7.初めての戦い
ジョズは水中の中と変わらない動きで空中を泳ぐ。
城がどんどん小さくなっていく。
春斗が泣きそうな顔でうつむいた。
「リーヴァイさん、大丈夫かな……」
「だ、だいじょうぶよ!最強なんでしょ。きっと魔物の群れなんてすぐやっつけちゃうわよ」
場を盛り上げようとサラがフォローを入れるが、後ろの方から凄まじい爆音が聞こえた。
ドォオオオ!!
工事現場でも聞かない大きな音に四人は自然と体を縮めた。
「何の音だろう」
「きっとあいつがやっつけた音よ」
落ち込む春斗を元気づけようとサラは必死だ。
「でしたらあの方はどちら様でしょうか」
紬は前方に浮かぶ人影を発見した。
のんびりとした口調だが、緊張はごまかせない。
金髪をたなびかせ、すごい美女がすごい怖い笑顔で直立不動のままこちらへ近づいてくる。
よく見れば、エイのような生き物に乗っていた。
「ホラーかよっ!」
誰ともなしに突っ込みを入れた咲良だが、彼女の手元がキラリと光るのを見て叫んだ。
「伏せてつかまれっ!」
有無を言わせない強い口調に三人は慌ててジョズの背びれにしがみつく。
キラキラしたいくつもの細長い塊が弧を描きつつ飛ぶジョズの脇を掠めていくが、ジョズはそれを器用に避けて飛んでいた。
「なんだあのツララみたいなものはっ」
「えっ、あんな早いの、見えたの?目がいいにもほどがあるっ」
何かが脇をかすめたっぽい、としかわからなかったサラは春斗がしっかりと見えていたことに驚いて変なところで感心した。
「あれも魔法なのでは?」
春斗の疑問に紬が答える。
「みんな無事だよね?」
咲良の問いかけに三人が深く頷いた。
「やっぱり味方じゃなかったようですね」
「ってことはあいつはどうなったの!!なんで敵が前から……」
サラの呟きに春斗が真っ青になる。
「戻ろう!」
「春斗、落ち着いてっ」
「いけば助けられるかもしれない!そのまま見捨てるなんて絶対いやだ!!戻ろう!」
「戻ってはダメです」
静かに、でもはっきりと紬が言い、咲良も頷いた。
「わたしも、そう思う」
「どうして!今ならまだ間に合うかもしれないっ」
「だーかーら、落ち着けっての」
咲良は大きな声を上げて春斗に自分の方を向かせた。
「気持ちはわかるけど、私達じゃ手伝いどころか足を引っ張る。四人を守りながら戦うのと、自分だけを守って戦うのとどっちが楽か、春斗にはわかるよね?」
「わかるけど……」
頭では理解できても感情がそれを許さない春斗の葛藤に咲良は優しい笑みを浮かべた。
「今の私達よりも未来の私達を彼は選んだからこそ先に行かせたんだよ」
「そうです。彼は私たちに、先に進んで欲しいからこのサメ……じゃなくてジョズに乗せてくださったんです」
紬も優しく春斗に言い聞かせた。
「だから、彼の事を思うのなら絶対に戻ってはいけません。それにあの人は、後ろからではなく前にいます。つまり、待ち伏せていた、ということです」
リーヴァイとは全く関係なく、最初からここに来ると読んでいたのだろう。
彼が変革の騎士を逃がすことを想定していたのかもしれない。
本命はこちらで向こうは陽動。
そこまで言われては春斗も言い返すことはできない。
「ね、ねぇっ、待ち伏せてたって事は、リーヴァイの方よりこっちの敵の方が強いってこと?」
「そうなりますね」
「最悪なんですけどーっ!」
サラが元気よく声を上げた。
ジョズが器用に避けるので、どう攻撃しようか考えているのだろう。
攻撃がやんでいた。
「武器ってナイフしかないじゃないっ。しかも空中戦ってどうやって戦えってのさ!もー!今度会ったらあいつ絶対にぶっ飛ばすっ!あんな厭味ったらしいヤツがそう簡単にくたばるわけないわよ!」
(うわぁサラちゃんってツンデレ気質?勝気な美少女だし、そういうのも似合うなぁ……)
すっとぼけた感想を抱きつつ春斗の反応を待っていると、健気にも泣きそうになるのをこらえるかのようにふにゃっと笑って大きく頷いた。
