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6.逃走という名の旅立ち

 昼食後、リーヴァイは再び召喚された者たちの部屋を訪れた。

 彼らがどんな選択をしようとも、それを受け入れ、後押しをすると決めて。

 部屋の中に入ると、四人は緊張した面持ちだが覚悟を決めた顔をしていた。


「結論から言うわ」


 年長者であるという理由から咲良がチームリーダーだ。

 とりあえず旅立った後で適当な言い訳をつけて春斗に押し付けようと考えている。

 内心はともかく涼しい顔をしているリーヴァイに咲良は告げた。


「あなたの話に乗ることにした」

「理由を聞いてもいいだろうか」

「まず第一に、帰りたい。第二に、他に方法が見つからない」


 他の手段を探すにしろ、ここにいては何も変わらないしわからない。

 怖いのは、何もわからないまま何も知らないまま死ぬという事だ。


「第三に、自分の目で見て判断したい」


 何が正しくて何が悪いのか。

 誰が召喚者で何の目的があったのか。


「召喚したのに、なんで空の上だったのかしら」


 今更ながらの疑問にリーヴァイが顔をしかめた。


「それはたぶん、私のせいだな。通常の召喚魔法なら問題はなかったが、異世界からの召喚を侵入者と判断したのだろう。本来なら召喚者の前に出現するはずが結界のせいで捻じ曲げられたのだ」


 不幸な事故だったと呟かれても、四人としては憮然とするしかない。


「召喚者の前に出たとして、どうなっていたと思います?」

「己の目的を告げて、お前たちにそれを実行させる、というのが一般的な考え方だ」

「では少数派の考え方は?」

「私がわかるわけないだろう。私は常識的な思考の持ち主だ」


 堂々と自分は一般的なのだと言い放つが、世界最強という肩書がぶらさがっている以上、一般的だとはいいがたい。

 他の三人が胡乱な眼差しをリーヴァイに向ける中、咲良は話を続けた。


「では貴方が世界の破滅を望むと仮定して。変革の騎士を召喚する理由は?」


 世界最強の肩書は、一人で世界をぶち壊すこともできるという肩書でもある。

 一人でできる以上、他者の手を必要としない。

 世界の破滅を願う奴が、面倒だから人にやらせようだなんて不確かな事をするだろうか。


「人類を根絶やしにして世界を壊すだけなら私にもできるから、召喚する意味がない」


 リーヴァイはそう答え、やっぱりそうなんだ、と四人は心の中で慄く。


「だが、もし私が世界滅亡を狙う親玉だったら……召喚する意味は一つだけある」

「それは?」

「本懐を遂げられなかった場合の代役」


 失敗した後を託すために。


(どんだけ世界が嫌いなのかしらね)


 現状ではそれ以外考えられなかった。


「私たちは、それだけの事ができる可能性があるのね」

「咲良は生きることが好きだから、そんなことはしない」


 春斗が咲良を睨みつけるリーヴァイに穏やかな声で告げた。

 元居た世界に帰りたいがためにこの世界を破壊する。

 リーヴァイはそれを心配しているのだろう。


「そして俺も、それはやりたくない」


 困ったように春斗はリーヴァイに笑った。


「もし召喚者に隷属されたとしても、俺はきっと抗う。強くなるって事はそれができるようになるって事だろう?」

「ああ、そうだ」

「だったらあんたの魔法に感謝しないとだな」


 屈託なく笑う春斗にリーヴァイは眩しそうなものを見るように目を細めた。


「なるほど……変革の騎士か。いいだろう、お前たちの願いが叶うように、私の願いが叶うように、力となろう」

「ありがとうございます」


 咲良の言葉にリーヴァイは深く頷いた。


「ではまず、お前たちの中に眠る魔法の力を呼び覚ます」


 途端に四人の目が輝く。


「おお……あこがれの魔法……」


 紬は感動に打ち震えている。


「俺たち魔法のない世界にいたのに、魔法が使えるのか?」

「世界を渡るさいに、召喚魔法でこの世界に適応できるように干渉されているはずだ。わかりやすいものでいえば、言葉だな。唇の動きと脳が理解する声は違う動きをしているだろう?世界に適応するために言語は欠かせない条件だ」


