまでしたのはお前の国民たちだ。内乱、王まで殺し、飽き足らず、ブリアにまで兵を進めた。」
「・・・・・」
「まあ、信じるかどうかは、お前の勝手だ。
旗を振ったお前の将軍は、王になりたかったらしく、あえて、お前たちを残した。王子に、王位を譲らせるために残し、お前を娶る気だったらしいぞ。焚きつけた奴がいる。先日拘束して、処刑した。いわゆる武器商人だ。フール国内のな。
将軍はブリアとの戦のさなかに逃げ出そうとしたところを、自分の部下に殺されている。最悪だな。」
「・・・・・」
「最初は、ブリアに攻め込んで、戦を長引かせようとしたんだろう。いいように踊らされたな。まあ、この国の国土は戦火で焼き尽くされ、今年の冬は越せないだろう。国民は飢えているぞ。ブリアの穀倉地帯が欲しかったのは正直なところだろう。」
「・・・・・」
「さて、、、どうする?王女様?」
「・・・国民を、、、」
「あ?」
「私も、ポールも処刑されても構いません。国民を、、、助けてやってはいただけませんか?」
食べるものが無くて大変だった。ジャガイモやニンジンを作って食べた。そう、、、まだ私たちは食べることが出来たのだ。
この時期、王都の郊外は小麦の収穫期、それ以外は、牧場の緑が広がっているはず。
・・・・・何もない、、、、、はるか遠くまで、、、荒れ果てて、踏み荒らされているようだ、、、、
この事態を招いたのが、この男の言う通り、自国民なのか、それとも、ブリア国が制圧した結果なのかはわからない。ただ、、、、この男の言う通り、、、、食糧事情はかなり悪いのはわかる。そう、、、、支給される食糧も、、、かなり悪くなっていた、、、、なぜ、思い至らなかったのだろうか、、、、
申し訳ない、、、、私たち王族は、国民を守るためにあるのに、、、、
自分が幼かったことを言い訳にできないことが、目の前にさらされている。
幽閉されていた修道院にブリアの王太子を案内し、侍女にポールを連れてくるように言う。侍女はうろたえたが、私の態度が変わらないのであきらめたらしく、連れてきた。
「ポールです。ポール、この方は、ブリア国王太子、フィリップ様よ。ご挨拶なさい。」
ポールは、シャツに半ズボン。まだ8歳。恰好だけでは、おおよそ王子には見えない。
「初めましてフィリップ様、ポールです。」
躾けられた通り、綺麗な礼が出来た。外部の人に会うのがあまりに久しぶりなので、ポールはまじまじとブリア国王太子を見ている。明るい外から、礼拝堂に入ったので、ようやく目が慣れてきた。金髪に濃いブルーの瞳。まったく感情は読めない。
この男は、まだ私の手首を離さない。
反撃を恐れている?まさか、こんな小娘の?
・・・ああ、自害するかもと思われているのかしら?
「うーーーーん、、、そうだなあ、、、何かあなた方が本物である《《証》》を確認したいですね。」
リーと呼ばれた黒髪の男が、にこりと笑って言った。流暢なフール語だ。目は笑っていない。
私は侍女に指示し、隠し部屋から木箱を持ってこさせた。
「ソフィア様、、、、」
「いいのよ。渡して。」
侍女は、恐る恐る木箱を黒髪の男に渡した。ジャガイモでも入っていそうな、ありきたりの粗末な木箱。
「開けて見ても?」
長い黒髪を後ろに緩く縛った男は、テーブルに置かれた木箱に手を掛ける。そっと開けた。
中に何があるのか、もちろん私は知っている。
絹の布に何重にも包まれた、、、、フール国王の王冠と、ティアラ、、、、
「・・・・んん、本物みたいだね。」
王城から連れ出されるときに、父、、、国王に持たされた。
そう、、、、、その時点で、最悪な事態を察するべきだった。
「これをお渡しいたします。国民をよろしくお願いいたします。」
手首を拘束されたまま、私は深く頭を下げた。
「侍女も、女中たちも、国民です。この者たちの安全も保障いただけますか?」
ブリアの王太子は黒髪の男と目を合わせて、頷いた。
それは、、、諾、でいいのでしょうか?
「これは私が預かる。フール王国はブリアの従属となる。5年だな。5年で復興させろ。うまく行ったら、王国として再興させてやる。
あまり時間がかかると、栄国に狙われるからなあ、、、、」
そこまで言って、黒髪の男をからかうように見る。黒髪の男は表情一つ変えない。
「国政は、、、この国の宰相が唯一まともそうだ。戦時中もお前たちに食料を供給し続けたのは、その男だ。そこに、うちの国から、何人か出す。王子はここで預かり、教育する。まともな教育環境だったとは思えないからな。
そして、、、お前だ。王女。お前は人質として、ブリアに連れ帰る。
戦争を起こした国の王女だから、風当たりは強いかもしれないが、、、、まあ、復興がうまく行ったら返す。いいな。」
「・・・・・国民の、、、、食糧は?」
「ああ、、、手配する。腹いっぱいに、とはいかないが、飢えない程度には援助するつもりだ。」
「・・・ありがとう、、、ございます、、、」
侍女たちのすすり泣きの中、ポールにしっかり頑張るように告げ、私はブリアの王太子の乗った馬に引き上げられる。今さらだが、、、爪に土が入って、真っ黒なことに気が付く。
ポールのため、フールの国民のために、どこに行っても、生きて行こうと思った。
・・・・・5年間、、、、、