待ち伏せていた女は距離をつめてきている。
今でははっきりとその容貌も見える距離だ。
「うわ~、露出度が高い。黒いビキニに黒いマントって、特撮に出てくる悪役女幹部?でもスタイルいいから涎ものだね」
「あんな恰好で寒くないのかな」
咲良が呆れ、春斗は首を傾げる。
女の着ている服はいわゆるビキニアーマーというやつだ。
二次元ならともかく現実で直視すると生々しくて見ているこっちが恥ずかしくなる。
しかしスタイルはいいのでどうしても目は釘付けになってしまう。
そんな春斗の視線に潔癖なお年頃の二人は眉をひそめた。
「おばさんのくせに」
「品がないです」
四人の呟きが聞こえたのだろうか、女の口元が引きつるのがわかった。
「私はエリザベート。初めまして。そしてさようなら」
意志の力が魔法の強弱を左右すると言うのなら、怒りにかられた分だけ魔法力もアップするはずだ。
彼女の口調どころか全身から怒りのオーラがあふれている。
「やっば~。怒らせちゃったみたいよ」
咲良の呟きにサラはフン、と鼻で笑う。
「本当の事じゃない」
火に油を注ぐ。
「すくなくともピンチの時に言うセリフじゃないと思う」
春斗がいうが、誰も聞いていない。
武器を持たない咲良達にはなすすべがない。
これだけの至近距離ではジョズもよけきれないだろう。
「おばさんって呼ばれて怒るって事は、年を気にしてるってことだよね」
「普通のRPGは最初からこんな強そうな敵には遭遇しませんのにねぇ。もっとレベルアップしてからでないと」
「……紬ってゲーム好きなんだね。縁がなさそうだけど実はオタク?」
ゲームの例えが多い気がする。
エリザベートの杖の先端に埋め込まれた水晶が怪しく光った。
彼女の気をそぐセリフを考えるが、余裕がないのか全く思いつかない。
(どうしよう。このままやられちゃうの?)
その時、春斗が何かを決意したかのようにきりっとした表情で立ち上がった。
「春斗?」
「俺に任せろ、咲良」
胸に手を当てて目を伏せた。
三秒ほどするとエリザベートに向かって手を伸ばすように構えた。
こぶしを作ったかと思うと、親指をたて、人差し指をエリザベートに向けてまっすぐ伸ばす。
「何の真似かしら 可愛いおぼっちゃま?」
エリザベートにはわからないが、咲良たちはそれが銃を撃つ仕草だとわかった。
「ファイアーブレッド!」
春斗が叫ぶと人差し指から小さな炎の塊が三発、続けざまに放たれた。
反撃されるとは思っていなかったエリザベートは真正面からそれを浴び、悲鳴を上げた。
「きゃああぁぁ!」
どの程度の威力化はわからないが、エリザベートの体が力を失ったように落下する。
同時に春斗も力尽きたようにふらりと倒れ、ジョズの背中からずり落ちる。
「危ないっ」
咲良がとっさに下に回り込み、落ちてきた春斗を抱きかかえるようにして受け止めるとそのまま座らせた。
「ジョズさん、ありがとう」
かなり負荷がかかったはずだが、ジョズはびくともしなかった。
咲良の感謝に応えいるように短くギギッと声を上げる様子は、どこか誇らしげでもある。
「すごいよ春斗っ!」
サラが興奮しながら近づいてきた。
紬も反対側に並ぶ。
「今のが魔法ですね。炎の弾ですか……春斗君は火属性ということでしょうか」
興味深そうにさっそく考え込んでいる。
「俺の、魔法で……」
春斗の目が落ち着きなくあちこちに向けられるが、ちゃんと見ているわけではないのだろう。
触れた手の冷たさに咲良は心の中で眉を顰める。
初めて使った魔法に高揚し、人に向けてそれを放ったことに恐怖し、落ちていく敵の姿に後悔と罪悪感に打ちのめされ、仲間が無事だったことに安堵する。
ジェットコースターのように湧き上がる感情に翻弄されていた。
「私たちも魔法が使えるんだよね。魔法を使う時ってどんな感じ?」