 言われて初めて自分たちとは違う言葉を話しているのだと知った。


「私の口元をよく見るといい。お前達とは違うだろう?」

「えっ、うわっ、なんか腹話術みたいっ」


 サラが素っ頓狂な声を上げ、しげしげとリーヴァイの口元を見る。


「世界に適応するという事は、現地人と変わらない仕様にすると同意儀だ。しかし言語は知識であり、後付けされるものであり、赤子のように習って覚えればよいことである」

「それと魔法と、何の関係があるのよ」

「召喚した者と意思の疎通ができないのは不便だ。そこで会話ができるように言語の変換が自動的に行われるようにする。それを魔法で行使させるため、お前たちの体は召喚によって魔法が使えるようになったというわけだ」

「えっ、じゃあ意思の疎通ができるようにって理由で魔法が使えるようになったの?」


 卵が先か、鶏が先か。

 どちらが先だろうが関係ない。

 ようは現地の言葉が理解できて魔法が使えればいいのだから。


「簡単に言えば、そうなのだろう。召喚魔法を作ったのは神の代行者と言われている。神の力があれば、魔法の力を与えることなど容易かろう」

「えっ、でも個人的な事に干渉できないんじゃなかった?」


 春斗の疑問にリーヴァイは首を横に振った。


「この世界に来た異世界人には言語理解と魔法が使用できるというルールを作ればいい。個人ではなく世界の方に干渉したのだろう。他に質問がなければ先に進みたいのだが?」


 リーヴァイの問いに誰も答えなかったので、やるべきことに取り掛かった。


「魔法のない世界から来たのなら、まずは魔法という概念を知るところから始めよう。使い方を知らねばないも同然」


 シャランと錫杖の先に取り付けられていた八つの金属のわっかが鳴った。

 ふわりと風に抱きしめられたような感覚。

 先ほどの音が体の中に染みていくような錯覚。

 それが頭の先からつま先までいきわたった次の瞬間、体の奥底から何かが湧き上がってくる。

 それは異物というには実態がなく、今まで体の中にはなかった感覚だ。


「注意事項を述べる。一度しか言わない。魔法を使う際、目的なく使えば行き場のない力はその身に返ってくる」

「つまり、自爆しちゃうって事ですね」


 紬の言葉にリーヴァイが頷いた。


「こわ……」


 サラはぶるりと体を震わせる。


「春斗、前に出ろ」


 言われて春斗はリーヴァイの前に立った。


「時間がないから私が干渉して使えるようにする。目を閉じて集中」


 リーヴァイは春斗の頭に手を置いた。


「私の力をお前に注ぎ、刺激する。私の力を感じればおのずと自らの力に行き当たるはずだ」


 暖かな気配が頭からゆっくりと体の中を伝っていく。

 それは心臓のそばまで降りてきた。


「わかるか、お前の中に力がある事が……異物のようにあるそれはお前の中に眠っていた今までとは違う力だ」


 春斗は自分の中にある力の存在に気が付いた。


「わかる……。なんだか胸の奥が熱い……」

「魔法は人によって違う。火を使える者もいれば光を使う者もいる。たいていはその者の気質に合う魔法が発現するのだ。お前はおそらく、火だろう」

「なんか……叫びたくなってきた」


 じっとしていられない。

 とにかく動きたくてしょうがない。

 幼稚園生ぐらいのときに、意味もなくただ走り回ることが楽しくて仕方なかった事を思い出す。

 体からあふれ出すエネルギーに身を任せ、体を動かしていた懐かしい日々。

 それはいつしか実家の剣道場で竹刀を振る日々に変わり、今はバスケットに向けている。


「そうだ、それがおまえの魔法だ。魔力とは魔法を使うために必要な力。魔法とは魔力に方向性を与える手段。人によってその手段は異なるが、大きく八つの手段に分かれる。光、闇、火、風、水、土、緑、時空。それらは八の精霊の導きと加護によってもたらされる魔法」

「なんか……赤い……ちかちかする」

「火と時空が強いな」

「全属性は珍しいの?それとも一属性だけ?属性なしとかもあるの?」


 紬が矢継ぎ早に質問をする。


「この世界の生き物はすべてが魔力を持つ。そして個性を持つ。属性は個性に引かれる傾向がある。誰もが全属性の可能性があり、属性なしの可能性を秘めている」

「答えになってないんだけど」


 サラが文句を言うと、リーヴァイは彼女達に分かるようにたとえを考える。


「…………お前は走ることに珍しさを感じるか?人より早く走れるのは珍しいのか?走れない者は珍しいのか?走れなくとも強く思い願えばいずれは走ることができるこの世界ではお前の質問は無意味だ。その者が望むままに力は、才能は、発揮される」


