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第二章 一『再会』


 目まぐるしく日々が過ぎる。

 連日の伝令、出動、制圧、聞き込み調査、制圧、制圧、伝令、制圧、制圧、制圧、制圧……。やっと横になったかと思えば目覚まし代わりに遠くで爆発が起こる。変わり映えしない日常に変化があるとすれば、それは相手の能力ぐらいだろうか。

 百瀬組の若手が日を追うごとにやつれていくというのに、仕事は減るどころか増していく。今までどこに潜んでいたのかと思うほどに、野良の捕獲件数と目撃情報が増えている。一体何があるというのか……人の減ったこの場所で。


「手が足らぬか?」


「えぇ」


「このか弱い手なら貸してやらぬこともないぞ?」


 耳元でそっと囁かれ、私はゆっくりと声の方を向いた。


「久しい気がするの」


 向日葵のような鮮やかな色の着物を身に纏った彼女は、いつもと同じ涼やかな表情で私の傍に立っていた。


「なんでここに居るんですか」


 瓦礫の上に腰を下ろしていた私は、疲労を溜息とともに吐き出した。周辺には倒壊した家々。抉れた地面。事後処理のことを考えると気が遠のきそうで、暫くの間思考停止していた。そこに現れた救世主、ではなく相棒の棗に会うのは数日ぶり。別棟で別れて以来だった。


「何故と言われてもの……妖たちの文句が止まらないのじゃ。煩くて眠れない。危ない。住む場所が無くなった。邪魔。怪我をする。巻き込まれる。殺される。死んでしまう」


「凄いですね……」


「このままでは私の方が死んでしまうのでな。渋々出てきたのじゃ」


 相変わらず長い髪を揺らしながら、彼女は「姫も辛いのぉ」とまんざらでもなさそうに呟いた。


「みんな変わりないですか?」


「変わらず元気じゃな。悄眞も相変わらず、といったところではあるがの」


 彼女の言葉は、荒れ果てた街の中に一つだけ現れた希望のようだった。子どもたちが元気だということ。今はこれ以上に嬉しいものはない。何のために毎日毎日仕事をしているのか、見失いそうになった目的を、私は今日も忘れずに済みそうだった。


「綾人、骸についての情報は何か手にしたか?」


 彼女は話を切り替えるように、真剣な眼差しを私に向けた。


「いいえ……足取りどころか尻尾の先も見つかりません」


 仕事の合間に街中を巡回し珍しく聞き込みなども行ってはみたものの、犯人が人間かどうかすら掴めない。それは彼女も同じなようで、私の言葉に「そうか」と小さく口にした。きっと彼女は妖を総動員して犯人を捜索しているのだろう。それで無理であれば、私に出来ることなど殆どない。


「他の異師には」


 私は言葉を遮るように首を横に振ってから口を開く。


「処理の終わった事件を掘り返すには、証拠か何かが無いと厳しいんです……」


「頭が固いというのも考えものじゃの」


 右側の建物がガラガラと音を立てて崩れていく。柱の折れる音が、瓦が砕け散る音が、耳の奥でぼんやりと反響している。表立って動くことの出来ないこの状況は、もどかしいと言うよりほかなかった。


「百瀬ー、こっちの安全確認終わったぞー!」


 そう手を振りながら、竹原が遠くの方から歩いてくるのが見えた。その隣には瑞城と、百瀬組所属の四人目の特別指定異師、()(ぐち)(ふう)太郎(たろう)がニコニコ笑顔でやって来る。随分と遠くの方から歩いて来るその様に、不覚にもカッコいいと感じた自分が信じられない。きっと疲れているんだろう。そう結論付けると、疲労を自覚したからか視界がゆっくりと弧を描いて回っていく。

 自分がどこに立っているのか。どちらが上でどちらが下か。今まで考えたことのない疑問がぽつぽつと脳内に誕生する。今すぐふかふかの布団に包まれたい。仕事なんか放って美しい自然の中を散策したい。そんな現実逃避とも言えないような妄想が、浮かび続ける疑問の中を駆け巡る。

 骨と皮だけの骸を生み出す者を捕まえなければ。今日もこれからまだまだ出動要請が来るだろう。その対応もしなければ……。どこかから湧き出た責任感が、私の身体を上から下まで支配する。ありとあらゆる感情と状況が一つの肉体内で反発し、いっそ気絶でもした方がいいんじゃないかなんて思ってしまう。