春斗の意識をこちらに向けるために、明るい声で質問をする。
これから先、もっと危険が待ち構えている。
魔法を使えなければ到底太刀打ちできないだろう。
少なくとも使いなれないナイフで戦うよりは勝機がありそうだ。
「よくわからないけど、胸の奥に熱い塊があって、それが言葉にすると解放されるっていうか……」
「……胸やけした感じだけど吐いたらすっきりした、みたいな?」
「何、そのわかるようなわからないたとえ」
サラの突っ込みに咲良は笑って誤魔化す。
「うん、そうなんだ!やっぱり咲良はすごいな」
なにがどうすごいのか。
「えっ、今のでわかるの?」
思わずサラは紬を見る。
「やっぱり従姉弟ですから、通じるものがあるのではないでしょうか」
「……頭がおかしくなりそう」
疲れたようにサラが呟いた。
「これからどうなるのかな?」
春斗が心配そうに咲良を見上げた。
咲良はいつもと変わらない笑顔を浮かべる。
「行く場所は決まっているよ。リーヴァイが言っていたでしょ」
「確か西へいけと……。」
「西の森でマリスって人に会って、ニールって人に武器を作ってもらうのよね?」
サラが思い出したことを確認するように口にした。
「わけがわからないけれど、とにかく西へいってみるしかなさそうね」
「西ってどちらでしょうか。太陽はこっちですけれど地球と同じように東から登って西に沈むんでしょうか。」
ばかだ大学の世界だとお日様は西から登って東に沈む。
昭和アニメの懐メロを思い出しながら咲良は首を振った。
「このジョズさんが知っているんじゃない?あの人が知識ゼロの私達に自力でたどり着ける事を期待するほど楽観的だとは思えないし」
「シャーーーーーークッ」
咲良に応えるようにサメが鳴いた。
突然の雄叫びに四人はびっくりして目を丸くさせる。
「な、何なの?」
早くもサラはパニックだ。
「どうしたんでしょう?」
「そうか、場所だ!お前は知っているんだな?」
「シャー!」
「俺たちを連れていってくれるんだな!」
すごいと喜んでいる春斗にジョズはもう一度声をあげ、春斗は背中に頬を摺り寄せる。
「この子の言っていることがわかるの?」
「うん、なんとなくだけど。ハヤテと同じ目をしているからかな」
「ハヤテ、さんとはどなたですか?」
「春斗の飼っている犬よ。白くて男前な顔した犬でね、兄弟みたいに育ったの」
咲良の説明に、春斗はハヤテを思い出してちょっと寂しそうにうつむいた。
尻尾と耳があったなら、絶対にしょぼんと垂れていただろう。
「ねぇ、帰ったらハヤテを紹介してよ。男前な顔の犬って興味あるわ」
「私もお会いしたいですわ」
サラと紬の言葉に春斗も笑顔になって頷いた。
ゆらゆらと心の中で天秤が忙しく揺れている。
迷いがあるから祈りは正しく伝わらない。
それでも偽りのない気持ちがあるから天秤は傾く。
自分の中にこれほどの激情が潜んでいるなんて、自分自身も知らなかった。
知らずに終えるはずだった。
己の欲望に翻弄される。
昏く、浅ましく、渇望し、支配し、殺したい。
他はいらない。
ほしいのは一つだけ。
「変革の騎士は、リーヴァイに保護された」
テノールの聞きなれた声に心が暗く沸き立つ。
「よかったのか悪かったのか……」
愁いを帯びたその眼差しがこちらに向けられた瞬間、体が硬直したように動かなくなる。
呼吸一つするにも意識しなければできないほどに。
「まだ理由を聞いていない。なぜ召喚した?」
「……」
応えたくても声が出ない。
黙ったまま、身じろぎ一つできない。
「異分子は排除する。いいな?」
辛うじて頷いて見せた。
執着、妄執、この身を縛る鎖を何と例えるのか。
身動きが取れない。
ままならない想い。
彼らの生を望んでいるのか、死を望んでいるのか。
それすらもわからない。
去っていく後姿を見送りながら、息をつめて止まりかけていた呼吸をゆっくりと再開させた。