 心が世界の理を動かす原動力になるという意味は今一つ理解できないのは、早く走るならローラースケートを、自転車を、誰かに引っ張ってもらうなど他力を使う事が当たり前な世界に生きていたからだろう。

 この世界ではその他力というのが魔力であり、世界の理を動かす因子なのだ。

 それは才能を凌駕することもあれば、足かせにもなりうる危険なものだ。


「ん?」


 様子を見守っていた咲良だが、すぐに異変に気が付いた。

 いままで生き物などいないと思っていた外の景色だが、どこからともなくバサバサと鳥が一斉に飛び立っていく。


「……鳥が一斉に飛び立つときってどんな時だと思う?」

「おなかがすいたとか?」


 咲良の軽口にサラが付き合うが、すぐに嫌な風が森をざわつかせているのに気づいて気味悪そうに窓の外を伺っていた。


「空が暗い。嵐でもくるのでしょうか……」


 紬の呟きに咲良は頭を抱えたくなった。


「ああ、嫌な予感がしてきた」

「私も咲良さんと同じく、気味が悪い。なんか胸騒ぎがして落ち着かない」

「なにっ!魔物の群れだとっ!」


 突然リーヴァイが声を上げた。


「馬鹿なっ、王都に侵入を許したのかっ」


 いったい誰と話しているのだろうかと思いつつも、テレパシーという概念がある咲良たちはさほど驚かなかった。

 ただ、リーヴァイの荒げた声に身がすくむ。


「わたし達にも魔法を教えてよ!」


 瞬間移動なみの速さでいつの間にかサラがリーヴァイの肩をつかんでゆすっていた。


「もう間に合わん」

「「えええええっ!」」


 そっけない返答にサラと紬は声を上げた。


「あ、稲光が見えた」


 暗くなった空を見上げていた咲良がぼそりと呟くと、それを聞いたリーヴァイの表情が硬くなった。


「全員、テラスに出ろっ!」


 リーヴァイはぼんやりとしている春斗の手を取り、引っ張るようにしてテラスへと出る。


「時間がない。最低限の装備とはいえ無いよりはましだろう」


 トン、と錫杖で床をたたくとシャランという音が鳴った。

 音は光となって四人を包む。

 それはあっけなく消えた。

 本当に一瞬の出来事だった。


「えっ、なに?嘘、ナニコレ」

「いわゆる手甲、胸当て、具足、ナイフですね」


 サラに説明する紬。


「なんであんたはそんなに冷静なのさーっ!」

「あ、サラちゃんが切れた」


 素で突っ込む咲良。


「RPG初期装備ですから」

「初期レベルなんて冗談じゃないっ!」


 ドヤ顔をしている紬の感想にサラが叫び声をあげる。


「……召喚!」


 何やら呪文を唱えていたリーヴァイが声を張り上げると、何もない空中から巨大なジョズが四頭姿を現し、テラスの上に並ぶ。

 太鼓のような音がドォンドォンと空気を振動させた。

 空気を揺るがすその音は、四人の心に不安という名のさざ波を起こす。


「何か、来るよ」

「早く乗れ!」


 リーヴァイの声に押されるように春斗が飛び乗り、続いて紬が飛び乗った。サラが乗るのを手助けした咲良は最後に乗った。


「あんたはどうするんだ?」


 春斗が空を睨みつけたままのリーヴァイの背中に問いかける。


「ここに残る」

「そんな!ダメだ、一緒に行こう!」

「いいからいけ!!」


 切羽詰まったような口調に四人とも驚いている間にジョズは舞い上がった。


「待て、俺たちも一緒に戦うっ!」

「足手まといはいらんっ!西へ逃げろ。マリスという男がいる。そいつを頼れっ!それからニールに武器を作ってもらうんだ」


 最後にリーヴァイは笑顔を浮かべた。

 強い決意に漲る瞳。

 負けないと言外に告げる不敵な笑み

 その笑みを見て、咲良は初めて彼を信じる気持ちになった。


「行けっ!」


 リーヴァイの言葉を待っていたかのように、四頭は一斉に飛び立った。


「また会えると信じているからっ」


 咲良が声を上げると、リーヴァイは驚いたように目を見開き、それから優しい笑みを浮かべた。

 初めて見る穏やかで静かな微笑み。

 ジョズが空に向かって泳ぎ始めると、咲良は前を向いた。

 

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