「綾人、どうしたのじゃ」


 すぐ傍で彼女の声が聞こえる。視界は尚もぐるぐる回り続け、心なしか足がふらつく。頑張り過ぎたのかなぁ、なんて。柄にもなく気負ったせいかなぁ、なんて。暢気に自己分析している状況ではないのに、それが止められないのは何故だろう。


「棗さーん、お久しぶりです!」


 明るく爽やかな瑞城の声が、本日も青空に響き渡っていた。


「まったく……世話の焼ける男だ」


 どことなく優し気な彼女の声がしたかと思うと、私の身体が何者かに支えられる感触が伝わってきた。


「な……何?」


 温かいような、冷たいような。そんな絶妙な感覚により一層頭が混乱する。野良だろうか。まだどこかに潜んでいたと言うのか。働かない思考を回し、確認しなければと身じろぎを試みる。すると頭上から「安心せい」と穏やかな声が降り注ぎ、私は動くことを放棄した。


「お前はちと働き過ぎじゃ。白の上で少し寝ておれ」


「ね、てなんていられません。仕事は山積みなんですから」


 私は誰かに支えられているのではなく、どうやら大蛇の上で仰向けに寝ているらしい。そう思うとうかうか寝ても居られず、私は上体をゆっくりと起こした。


「よいよい。過労者は身を委ねるのも仕事ぞ」


 彼女は私の肩を掴み、そのまま下へと押し戻していく。少々乱暴な優しさが変に気味悪く、妖の上だというのも相まって再び仰向けに寝転んだ。回転していた景色はいつの間にか元に戻り、視界には綺麗な青が一面に広がっている。空はこれほどまでに美しかっただろうか。荒み始めていた心が浄化されていくような心地に、気づけばほっと一息ついていた。


「百瀬さんどうかしたんっすか?」


 声の方に目をやれば、茶髪の癖毛を風に靡かせて歩く好青年が見えた。齢二十五の好青年胡口は、こちらまで来ると流れるような動作で私の額に手をやった。


「熱はないっすね。……どうやって浮いてるんす?」


 疑問を口にした胡口は、宙に浮かび続ける私を下から横から観察し、終いには地面と私の間を這って通り抜けた。一体何がしたいんだ、と小言を言う気にもなれず、私は静かに空を眺め続けた。


「棗さん、百瀬どうかしたんですか?」


 心配そうに歩み寄る竹原の姿を視界が捉える。私よりいかばかりか元気な彼は、眠そうに大口を開けて欠伸をひとつ披露した。


「過労じゃ、大事ない。それはそうとお前たちも働き過ぎではないか? 異師など他にも居ろう」


「あー、最近野良が荒れてまして……地方出動も合わさって異師総出でも厳しいんです」


 所謂人手不足ですね、と気丈にハハッと乾いた声を上げた竹原に、彼女はすかさず手を差し伸べた。


「しかし働いてばかりではいずれ皆こうなってしまうではないか。今日明日ぐらいは私に任せるといい」


 発せられた柔らかな声に混ざる力強さ。彼女の強さを知っている身としては、何よりも心強い言葉だった。化姫が手を貸してくれれば僅かでも仕事量が減る。そんなことそう易々と口には出来ないけれど、おそらく他の三人も同じことを思っているだろう。異論のない私は、そのまま目の前に広がる青を眺め続けていた。


「任せるって言っても、相手は力を持つ野良ですよ? さすがに——」


 あり得ません。そう言おうと口を開いた瑞城を、彼女は立てた人差し指で制した。下から仰ぎ見るその顔は、どこか楽し気に口角を上げていた。


「心配要らぬ。私とて力を持つ者じゃ。それに、働くのは文句の絶えぬものたちじゃからな。おそらく杞憂に終わろう」


 宙に浮かぶ私の身体で道化師ごっこをしていた胡口は、彼女の言葉にはて? と首を傾げていた。こればかりは竹原も瑞城も理解出来ないのだろう。同じように首を傾げ、お互いに顔を見合わせている。私と彼女にしか分からない言葉の意味。彼女は敢えてその疑問を解決せず、どこか遠くを眺めて息を吸った。


「さ、お前たちは帰るといい。事後処理も野良討伐も、全てまるっと私が請け合おうぞ」


 彼女がそう言うと、視界の端に映る家々が死角へと消えていった。それと同時にうわぁ! と驚いたような声が上がり、私の視界が彼らの脚や手を捉えた。


「髑髏じゃ、安心せい」


 ずっと下の方から彼女の声が聞こえた。どうやら本部まで送り届けてくれるらしい。私はそんな彼女の厚意に甘え、微睡みの中へ意識を委ねていく。優しい陽光が暖かく、何時間でも眠れてしまいそうだった。



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